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秋といえば、食欲の秋でもあるだろう。
今までは別段気にしてこなかったけれど、スーパーやコンビニで『秋の味覚』なんて謳い文句でさつまいもや栗のスイーツだの、秋刀魚だの秋鮭だの、秋の食材を目にすると味覚が普通だった時のことを思い出して空腹になってくる。
そしてついつい、コンビニに行ったらモンブランを買ってしまって、味がしないことに後悔するのだ。
「棗くんが作ってくれたご飯は美味しかったなぁ…」
夏休みに棗が泊まりにきた時に作ってくれていた食事は、普通の料理だったのに味がしていた。だから久しぶりに自分以外の人と同じものを食べたのだ。
棗はフォーク用の栄養剤を混ぜて作ってくれていたと言っていたけれど、蜜夏のことを考えて作ってくれた料理だったからなのか、味気ないフォーク用の栄養剤入りでも美味しく感じたのを覚えている。
作らなくていいと言ったのに彼の優しさで毎日作ってくれたものだから、彼の味じゃないと満足できない自分がいる。
「こうなるからやだって言ったのに……」
自分にとって最愛のケーキだからこそ、その味に慣れてしまったら市販の食事が受け付けなくなりそうだ。
このままでは本当に棗がいないと生きていけない体になりそうで、もし本当にそうなったら恐ろしいなと蜜夏はため息をついた。
棗にこの話をしたら彼はきっと嬉しそうに笑うのだろうなと思うけれど、それで彼の未来を縛りたくはない。
正直、この話をしなくても棗が卒業したら彼から逃れられないと分かっているが、棗はまだ若いし未来がある。
これから社会に出てたくさんの人と出会うだろうし、その中で運命同士のフォークとケーキという括りに縛られない素敵な人と出会う可能性は大いにあるのだ。
そんな棗の可能性を、8歳も年上の自分が閉ざしていいものか悩む。
もしも棗が卒業してから蜜夏と『恋人同士』として一緒にいたとしても、棗が蜜夏と同じ年齢になったときに彼は後悔するかもしれない。
なんせその時の蜜夏はもう30代になっているし、棗にとって魅力的な人間でいられるか分からないから不安だ。
……なんて言うと、彼はきっと『大人は色々考えすぎ。自分の気持ちに素直になるだけでよくない?』とか言うのだろう。
大人だって何も考えずに自分の気持ちだけで行動できたら楽だけれど、そうも言ってられないから人は悩むのである。棗はそんな考えも分かっている上でそう言ってくるのだから、普通の高校生よりたちがわるいかもしれない。
「――あのっ、すみません!」
「え?あ……」
木曜日の夜、マンションのエントランスで蜜夏を待ち構えているスーツの男性がいた。蜜夏はその男性をチラリと見やり、何度目か分からないため息を漏らす。
ここで待ち伏せされるのは8月の終わりから数えて何回目だろうか。
しかも毎回、エントランスの監視カメラを避けた位置で待っているのだから性格が悪い。性格が悪いというか『何か』意識していないとそんなことはしないだろうから、やましい気持ちでもあるのだろう。
何度追い返しても諦めずに蜜夏の元を訪れるので、本当の親子ではないけれど、そういうところは彼も似ているなと嫌な共通点を見つけては、勝手に複雑な気持ちになっている。
「……またあなたですか」
「な、何度も申し訳ありません……でも、あの…先日一緒にいた男の子について、お聞きしたくて……」
――桃原彰、商社勤務の40代。
と、二回目に会った時に自己紹介をされた。
何を隠そう、彼は棗の母親の元恋人で、ケーキである棗に乱暴しようとした(ここは彼自身の記憶が曖昧なので分かっていない)フォークだ。
どうやらこの近所に住んでいるらしい桃原は先日棗と会ってからというものの、このマンションで待ち伏せしては蜜夏に「棗くんと会わせてほしい」と懇願してくる。
棗と桃原が再会した日は蜜夏たちの誕生日で、楽しくて嬉しい日になると思っていたのに、この男の出現で予定が盛大に狂ってしまった。
桃原との突然の再会に、普段は高校生らしからぬ余裕がある棗も沈んでしまったし、残りの2日間も家に引きこもる結果になったのだ。
蜜夏が桃原にいい印象を持っていないのは棗側の話だけを聞いているからかもしれないが、桃原の話を聞いたとしても蜜夏が彼を擁護することはないだろう。
「だから、こちらはお話することは何もないと何度もお伝えしたはずです」
「そこをなんとかお願いします……!」
桃原は必死に頭を下げて懇願する様子を、蜜夏はじっと見下ろした。
こんな場所で頭を下げられたら通りすがりの人からも不審な目で見られるけれど、桃原と近くのカフェに行って話をするとか、蜜夏の部屋に上げるとか、そんなことはしたくない。
変な二人組だと思われてもいいから、桃原に境界線を越えさせてはいけないと蜜夏の本能が言っている。
蜜夏は棗の保護者ではないし恋人でも家族でもないけれど、この男を許しては駄目だと、棗にはもう二度と会わせてはいけないのだと、少なからず棗のことを特別に思っている蜜夏が大人として桃原を説得しないといけないのだ。




