プロローグ
「ももせんせ、」
砂糖のように甘い声が頭上から降り注ぐ。
砂糖、チョコレート、ハチミツ、缶詰のシロップ、フルーツジャムなど、この世のありとあらゆる甘いものを全て鍋の中で煮詰めたような、そんな声。
陽が傾いてきてオレンジ色の光が、閉め切ったカーテンの隙間から教室の中に差し込む。
鍵を閉めた窓の外からでも、グラウンドで楽しそうに部活に勤しんでいる生徒たちの声が響いてきて、この空間だけが異質だ。
「せんせー、俺の指、食べて?」
まだ触れていないのに、唇の前に差し出されている彼の指先から甘い匂いが香ってきて、だらだらと涎を垂らすのを我慢するので精一杯。
今にもその指にかぶりつきたいのに、ここは学校だからという先生としての理性が働いた。
「……みつかさん?一週間我慢したご褒美、いらないの?」
金曜日、放課後のカウンセリング室。
窓にもドアにも鍵をかけ、薄いカーテンを閉め切った室内。霞がかかったようなドアの窓がまるで今の自分の頭や心の中を具現化しているようで、もう、何も考えられない。
「なつめくん……おれに棗くんの甘いの、ください……」
今から食べられるのは彼のほうなのに、意地悪そうな顔をして舌なめずりをした彼にぞわりと背筋に興奮が走った。