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【完結】金曜日の霞  作者: 社菘
3.秋

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秋といえば、どんなイメージだろうか。


黄色や赤のコントラストが春とは違う自然の美しさを際立たせて良い季節だとか、なぜか芸術に目覚める不思議な季節など『○○の秋』という言葉はそれなりに多い。


ただ、今の蜜夏にとっては――


「ん、ふぁ…っ、なつめく……」

「みつかさ、みつかさん……っ」

「ちょ、これ以上はダメだって!」


スポーツの秋。大体の学校が体育祭を行う季節。


棗からどうしても見にきてほしいと言われたので残暑が厳しいなか来たのだが、体育祭が終わったあとに棗から拘束された。


今日はカウンセラーとして来たわけではないのでカウンセリング室の鍵を持っていないと言うと、カウンセリング室の隣、鍵がかかっていない空き教室に連れ込まれたのだ。


外からは下校する生徒たちの声が聞こえていて、まだ近くの木に止まって鳴いているセミの鳴き声と、カーテンの隙間から差し込む陽の光が肌に当たってじりじりと暑い。


それに壁に押し付けられ、お互いの体の間に隙間がないほどくっついたまま唇を合わせると、甘い蜜がとろりと喉を伝っていった。


「汗臭い、かもです……」

「んん……」


制服に着替える時間も惜しかったのか、一日中動いた後の体操着にジャージを着たまま、蜜夏をぎゅうっと抱きしめる。


普通だったら汗臭いと感じるのかもしれないけれど、蜜夏にとって棗の汗は香水だ。


女性ものの香水のように濃厚な甘さが、鼻で息を吸うたびに体の中に侵入してくる。


その香りは瞬時に体の中を駆け巡って思考を支配した。


普通、主導権を握っているのはフォークである蜜夏であるはずなのに、蜜夏と棗の間ではいつだって棗のほうが主導権を握っている。


8歳も年下の高校生に主導権を握られ、空き教室に連れ込まれて体も頭も支配されているだなんて、この学校にいる生徒も先生も全く想像していないだろう。


「いいにおい、するよ、なつめくん……」

「ふはっ。多分そんなこと言うの、ももせんせーだけだよ」

「……おれだけ、知ってたらいいんだよ」

「……かわい。このまま食べちゃいたい」

「食べ…られるのは棗くんのほうじゃん…」

「そう?本当に"食べられる”のは俺のほうだと思ってる?」


今日は残暑も厳しくて、一日中暑かった。


だからなのか棗は多少日焼けしたなと思うし、肌が赤い。艶のある黒髪の先端からぽたり、蜜夏の肌に汗が落ちると火傷しそうで。


太陽の熱を孕んだ瞳が蜜夏をじっと見つめていて、今までの蜜夏ならすぐに目を逸らしていただろう。


でもするりと腕を彼の首に自ら絡め「思ってない」と囁くと、棗が満足そうに笑った。


――そう、文字通り、蜜夏のほうが棗に食べられた。


夏休みの一週間、棗が蜜夏の家に泊まりにきた時のこと。忘れもしない8月23日、蜜夏も棗も誕生日だったあの日。


二人はあの夜、ひとつに溶け合ったのを今でも鮮明に覚えている。


これは言い訳でしかないけれど、あの日は何もかも止まれなかったのだ。大人としての蜜夏はあの時は不在で、ただただ一人の人間を求める杏蜜夏として棗のことを受け入れた。


同情とか、流されたとかではない。


蜜夏自身が、心の底から棗を受け入れたかったのだ。


ただ、二人は恋人同士になったわけではない。


棗が「蜜夏さんが困るだろうから、卒業式のあとに告白させてください」と言ったから。彼自身、スクールカウンセラーという蜜夏の立場を多少なりとも考えてくれているのだろう。


……だとしたら、学校でこんなこと、してほしくないのだけれど。


そしてこの年齢になって初めて、告白されるのを分かっていながらあと半年過ごさないといけないという焦らしプレイ(彼は無自覚だろうし優しさなのだろうけれど)をされているなんて。


自分たちのこの関係は一体なんなのだろうか。


名前をつけるにはまだ早くて、名前がない関係にしては近すぎる。


そんなことを考えながら棗の香りに頭がぼーっとしていると、蜜夏の目の前で太い首筋から汗が伝っていく。


思わずごくりと生唾を飲み込み、気がついた時にはぺろりと首筋を舐めていた。


「んっ、びっくりした」

「ごごごごめん……っ!」

「謝らなくてもいいけど……俺はももせんせーの大好きなケーキだから」

「ちょ、っと……!」

「ん?」

「大好きな、とか…そういうこと言わないでよ……」

「……ももせんせーって、そういうの天然?わざと?計算?」

「へ?」

「まじでずるい。男を狂わせる天才だね、せんせ」

「なに、」


棗の言っている意味が分からなくて首を捻ると、窓の外から女子生徒の笑い声が聞こえてびくりと肩を震わせた。


「ねー!棗くん見てない?」

「打ち上げ一緒に行こうと思ったのにいないんだけどー」

「私らは見てないよ〜。棗くんだし、どこかに女の子連れ込んでんじゃない?」

「卒業までに一回でいいから連れ込まれたいわ〜」

「ちょっと、私は本気なの!クリスマスまでに絶対彼女になってやる!」


なんていう会話が聞こえてきて、蜜夏は体を縮こまらせた。


――やっぱり棗はモテるし、どこかに女の子を連れ込んでいると思われているほど学校の中ではチャラいイメージなのか。


でもそんな棗の彼女になりたいと思っている、学生らしい可愛い会話に蜜夏は目を伏せた。


男の蜜夏から見てもかっこいい棗の隣には、小さくて可愛い女の子が並んでいるのが似合う。


蜜夏が考えていることが分かったのか、棗から顎を掬われて甘くキスをされた。


「んん……」

「どーでもいいこと考えないで、ももせんせ。俺のことだけ信じて」

「棗くん、」

「俺の気持ち、分かってるのはももせんせーだけだよ」


余計な心配しないで。


耳元でそう囁かれ、棗の言葉に安心した蜜夏は目を閉じて彼に身を任せた。


「……ずるい大人でごめんね、棗くん」

「そういうのも全部引っくるめて蜜夏さんがいいから、俺のせいにして」

「なつめくん……おれに棗くんの甘いの、ください……」


やっと体育祭の熱が冷めた唇がもう一度重なって、女子生徒の楽しそうな声が遠ざかるのを感じながら、二人の逢瀬も幕を閉じた。




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