IF早過ぎたラグナロク最終話 終末の巨人
私は世界樹の泉のほとりで泣き続けていた。
スクルドはもう笑ってくれない。怒ってくれない。私を見てくれさえもしない。たったそれだけの事実が、まるで世界の終わりのように胸を抉る。
「もう、私が頑張る意味なんてどこにもない。スクルドは死んでしまったのだから」
私は彼女の冷たい死体に縋り付き、ただ声を上げて泣く。死んでしまいたい。スクルドと一緒に、ここで永遠に眠りたい。そんな想いが頭を支配する。もう、私には何もない。
何もかもどうでもよくなった。世界が滅びようと関係ない。勝手に崩壊すればいい――そんな絶望感に沈んでいると、どれくらい時間が経ったのかさえわからなくなる。ここには、動かなくなったスクルドと、取り残された私の静寂があるだけだった。
しかし――
ブオーン、ブオーン。
低く響き渡る轟音が鳴り響く。耳にしたことがある……そう、夢の中で聞いた記憶がある。ギャラルホルンの笛の音だ。
「そういえば、ヘイムダルのことを忘れていたわ」
あの笛が響くということは、ヘイムダルがまだ生きていて警戒の合図を鳴らしたということ。今さらどうでもいい事だけれど……私は思考を切り替え、遠見の能力で虹の橋をのぞき見る。そこには、凄まじい数の巨人族が橋を渡ってくる光景があった。
巨人が無数に押し寄せ、最後尾にはひときわ巨大な炎の巨人――スルトの姿。夢で見た破滅の予兆が現実となり、神界を侵攻しようとしているのだ。
「ラグナロクが始まったみたいね……」
私はスクルドの亡骸に頬をすり寄せたまま、他人事のように言う。私にとってはもう世界などどうでもいい。ただ、遠見を続けていると、ヘイムダルが巨人の軍勢に飲まれ、殺されるのが映る。
「あっ、ヘイムダルがやられた」
呟いても、空虚な感情しか湧いてこない。巨人族の軍勢が神界を蹂躙するのも時間の問題だろう。私はこのまま、スクルドと一緒に殺されればいいのかもしれない――そんな思考がちらりと頭をよぎる。
だが、ふとスクルドの死体を抱きしめている腕に力がこもる。彼女の体を踏みにじられるのは耐えられない。せめて、この泉で静かに眠らせてあげたい。そして、私が何もせず死ねば、私が殺してきた神々が報われない。
「もう世界なんてどうでもいいけど、スクルドが眠るこの場所くらいは、守らないとね……」
小さく呟き、スクルドをそっと横たえて目を閉じる。この場所だけは、巨人の軍勢から死守しなければならない。私は泣き腫らした目を拭って、自分の家へ瞬間移動する。いつまでも泣いてばかりもいられない。巨人の軍勢をくい止める準備をするのだ。
---
決戦の地はヴィーグリーズ平原。
ここは世界樹の森の手前に広がる平原で、スクルドの眠る泉からは少し離れている。ここで食い止めれば、泉を守れるだろう。私は土の超神術で10体の巨大ゴーレムを召喚、さらに5門の大砲を用意した。
遠くから轟々と足音が近づいてくる。二百、三百以上の巨人族が、黒い波となって迫りくる光景は圧巻だ。私はギリッと歯を食いしばり、スクルドを思い出す。――彼女を眠らせる場所を守りたい。その意志が、私を立ち上がらせる。
「この世界から、巨人族は一匹残らず駆逐してあげるわ!」
大砲の号砲が一斉に響く。爆裂弾を食らい、数体の巨人が吹き飛ぶが、その程度では大軍勢は止まらない。ゴーレムをけしかければ、十メートル以上の石の怪物が猛攻を仕掛け、そこそこの巨人を倒せる。だが、敵は圧倒的数だ。
私は空を飛びながら、“首元への斬撃”を狙う戦法をとる。サイズ上、巨人の首を完全に落とすのは難しいが、頸動脈を切れば失血で死に至る。激しい返り血を浴びながら、何体もの巨人の頸動脈を斬る。
しかし、やはり多勢に無勢。10体のゴーレムも、押し寄せる巨人の波に破壊されていく。大砲の弾薬も尽きかけ、私は仕方なく火の超神術を発動した。
「超神術! 燃え尽きなさい!」
爆炎が平原を覆い、巨人たちがのた打ち回る。生き延びた連中には、雷神トールから奪ったミョルニルを叩きつけ、広範囲に稲妻を落とす。あるいはグングニルを投げ、遠くの大型個体を貫くなど、今まで集めた神々の力を総動員していく。
あまりに凄惨な死闘。血と泥の臭いが鼻を突き、ゴーレムの砕け散った破片や巨人の肉片がそこかしこに散乱する。――やがて、私は息を切らしながら、膝をついて地面に手をつく。どうにか巨人の大半を殲滅できたらしい。
---
「はぁ、はぁ……一匹も通さずに倒したわよ」
私は巨人の死骸の山の上で呟き、荒い呼吸を落ち着けようとする。だが、先程までの激闘は、所詮スルトに比べれば前座に過ぎない。
遠くを見れば、他の巨人を遥かにしのぐ黒い肌の巨人――スルトが、周囲を手当たり次第に破壊している姿が見える。その剣から吹き上がる炎が空を焦がし、大地を赤黒く染めている。
(本当に、夢で見たままの姿)
スルトは私など眼中にないかのように神界を荒らし回っている。もしここで放置すれば、世界樹の森まで侵攻し、スクルドの眠る泉を踏みにじるだろう。
私は疲労した身体を奮い立たせ、飛び上がる。
「やるしかないわね……」
抑揚のない自分の声が耳に残る。ヘルの超再生があるとはいえ、既に疲労困憊だ。それでも戦わなければならない。
黒い翼を広げ、スルトへ向かって飛翔する。周囲は凄まじい熱量と轟音に支配され、遠目から見ても途方もない巨体が私を待ち受けていた。
スルトの近くまで接近すると、その巨大な体躯を改めて痛感する。まるで山脈に挑むような絶望感。首筋を狙おうと舞い上がれば、炎の剣が地平線を割るように振り回される。そのたびに衝撃波が走り、空気が燃え尽きるような圧力が襲う。
「超神術! 水龍よ、敵を滅ぼせ!」
まずは牽制に水の超神術を撃ち込むが、スルトの炎にかき消されて蒸気が吹き上がるだけ。まるで効果がない。
スルトはその視線を私へ向け、耳が裂けるような咆哮を放つ。大気を震わせる波動が体を押し戻しそうになるが、私は必死に羽ばたいて耐える。
(夢で見た……あの最悪の未来と同じね)
スルトに勝てる保証などどこにもない。けれど、私は戦い続けないといけない。
私は全斬丸を握りしめ、舌打ちしながら首筋へ急接近する。
「私は主神エリカ! あなたを滅ぼす女神よ! 私のすべてを賭けてあなたを倒してみせるわ!」
自分を鼓舞するように叫び、スルトの咆哮に対峙する。あたりに熱風が巻き起こり、世界が赤く染まる。
「いくわよ、スルトォー!」
こうして、果てしなく続く、不毛で、絶望的な戦いが始まったのだった。
---BAD END 魔神エリカの成り上がり---




