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第8話 予言の女神とレベルアップ1



 ある日の昼頃、家にスクルドがやって来て、いつものように雑談をしていた。



 すると、玄関のほうで物音がする。何事かと思って振り向くと、よろよろとふらつきながら一柱の女神が入ってきた。


 紫色の長い髪にやせ細った身体。神官が着るような服をまとっている。足元がおぼつかず、目を閉じたまま手探りのように歩を進める姿は、見ていて危なっかしいほどだ。



「ユーミル? なんでここにいるのよ」



 スクルドが思わず眉をひそめる。口ぶりからして、知り合いらしい。相手――ユーミルは肩を震わせると、スクルドの方へ顔を向けた。目は閉じたままだ。



「ああ、その声はスクルド様。ユーミルは『破滅の獣』の出現を告げて回っているのです」



 ユーミルの声はか細く震えていた。恐怖に表情が歪んでいるようだが、ずっと目を閉じているところを見ると、目が見えないのかもしれない。私は思わずスクルドと顔を見合わせる。



「また、あんたは……変な事を触れ回って。いいから早く城に帰りなさい」



 スクルドは腕を組んで、面倒事を避けるかのようにユーミルを追い返そうとする。



「放っておくと、大変な事になるのです……!」



 ユーミルは必死に訴えるが、スクルドはまったく取り合おうとしない。まるで厄介者扱いだ。



「はいはい、そう言う事は城に帰ってオーディン様にでも言いなさい」



「ちょっと、スクルド。可哀想じゃない。話ぐらい聞いてあげてもいいでしょう?」



 自分でも理由はよくわからないが、ユーミルの痛々しい姿が目に入ると、つい擁護したくなる。スクルドは私を横目で見やって、嘆息するように口を開いた。



「あんたはこいつのことを知らないのね……。こいつは2級神ユーミル、予言の女神。でも、その予言も半分くらいしか当たらないし、変な事を触れて回るから厄介者扱いされてるのよ」



「スクルド様、ひどいのです……」



 ユーミルが抗議するが、スクルドの態度は変わらない。



「だって、本当のことじゃない」



 スクルドは悪びれない。



 破滅の獣。その名が示すとおり、やばい存在という予感はある。けれど、これをもし私が討伐できたら、神々を見返すいいチャンスになるかもしれない。



「じゃあ、私がその『破滅の獣』を討伐してあげるわ」



 思わず口に出していた。私のその言葉を受けて、ユーミルは感激したように声を震わせる。



「ああ、勇者様……!」



 勇者様……いい響きだ。



 すごく気分がいい。



「なんであんたは喜んでるのよ? あんたは女神なんだから、勇者を任命する側でしょうが!」



 スクルドがすかさずツッコミを入れてくる。せっかく気分が盛り上がっていたのに、水を差されたかたちだ。



「まあ、いいじゃない。冒険みたいで楽しそうだし」



 実際、家にこもっているのにも飽きていた。強い奴に会いに行くと思うと、胸が高鳴る。ワクワクしてきた。



「こいつの言う事なんて信じても、どうせハズレよ。もし本当に危険なら、とっくにオーディン様が動いてるはずでしょ。何もないってことはハズレということよ」



 スクルドは憮然としてそう言い切る。確かにその通りかもしれないが、当たったら当たったで面白いし、ハズレでも冒険気分を味わえる。どう転んでも損はないだろう。



「それで、場所はどこなの?」



 私はスクルドを無視してユーミルに問いかけると、ユーミルは少し戸惑いながら答えた。



「えっと……世界樹に続く森なのです」



「すぐ近所じゃないの!」



 思わず大声を上げてしまった。



---




「壮大な冒険に出れると思ったのに……」



 私は文句をこぼしながら森の中を歩いている。家からたった3千歩ほどの距離しかない。もはや冒険というよりは散歩に近い。



「だったら、無視すれば良かったでしょ」



 なぜかスクルドまでついてきている。



「だって、半分くらいは当たる予言なんでしょう? 当たったら強い相手に会えるし、賭ける価値は十分あるわ」



 私は肩をすくめながら答える。スクルドはふうっと息を吐いて首を振った。



「でも、あたしはハズレだと思うんだけど」



 私たちは軽い会話をしながら、うっそうと茂る森の奥へと入っていく。かなり広範囲にわたって木々が生い茂っていた。



「そういえば、この森って結構広いのよね?」



「そうね。世界樹を中心に、たぶん1万歩くらいはあると思うわ」



 スクルドの言葉に、私は思わず足を止める。そんなに広いのなら、ただの獣一匹を見つけるだけでも大変そうだ。



 私がどうしたものかと考え始めた矢先、白い狼の群れが姿を現した。



 森の茂みのあちこちから、十数匹、いや数十匹の白い毛並みを持つ狼が現れ、私たちを取り囲むように配置する。殺気を帯びた瞳がギラギラと光っていた。



「……私たちを狙ってる、みたいね」



 スクルドが私の方にちらりと視線を送る。私も全斬丸の柄に手をかけ、わずかに身を低くした。相手は狼とはいえ、これだけの数で同時に襲われたら厄介だ。だが、私とスクルドなら問題ないだろう。



「さっさと片付けましょう」



 私が刀を抜いたのと同じタイミングで、狼たちが一斉に襲い掛かってきた。吼え声が辺りにこだまする。素早い動きで私たちを取り囲むように走り回り、死角から牙を突き立てようとする。



 スクルドは斧を構え、間合いを詰めてきた狼を力任せに叩き潰していた。体格は私より小柄だが、腕力は強い。私のほうも全斬丸を自在に操り、一匹一匹を確実に斬り捨てていった。



「数は多いけど、しょせんはただの狼ね」



 そう呟いた直後、さらに追加の狼の群れが森の奥から続々と現れてくる。一体どれだけいるのか。血の匂いに誘われて、仲間の仇を取ろうと集まってきたのかもしれない。



 私は刀をひるがえし、こちらに飛び掛かってきた狼の胴を横一文字に斬り裂く。血飛沫が辺りに散り、鋭い臭いが鼻をつく。スクルドは背後から来た狼を斧で縦に叩き割った。



「はぁ……結構骨が折れるわね。スクルド、そっちは大丈夫?」



「まだいけるわよ。でも、なんで狼がこんなに攻撃的なのよ、まったく……」



 スクルドも疑問を口にしながら、素早く斧を振り回す。その音は重々しく、近づく狼の頭を粉砕していた。



 やがて、ほとんどの狼が倒れ、森には狼の死骸と血の匂いが立ちこめる。かつては真っ白だった毛皮も、今や血まみれで赤黒く染まっていた。



「なんとか片付いたみたいね」



 私は刀を振り、血を振り払う。スクルドも斧を下ろし、肩で息をしている。最初は余裕そうだったが、これだけの数を相手にすればさすがに疲労も溜まるだろう。



「こいつら、食べちゃおう。もったいないし」



 私は狼を食べてみたくなった。



「ええー! 嫌よ、気持ち悪い」



 甘いもの好きのスクルドは嫌悪感をあらわにするが、私は構わず焚火の準備を始めた。全斬丸で狼の死体をバラす。刀身が長く、料理には不向きだが、切れ味は申し分ない。



 食べてみると、臭みが強くてあまり美味しくはなかった。私が食べている間、スクルドは渋い顔で一口だけ口にしてそれきりだった。



「やっぱり動物なんて食べるもんじゃないわね……。それにしても、動物は神を襲わないはずなのに、何で襲ってきたんだろう?」



 スクルドは辺りに転がる狼の死骸を見ながら首をすくめる。私も血まみれの現場を見渡して、同じ疑問を抱く。神を見て逃げるどころか、集団で襲ってくるなんて尋常ではない。



「こいつらが、もしかして『破滅の獣』とか……?」



「ただの狼でしょ、どう考えても」



 スクルドが即座に否定する。納得いかないが、確かにこんなに大量の狼が『破滅の獣』だとは思えない。



 食べ終わると、すっかり日は暮れていた。薄暗い森がさらに闇に包まれ、わずかな月明かりが木々の隙間から漏れるだけだ。疲れたし、結局ここで野宿することに決めた。



「見張りは交代でしましょう。……あんたが先に寝てもいいわよ」



 スクルドが私に声をかけてくれる。



「そう? じゃあ、お言葉に甘えようかしら」



 私は大きな木の根元に腰を下ろし、刀を枕代わりにゆっくり目を閉じた。むせ返る血の匂いが気にはなるが、疲労には勝てない。いつの間にか意識が遠のいていった。




---




「ワオーン!」



 闇を裂くような狼の雄叫びが耳元で響き、私は飛び起きた。すぐそばでスクルドの声がする。



「近いわよ、かなり……」



 スクルドは斧を構え、視線を森の奥へ向けている。私はまだ寝ぼけ眼のまま刀を抜き、立ち上がった。


 次の瞬間、何かが左の視界をかすめた。私はとっさに刀を正面に向けるが、その一瞬の隙を突かれた格好で、巨大な力に体ごと吹き飛ばされてしまう。



「ぐっ……!」



 背中が木の幹に叩きつけられ、肺から息が漏れる。体中が痛い。こんな衝撃、味わったことがない。


 視界が揺れる中、なんとか立ち上がり、スクルドが戦っている何かに目を凝らした。



「エリカ、大丈夫?」



 スクルドがこちらを気にかけて叫ぶが、私は痛みを我慢してうなずいた。私たちの前には巨大な白い狼がそびえ立っている。大きさは普通の狼の10倍以上だろうか。その圧倒的な威圧感に鳥肌が立つ。



「こいつが……『破滅の獣』?」



 スクルドも斧を構えながら、白い巨狼を睨む。あの群れの中にはこんな化け物はいなかったはずだ。まさか後から姿を現したのか……?



 私は呼吸を整えると、刀をきつく握り直した。



「まったく……痛いじゃない。私を吹き飛ばすなんて、生意気ね」



 その巨狼は高い唸り声を上げ、目を血走らせている。毛並みは月光を反射して青白く輝き、口元からは涎が滴っていた。かなりの殺意を感じる。



 スクルドが先に飛び込み、斧を振り下ろす。巨狼は一瞬で間合いを詰めて、前足の爪で斧を弾き飛ばそうとする。スパークが散るような衝撃音が森に響いた。火花が舞うように見えるのは気のせいだろうか。



 スクルドの筋力でも、押し負けそうになっているのがわかる。あれほど力の強い彼女が、こうも苦戦するなんて……。



「このままだとまずい!」



 私も横から斬りかかろうと走り出す。だが、巨狼は私の存在に気づいたか、スクルドを軽く突き放してこちらに体を向けてきた。



 鋭い眼光。先ほどの一撃で、こいつのパワーは身をもって知った。下手に正面から受ければ再度吹き飛ばされかねない。私は動きを鈍らせるため、神力銃を放つことにした。



「これでどう?」



 6発の弾丸を立て続けに撃ち込む。相手は狼だから多少効果があるはず…… 巨体ゆえに避けきれなかったのか、全弾が命中した。



「ワオーン!」



 巨狼が叫び声を上げ、苦しそうに身をよじる。神力銃でも致命傷にはならなかったようだが、動きを止めることはできたみたいだ。



「今よ、スクルド!」



 私はそう叫んでスクルドに合図を送りつつ、自分も刀を構え直して走り出す。狙うは後ろ足の付け根。あそこを切断すれば、巨体が支えられなくなるはず。



 だが、巨狼も苦痛に耐えながら、私を目で捉えているのがわかる。数十メートルの距離を詰める間に、奴は前足を高々と振りかぶり、私めがけて振り下ろしてきた。まるで巨大な鎌のような鋭い爪が視界を埋める。



「くっ……!」



 私はとっさに刀を横に振り、前足を斬りつけるが、分厚い毛皮と筋肉に阻まれて切り口は浅い。血は出たが、止めを刺すにはほど遠い。体勢を崩した私に、さらに追撃が来る。



「エリカ、下がりなさい!」



 スクルドが斧を投げるように巨狼の首元めがけて突き刺し、奴の注意を逸らす。私はその間に体勢を立て直した。スクルドの斧も深くは刺さらなかったが、奴は一瞬苦痛で動きを止めた。



 今だ――私は再び走り、後ろ足の付け根を斬り上げる。狙いは的中。ゴリッと嫌な感触とともに、一部の筋肉や腱が断たれたのがわかる。



「ワオーン……!」



 巨狼が激しくのたうち、バランスを崩して横向きに倒れ込む。私の攻撃だけでなく、神力銃のダメージも蓄積しているのだろう。



「あと少しね……」



 私は呼吸を整え、今度はもう片方の後ろ足の付け根を目指す。巨狼は必死に抵抗して前足で私を引き裂こうとするが、スクルドが正面から斧を叩き込んで阻止する。



「はっ!」



 斬りつけた感触が確かな手応えを伴い、後ろ足がほぼ使えなくなった巨狼は、地面に沈むように崩れ落ちた。体勢を維持できず、ずるりと横に倒れる。これで終わりだ。



「トドメよ……」



 私は大きくジャンプし、刀を高々と掲げる。奴の頭を一突きすれば、完全に息の根を止められるだろう――そう思った瞬間、何かが私の体に体当たりしてきた。



「いたっ!」



 刀が空を切り、そのまま着地に失敗して地面に転がる。何事かと目を凝らした。


 すると、何者かの姿が見えてくる。



「もう、何なのよ……男?」

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