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IF早過ぎたラグナロク14話 主神1

俺はオーディン。主神だ。


 戦争や王権を司り、原初の時よりアースガルドを治めてきた――はずだが、今やその“支配”と呼べるものは風前の灯火に等しい。


 3級神が相次いでいなくなった頃までは、それほど深刻に考えてはいなかった。神々の中には気ままに放浪する者もいるし、些細な争いで姿をくらます者も少なくないからだ。だが、いつの間にか2級神たちまで行方不明となり、挙句の果てにフレイアさえも失踪したとなれば話は別だ。これほどまでに多くの神が消えるなど、今までにない異常事態だ。



 静まり返った謁見の間の玉座に腰を下ろし、俺はぽつりと呟く。



「俺はどうしたらいい?」



 いつもなら相談相手がいた。ロキやフレイアといった賢い神々、あるいは予言の力をもつユーミル。しかし今、その誰もが消え、あるいは見つからず、玉座の間には俺だけだ。


 苦々しく、孤独を噛みしめる。


 


 生来あまり頭が良くなかったゆえに、俺はこれまで多くの知恵を求めてきた。世界樹に身を吊るしてルーン文字の秘密を手に入れ、ミーミルの泉から知恵を得るために片目を犠牲にしたこともある。それらの苦行を経て、なんとか“賢き王”としての形を整えてきたのだが、やはり元より賢き神々には及ばない。


 戦場ならば迷うことはない。ただ敵を倒すだけだ。だが、一つの世界を治めるというのは、強さだけではどうにもならない――それを思い知らされる時期が来たのだろうか。



 謁見の間の空気はひどく冷たい。あたりを見回せば、そこかしこに続く柱廊は薄闇に沈み込んでいる。以前は神々の声や足音で満ちていた空間も、今はすっかり虚無の世界だ。


 例の魔族が暗躍しているのは確かだろう。だが、やつがどこに潜んでいるのかすら掴めていない以上、動きようがない。



「久々に外を駆けてみるか……」



 城にいても得られるものは何もない。かといって、既にほとんど神がいないこの状況で、主神としての威厳を守り通す意味がどこにある? 自嘲気味に立ち上がり、玉座を後にする。


 重々しい扉を抜けると、無神の廊下がいくつも続いている。昔は誰かと出会うたびに言葉を交わしたが、今は誰もいない。


 屋外へ出ると、今日も空はどこまでも白い。原初の時から変わらぬ白さが、逆に不気味に思えてくる。


 厩舎に向かうと、そこに俺の愛馬、スレイプニルが待ち構えていた。八本足をもつこの黒い馬は、地上はもちろん空や海、死の国ヘルヘイムすらも駆け巡ることができる。


 スレイプニルに近づくと、「ヒヒーン」と甲高い声が聞こえた。久しく遠乗りしていなかったからか、再会を喜んでいるようだ。



「久しぶりだな。行くぞ、スレイプニル」



 気性が荒い馬だが、俺にはよく懐いている。鞍をつけ、手綱を整え、馬の首筋を軽く叩くと、すぐに敏捷な動きで体を踊らせた。


 そのまま、城の門を出て石畳の坂道を駆け下りる。


 誰もいない城下町を眺めると、かつて活気に満ちていた商店や建物がすっかり静まりかえっていて、まるで時間が止まってしまったかのようだ。ひゅう、と吹き抜ける風が乾いた音を運ぶ。神々の姿がない道を走り抜けるのは、妙に切なく、そして虚しい。



 しばらく走っていると、視界が開け、遠くまで見渡せる場所に出た。そこには激しい戦闘が行われたらしい黒焦げの痕跡が点在している。ウルドが使う火の神術の跡かもしれない。あの女神の戦いぶりを思い返すと、胸にわずかな苦味が広がる。



(次々と神々が消えていったのは、やはり“例の魔族”の仕業か……)



 そう考えながら、さらにスレイプニルを走らせているうちに、大陸の端近くにたどり着いた。そこに虹の橋が架かっている。


 橋の側にある小屋のドアをノックすると、少し後に扉が開いて、金色の全身鎧をまとったヘイムダルが姿を見せる。



「こ、これはオーディン様。どうされましたか? はぁはぁ……」



 息を切らせながら慌てているようだが、声の調子で彼が2級神のヘイムダルだとすぐ分かる。原初の時より虹の橋の番をしてくれている男だ。



「遠乗りの途中だ。ここは異常ないか?」



「こちらはまったく異常なしであります。虹の橋からは誰も侵入しておりません」



 彼は忠実で真面目だが、融通が利かない。多くを語らないし、会話を続けてもあまり進展はなさそうだ。


 俺は主神らしく頷くと、「ご苦労。励むが良い」とだけ言い残し、その場を後にした。


 静まり返った虹の橋のたもとを離れ、再びスレイプニルの背に揺られながら、思考を巡らせる。魔族をおびき出すという目的はあれど、一向に敵の姿は見えないし、誰もいない城に戻るのも馬鹿らしい。


 そこで頭に浮かんだのは、トール様の存在だ。先代主神にして雷神。戦士としても最強格の彼なら、いまも無事に違いない――しばし思案してから、俺は進路を変えることにした。



「スレイプニル、行くぞ。目指すはトール様の家だ」



 俺はそう言って、勢いよく馬首を返した。




---




 誰の姿も見かけない道をひたすら駆けていくと、やがて郊外の小さな木造の家が見えた。


 家の前で声をかけると、相変わらずのぶっきらぼうな声が返ってくる。



「開いておる。入ってこい」



 ドアを押し開けると、そこは質素な室内。最低限の家具しかなく、1級神の暮らしとは思えないほど飾り気がない。テーブルの椅子に腰掛け、昼間から酒を呑んでいる姿を見て、俺は思わず苦笑する。



「どうした、オーディン。辛気臭い顔をしおってからに」



 酔っているのか、トール様は上機嫌に見える。それでも、原初から共にいた神々の行方不明という話をかいつまんで伝えると、彼の顔から徐々に笑みが消えていった。



「そうか。フレイアまでが、のう……」



 長い付き合いのある名を聞き、寂しそうに視線を落とす。


 俺は恐る恐る問いかけた。



「どうすれば良いと思われますか?」



「……相変わらず、自分で決められん小僧じゃのう」



 鋭い目つきで睨まれ、身がすくむ。先代主神として俺にその座を譲ったのは彼だが、やはり今も頭が上がらない。



「はあ、申し訳ありません」



「何をやっとるんじゃ! さっさと城に戻って魔族を滅ぼすのじゃ!」



「ですが、いくら待っても敵は出てきません」



 釈明のつもりで口を開くが、彼は一喝する。



「魔族の狙いはお主じゃ。必ずそのうち姿を現す。大人しく玉座で待ち構えておれ! 万が一負けたら、骨は拾ってやるし、仇も討ってやるわい」



「はは、それには及びませんよ。俺にはグングニルがありますからね」



 俺は手に持った槍を軽く掲げる。必中の神槍・グングニル。その名を口にするだけで、自信が胸に蘇る。


 トール様は静かに杯を置き、目を細めた。



「油断はするなよ。どんな相手かも分からんのじゃからのう」



 淡々とした声音の底に厳粛さが滲む。


 言われなくても分かっている。それでも、この世界を脅かす存在なら、今の俺にこそ戦う義務があるはずだ。



「任せてください」



 返事をして立ち去ろうすると、ふとトール様が俺の背に声をかける。



「オーディン、エリカの行方を知らんか?」



「誰ですか? それは」



「……知らんのならよい。わしが探す」



 素っ気なく言われて、俺は首をかしげる。エリカ……? 聞き覚えのない名だが、何者だろうか。


 その疑問を抱えたまま、スレイプニルに再び跨がり、トール様の家を後にした。



 



---





 少し酒が入ったせいか、気分は幾分か晴れやかだ。とはいえ、誰もいない城に戻るのはやはり気が進まない。だが、トール様の言葉どおり、魔族を倒すには城の玉座で待ってみよう。



「本当に玉座で待っていれば、現れるのだろうか?」



 自問しながら城に戻る。門をくぐり、石の廊下を足早に通り抜けると、先ほどまでの虚無感が嘘のように、何かしら胸が高鳴っている。もしかしたら、敵と交える瞬間が近いのだろうか。


 玉座の間への扉をゆっくりと開く。そこは先ほどと変わらずひっそりとしている――はずだった。


 だが、目に飛び込んできたのは予想外の光景。俺はつい声を上げてしまった。



「フレイア!」




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