第4話 ヴェルザンディ隊長の憂鬱
治安維持部隊の詰所に隣接する訓練所。
そこには私とヴェルザンディ、そして隊員たちが集まっていた。今日は訓練という名の立ち合いだが、実質的には私の剣技を試すような空気が漂っている。
ヴェルザンディの武器は剣、私の武器は刀。訓練なので、全斬丸ではなく、不壊丸の方を手にしている。
彼女の神力は5万、他の隊員が7千前後。神力だけなら、私の方が圧倒的に不利だ。
だけど、私は負けない。神力の差が戦闘力の差ではないことを見せつけてやる!
長い金髪をなびかせるヴェルザンディが剣を構え、連続で攻め込んできた。
上段、下段、中段、そしてジャンプからの斬り下ろし――いわゆる“ユグドラシルアタック”という連続技が彼女の得意技らしい。とはいえ、それ以外にめぼしい技もなく、やたらと力任せに振り回してくるだけだ。
私の刀は、彼女の斬り込みをすべて軽々と受け止める。返す刀で中段を斬り込み返すと、訓練用の軽い一撃とはいえ腰のあたりにダメージが入ったらしい。
「くっ……」
ヴェルザンディは苦痛に耐え、しゃがみ込む。その姿を見ながら、私は正直、退屈だと感じていた。
「まだやるの?」
「私は負けるわけにはいかないんだ!」
痛みにこらえながらも、ヴェルザンディは強い眼差しで立ち上がる。どうやら、彼女なりのプライドがあるのだろう。
仕方なく、私は相手を続けてしてやることにした。周囲の神々が見守る中、私は刀の切っ先を向けながら、わざと大きな声で挑発する。
「皆まとめてかかってきてもいいわよ?」
「3級神ごときが生意気な!」
数柱の神が怒りを露わにし、私に斬りかかってくる。少しは相手になるかもしれない――そう思った矢先、頭上から剣が振り下ろされた。
――けれど、それも難なく回避。頭を低くして一歩踏み込み、振り下ろした相手の腰を刀で斬りつける。
さらに、突進してきたもう一柱には足を狙って斬撃を入れた。
残る一柱は上段から大振りに斬りかかってきたので、刀でそれを受け止め、腹に蹴りを入れて突き飛ばす。
「ぐぇ……」
みっともない声を上げながら地面に崩れ落ちる神々。彼らは普段、偉そうにしている治安維持部隊の面々だ。今、その威厳は完膚なきまでに失われている。ヴェルザンディも含め、ほとんどが地に伏していた。
「神術使ってもいいわよ」
私が余裕を含んだ笑みを浮かべると、
「何だと! 下級神が調子に乗りやがって!!」
と激昂する神々が神術の発動体勢を示す。
それでも構わないけれど――と思ったところで、大声が訓練所に響いた。
「やめろ!!」
ヴェルザンディの怒声だ。かなりのダメージを負ったはずなのに、その声はまだ力強い。
「これは剣の訓練だ。神術を使うのは許さん!」
「しかし、隊長。このままでは2級神の沽券にかかわります。殺らせてください!」
彼らの殺意は本気だ。私、そんなに恨まれているのかな。みんな目が血走っている。
「ダメだと言ったら、ダメだ!」
ヴェルザンディらしい、規則を重んじる言葉。私はその頑なさに少し呆れながらも、内心「まあ、訓練だから仕方ないか」と思う。
「じゃあ、面倒だから全員でかかってきたら? 神術なしなら、それぐらいのハンデはどうということないわ」
そもそも私が全斬丸を使っていれば、今ごろ全員斬り殺している――それくらいの差はある。
結果として、私の挑発に乗ってきた神々と少し戯れる時間が続いた。もちろん、相手にならない。
斬られ、蹴り飛ばされ、床に転がっていく隊員の数だけが増え、ヴェルザンディの苛立ちは高まるばかり。
「くっ、殺せ」
訓練のはずなのに、ヴェルザンディがそんな物騒な言葉を吐く。プライドの高さゆえの焦りがうかがえる。
「エインフェリアを召喚してもいいのよ?」
ヴァルキリーでもあるヴェルザンディには、死んだ人間の英雄――エインフェリアを呼び出す力がある。だが、彼女は苦虫を噛みつぶしたような表情を浮かべた。
「できない。エインフェリアは、魔族や神敵と戦うためのものだ。それ以外で使うことは禁じられている」
どうやら彼女もスクルドも、その規則に縛られているらしい。私が挑発してもどうにもならないようだ。
そこで私は、ふと階級のことを思い出した。
「これだけ強いんだから、私を2級神にしてくれてもいいと思わない?」
「……神の階級は強さで決まるものではない」
もともと分かっていたことだが、やはり融通は利かないらしい。
「それに、私だって原初の時からずっと2級神だ。簡単に変えられるものじゃない」
「どうしたら、1級神になれるの?」
素朴な疑問。けれど彼女は鼻で笑う。
「ははっ。2級神を通り越して1級神とは、大きく出たな。正直に言うと、わからん」
やはり硬直した身分制度なのか。私が1級神を倒しても、彼らはそれを認めるのだろうか。
「なあ、エリカ。強くなって、1級神になって、どうしたいんだ?」
「私はただ誰よりも強くなって、探し物を見つけたいだけよ」
生まれてからずっと、何かを失っている気がする。その“何か”を探す衝動は、どんな欲求よりも強い。けれど、何を探しているのかはまだわからない。
「……そうか。ただ、力に溺れる者はろくな結末にならないからな。私は人間たちを見ていて、そう思ったんだ」
遠い目をするヴェルザンディ。彼女にも、過去に色々あったのだろう。
「一応、覚えておくわ」
そう言い残して、私は訓練所を後にしようとした。ここにいても、もう得るものはない。
ちょうどその時、甲高い声が聞こえる。
「ああ、いたいた。エリカ、お菓子を食べにいきましょ」
スクルドだ。せっかくの雰囲気が台無しになる。彼女が来ると、いつも空気が妙にゆるむ。
「また訓練所で遊んでたの? 少しは発明もしなさいよ。役目でしょ」
「わかってるわ。ちゃんと作るわよ」
「お菓子を食べたら、家に帰って、ちゃんと仕事しなさいよ」
スクルドはそう言いながら、ほとんど強制的に私の腕を引っぱっていく。お菓子は別に興味がないけれど、言い返しても無駄なので、そのまま大人しくついていくことにした。
「ねえ、スクルド。エインフェリア召喚してくれない?」
「なんでよ? ダメに決まってるでしょ!」
案の定、軽く却下されてしまう。若干の欲求不満を抱えつつ、私はスクルドとともに町のほうへ向かった。
こうして、私とヴェルザンディの訓練は終わりを迎える。
神々が地に伏す中、ヴェルザンディがこちらを見つめている気配を背に感じながら、私はその場をクールに立ち去った。