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第7話 粛正の女神

 

 今日は大砲を作ってみた。


 簡単な構造だから、あっさり作れた。


 とりあえず、大砲を主神の城の方に向けておく。


 


 やっぱり、城に当てたら怒られてしまうか?


 一発ぐらいなら、誤射で誤魔化せないかな?


 うーん、今はやめておくか。



「何してるの? エリカ」



 後ろから声をかけられ、私は驚いて振り返る。



 振り向くと、スクルドがいた。



「大砲を作っていたのよ」



「たいほうって、何よ?」



 彼女には理解できないようで、首を傾げている。



「大きな鉄の玉を、遠くに飛ばす道具よ」



「何の意味があるのよ?」



 ふむ、何と説明したものか。



「敵にぶつけると、楽しい」



「……あんた、いつもそんな事考えてるの? 悪趣味よ」



 彼女が微妙な表情をする。やはり、うまく伝わらない。



「これ、どうやって使うの?」


「そこの導線に火をつけると、飛ばせるわ」



 私は条件反射的に答えてしまった。



「へえ、こう?」


「そうそう…え?  あなた、本当に火をつけちゃったの?」



 導線に火がついて、大砲の方へと進んでいく。胸の奥が一瞬、嫌な鼓動を刻んだ。



「だって、そういう道具なんでしょ?」



 彼女は『何かしちゃったかな』みたいな顔だ。まだ事の重大性をわかっていない。



「いいから、早く火を消して!」



「え? うん。風よ!」



 スクルドが神術を使い、そこそこ強い風を起こす。


 しかし、火は消えずにかえって燃え上がった。炎が勢いを増して導線を猛烈な速度で伝っていく。



「風じゃなくて、水を使って! 早く!」



「ええー? えっと、みず…」



 彼女が神術を使おうとした、その瞬間――



 ドンッ! と大きな衝撃音。


 ――大砲から、鉄球が発射された。



 弾け飛んだ火花と震動に、私の心臓が大きく跳ねる。


 鉄球は弧を描きながら一直線に城へ向かい、結果……見事に命中。


 城の端の塔にめり込んで壁を砕き、粉塵を巻き上げているのが遠目にもわかる。



「…テキトーに配置した割に、ちゃんと当たったわね。私の勘も大したものだわ」



 私は開き直ることにした。当たってしまったものは仕方ない。撃ったのはスクルドだし。私は悪くない。



「ちょっと、オーディン様の城に当たっちゃったじゃない? ど、どうするのよ?」



 スクルドの声が震えている。汗が彼女のこめかみから流れ落ちるのがわかる。



「1発だけなら、誤射かもしれないわ」


「そんな言い訳が通用するような神々じゃないでしょ! に、逃げよう!」



 スクルドはあわてて駆け出そうとするが、私の視線はすでに城の方から飛来する影を捕らえていた。


 鋭い気配が肌を刺す。いやな予感が、お腹のあたりをぎゅっと締め付ける。



「どうやら、手遅れだったようね」



「ええ!? ど、どうしたら…」



 パニックのスクルドの前に、女神が降臨する。


 豪華な衣と眩しいほどの神気をまとった女神――フレイア。



「フレイア様!?」



 美と豊穣を司る女神フレイア、1級神。道を踏み外した神を粛正する女神という側面もある。


 長い緑髪と豊満な肉体は、普段なら妖艶さを感じさせるだろうが、今は怒りのオーラが空気を重くしている。



「この我の部屋に鉄の玉を打ち込んだのは、誰じゃ!?」



 雷鳴のような怒号に、鼓膜がひりつく。


 私は、ためらうことなくスクルドを指さした。



「ちょっと、エリカ。あたしたち神友(しんゆう)でしょ? かばいなさいよ!」



 スクルドが必死の声で訴えるが、事実は事実。



「スクルド、そなたか!?」



「いえ、その、そうだけど…そうじゃないというか…」



 スクルドはしどろもどろと視線を泳がせる。フレイアの圧迫感に完全に飲まれている。



「一発だけだから、誤射ということで…大目にみてもいいんじゃないかしら」



 私が助け船を出すが、フレイアは冷たい目を私に向ける。



「何じゃ? そなたは」



「3級神エリカよ」



「下級ごときが口出しするでないわ!」



 彼女の放つ殺気が一段と強まる。まるで空気そのものが重くなったかのように感じられ、私の胸が圧迫される。



「スクルド。ノルンの配下じゃからと、調子に乗ってしもうたか?」



「いえ、そんなことは…」



 スクルドの声は震えている。フレイアは薄く笑う。



「ノルンに代わって、我が教育してやらねばなるまいな」



「その…許して…ください」



 涙目で俯くスクルドを見ていると、私の中の何かが焼け付くように熱くなる。



「フレイア!」



 私は一気に地面を蹴り、全斬丸を抜いてフレイアの首を狙う。


 躊躇はない。



 鋭い踏み込みからの斬撃――普通の相手なら、あっという間に首を刎ねられる。


 しかし、刃が届く寸前でフレイアの姿がかき消えた。



「下級ごときが我にこんなことをして、タダで済むと思うておるのか!」



 背後から冷たい声。私の心臓が跳ねる。反射的に振り向きざま全斬丸を振るうも、何もない空間を切り裂くだけ。



「身の程知らずの下級は、滅ぼすしかあるまいな」



 距離を置いた位置に姿を現したフレイアが、私を嘲るように睨む。


 周囲の空気がビリビリと震えるのを感じ取った。



 神力……100万!?


 ウルドですら10万なのに、勝てるビジョンが見えない。



「スクルド、あいつの能力は?」



「えっと……瞬間移動、魅了、極大神力波だったかな」



 スクルドがか細い声で答える。


 魅了は女神の私には効かないが、極大神力波は別だ。まともにくらえば3級神など一撃で消し飛ぶ。



(このままじゃマズイ。何か手を考えなければ)



 呼吸を整えようとするが、心臓は早鐘を打ち続ける。


 すると、フレイアが左右の手から神力波を連射してきた。バチッ、という音が空気を裂き、閃光が視界を灼く。



「ッ!」



 必死に回避するが、一発が肩をかすめた。肌を焦がす痛みに息を飲む。


 黄金色の血が噴き、私の服を濡らす。神の血はきらきらと輝いていた。




「スクルド、何かいい手はない?」




「あたしの未来視でも・・・・・・勝ち目なしよ。もう、おしまいだわ」




 スクルドの未来視でも負けが確定しているようだ。




(仕方ない……スクルドだけでも逃がすか)




「フレイア、この程度なの?」



 私はあえて強がりを言い、スクルドへの攻撃を逸らすように挑発する。


 彼女の注意を引くことが、私にできる最善策だ。



「手も足も出ない分際で、よく吠えるわ」



 フレイアの眼光が、まるで私だけを標的に定めているのがわかる。


 彼女の神力がまた高まる気配に、背筋が総毛立つ。



 ちらりとスクルドに目配せする。『逃げろ』と訴えたのだ。



「あんた……まさか、あたしのために死ぬつもりなの?」



 スクルドの消え入りそうな声が耳に届く。痛む肩を押さえながら私は黙ってうなずいた。


 それだけで、スクルドははっと息を呑み、何かを決意したように目を見開く。



「……ダメよ。あたしは、あんたにまだ恩返しできてない!」



 スクルドが大斧を構え、エンフェリアを召喚する。



「あたしのエンフェリアたちよ、我がもとに来たれ」



 小柄な戦士、大柄な騎士、術を使う僧侶――三人の女性兵士が瞬時に呼び出された。


 力強い気配が周囲に広がり、スクルドの決意の強さがうかがえる。



「スクルドよ。エンフェリアを我に差し向けるということは、主神に対する反逆になるが、良いのだな?」



 フレイアは口元を歪めた笑みで挑発する。高ぶる神力が辺りに波動を放ち、砂塵が舞い上がる。



「オーディン様に反逆するつもりはない。だけど、あんたの好きにはさせない!」



「ふん、エンフェリアごと消し去ってやるわ」



 フレイアが両手を突き出す。大気が震動し、空間が歪むような圧が肌を刺す。



「極大……」



(まずい――スクルドたちが消される!)



 歯を食いしばり、私はフレイアの腕を狙って突進する。肩の傷から血が流れるが構っていられない。


 一歩、一歩が遠く感じるほど、フレイアの放つ殺気に体が強張る。



(間に合え……!)



 フレイアが神力を解放する刹那、頭が真っ白になるほどの閃光が走り――その瞬間、どこからか声が届く。



「そこまでよん」



 聞き慣れた声。ノルンだ。1級神で、時間停止、未来や過去に行く能力を持っている。私の知る限り、最強の女神だ。


 一瞬で空気が凍りつくように静まり返り、気づけばフレイアが地面に倒れこんでいる。


 こんな芸当――ノルンにしかできない。



 長い銀髪を揺らし、懐中時計を手に、黄色い雲に乗ったままノルンが浮かんでいた。



「あと少しの所を!」



 フレイアは悔しそうにうめき、よろけるように立ち上がる。何らかのダメージを受けたのか、顔を歪めている。



「フレイアちゃん、弱い者イジメはダメよん」



「うるさい! 覚えておれ!」



 フレイアは怒りを露わにしたまま、瞬間移動で消え去った。


 私は大きく息を吐き、肩の痛みを再び思い出す。スクルドは安堵のあまりへたり込んでいた。




---




 夜になって、私の家で宴が開かれていた。ノルン、ヴェルザンディ、スクルド、そして私が集まっている。


 ノルン派閥のメンツだ。ウルドだけいない。あいつは引きこもりだから、基本的に自宅から出てこない。



 神界には、もう一つ派閥がある。それはフレイア派閥だ。多数の神が所属するが、こちらは5柱の女神のみ。はっきり言えば弱小派閥。


 唯一フレイア派閥より優れている点は、フレイアよりノルンが強いということだけ――ノルン頼りの小さな派閥なのだ。



 私は生まれた時からノルン派扱いされてきた。なにしろ、ノルンによって生み出された女神だから。抜けたくても抜けられない。



「フレイア様とやりあったそうだな」



 ヴェルザンディが酒を飲みながら言う。私は先ほどの戦いを思い出し、負傷した肩がじんわりと疼く。



「まあね。残念ながら、勝てなかったけど」



 瞬間移動がなければ勝てた、なんて負け惜しみは言わない。みじめだから。



「あんたのおかげで、あたしは死にかけたのよ! 少しは反省しなさい」



 スクルドが顔を赤くして私に絡んでくる。もう酔っているのだろう。



「スクルドが大砲を撃ったのが原因でしょう?」



「あんたが火をつけろって言ったんでしょうが!」



「私は使い方を教えただけよ」



 責任のなすりつけ合い。それを見ながら、ヴェルザンディは生暖かい目で笑っている。



「お前たち、仲がいいな」



「どこがよ!」



 私とスクルドの声が重なって、同時に返す。



「ははは、そういう所がだよ」



 ヴェルザンディが朗らかに笑う。騎士然とした風貌ながら、さっぱりした性格なのだろう。



「だが、1級神を敵にするようなことはやめることだな」



「そうね。まだ敵う相手じゃなかったわ」



 まだ届かない。しかし、いつかはあの高圧的な女神に正面から挑める力を――そう思わずにはいられない。



「あんた、全然こりてないわね。いくら命があっても足りないわよ。女神だって、死ぬときは死ぬのよ。本当にわかってる?」



 スクルドが呆れたように絡んでくる。酔いが回っているせいか、言葉に覇気がない。



「わかってるわよ。殺られる前に殺る。ただ、それだけよ」



「ははは、エリカらしいな」



 ヴェルザンディが楽しそうに笑う。ノルンは相変わらず私の頭上の雲に乗って、ちびちび酒を飲んでいるらしい。



「そういえば、スクルド」



「何よ?」



「あなた、私に恩があるとか言ってなかった?」



「……言ってないわよ」



「確かに聞いたわよ」



 スクルドは気まずそうに黙り込む。問い詰めれば答えてくれそうな気もしたが――



「スクルド、言ってはダメよん」



 ノルンの声が上からかかり、スクルドはそれ以上口を開かない。どうやら秘密らしい。



(まあ、いずれ暴いてやるわ)



 私はそう心に決めながら酒をあおる。肩の痛みを感じつつ、今日の戦いを思い返す。やっぱり神力の差を何とかする方法を考えなければダメだ。



 そうして、静かに夜は更けていった。

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