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【完結】金曜日の霞  作者: 社菘
1.春
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「………先生、僕、怖いんです…いつか誰かを傷つけてしまうんじゃないかって……」


毎日毎日、悩みを抱えた誰かが病院にやってくる。


そんな人たちの話を聞き、心の負担を軽くするのが心理カウンセラーである杏蜜夏(からももみつか)の仕事だ。


「ケーキのパートナーはいらっしゃいますか?パートナーがいらっしゃるようであれば、お二人の間でルールを決めておいたり、周りの方にそのルールを知っていてもらうのも効果的だと思います。フォークの本能が暴走したらどうするか具体的に決めることで、心の負荷が少なくなると思いますよ」


この世には『フォーク』と呼ばれる人と『ケーキ』と呼ばれる人がいる。


昔ながらの表現を使うとすれば、フォーク捕食者でケーキは被食者ということ。


どちらも生まれつきではなく後天的なことが多く、フォークはある日突然味覚を失うことから自覚することが多いらしい。


ただ、味覚がなくなったフォークにも唯一美味しく感じられるものがあり、それが『ケーキ』と呼ばれる人種のことだ。


ケーキの人間の全てが美味しく感じるらしく、ケーキがいないと生きていけない体になるのだという。


ただ、それゆえに昔から事件も多い。


なぜかと言うと、フォークは『捕食者』と言われているくらいなので、ケーキを『食い尽くしてしまう』こともあるのだ。


フォークとしての本能が暴走すると、被食者であるケーキの全てを食べたいという衝動に駆られて理性がなくなり、ケーキのことを跡形もなく食べてしまうという悲惨な事件も少なからずある。


ただ、昨今ではフォークようの抑制剤やケーキの『匂い』抑制の薬なども開発されており、服用が普及しているからかそういう事件は少なくなってきた。


でもある日突然『あなたはフォークです。犯罪予備軍です』と言われたら、誰だって恐ろしくなるだろう。


いつか自分が誰かを殺めてしまうんじゃないか、と――


自分の家族や友人に話せない悩みを聞いてほしいと、専門機関を頼る人が多い。


そんな機関の一つである個人経営のメンタルクリニックで通常は働いている蜜夏は週に一度、一年前から金曜日だけはスクールカウンセラーとして高校へ通っている。


この学校にもケーキやフォークに転換してしまった学生がいて、そんな学生たちのメンタルケアをしているのだ。もちろん、ケーキやフォーク以外の一般の生徒の悩み相談にも乗っている。


高校生というのは多感な時期だから自分の親や直属の先生には話しにくいことも、外部の人になら話せる人も多いのだ。


「あ、ももせんせーだ!」

「ももせんせー、こんにちは!」

「はい、こんにちは。廊下は走っちゃダメだよ〜」

「はーい!」


名前が『からもも』なので、生徒たちからは『もも先生』と呼ばれている。


最初はバカにされているのかなと思ったし、25歳の男に『もも』なんて可愛いあだ名は微妙だなと思っていたけれど、最初に『もも先生』と呼び始めた生徒は親しみを込めてそう呼んでくれているそうなので、深く考えるのはやめた。


「ももせんせって、自分の友達にケーキとかフォークの人、いる?」

「……先生の友達がケーキだよ。でもフォークのパートナーと上手くやってるから、大丈夫」

「へぇ、そーなんだぁ……」

「でも友達もケーキに転換したときは怖がってた。ちょうど橘さんと同じ年齢のときになったから」

「ももせんせーはその人と同じ学校だった?」

「うん。しばらく、ボディーガードみたいなことしてたよ」

「え!ももせんせーが?強そうに見えないのに!」

「こう見えても、昔は趣味でボクシングとかしてたからね」

「へー!意外!」


フォークの人間は自分がケーキを『食い尽くす』かもしれない恐怖と戦っていて、ケーキの人間は『食い尽くされる』かもしれない恐怖と戦っている。


学校や会社ではフォークやケーキは自己申告をしないといけないが、誰がフォークで誰がケーキなのかは学校では開示されない。これは、お互いの人権を守るためだ。


フォークの生徒が『犯罪予備軍』だからと言って集団いじめにあったり、逆にケーキの生徒が集団で襲われることがあるため、多くの学校ではそれを秘密にしている。


だから蜜夏が相談に乗る生徒たちもみんなコソコソと昼休みに来たり放課後に来たりして、できるだけ誰が相談に来ているのか分からないようにこちら側も配慮しているのだ。


最近では滅多にフォークの理性がなくなって暴走することはないので、学校の中でもフォークのクラスとケーキのクラスが分かれたりはしていない(難しいのは、ほとんど後天的だからだ)から、もしかしたら突然後ろの席の人が――なんていうこともあり得るので、フォークやケーキの生徒たちは気が気ではないだろう。


ただ、学校の中でフォークやケーキの人数は多くない。社会に出ても少数派であり、特にケーキに関しては転換しても自分で分からずに一生を終えることも多いのだ。


もし分かるとすれば、フォークに襲われてから気づくことが大半。


今ここに相談しに来ているケーキの生徒は、何かしらの事情があって自分がケーキだと自覚し、恐怖やトラウマを抱えている人が多い。


フォークやケーキの検査は健康診断ではしないし、検査が義務付けられているといっても後々変わることもあるので、付き合っていくのが難しいものなのである。


「あ、ももせんせー空いてた」


カウンセリング室の霞がかかったような不透明なガラス越しに人影が見えたなと思ったら、ドアを開けて入ってきた男子生徒が蜜夏を見つけてニコッと人懐こい笑みを浮かべた。




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― 新着の感想 ―
新連載嬉しいです。今回はケーキですか、早くもケーキの男子生徒君が見たいし魅力的に決まってます。私も「もも先生」とフォークの世界を経験したいです。
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