第2話 3級神エリカの日常2
訓練の後は、家に帰って朝食をとる。
私の家は木造の家で、質素な感じだ。
3級神という身分にあった、庶民的な家と言えるだろう。
薄い板壁が外気を通すのか、朝早い時間は少しひんやりとする。
それでも私は気にしない。もともと神に寒さや暑さはあまり影響しないし、 私自身、この質素な住まいを嫌いではない。
パンをトースターで焼いて、イチゴジャムを付けて食べる。
この世界の食事の基本はパンだ。
トースターは私が作った。
神力が動力なので、神にしか使えない。
私の発明品だ。
名前は神力トースター。
そのまんまのネーミングだが、シンプルな方が意外とわかりやすい。
暖かいパンを食べる瞬間は、私にとって朝の小さな幸せだ。
本来、神は食事を摂る必要はない。
消化されて、神力に変換される仕組みになっているし、放っておいても神力は自然に回復するからだ。
だから、食事をとらない神も多い。
ちなみに、神は排泄しない。
食事も水も全て、体の構成成分か神力に変換されるので、不要な物が体内に残らないのだ。まあ、汗はかくんだけどね。
ゆえに神界にはトイレというものも存在しない。
ついでに言えば、神には寿命もほとんどなく、老化も極めて遅い。
私自身、生まれた時から今の姿だ。
小柄で、見た目は人間の少女のような感じ。それでも、生まれた時から十分な知能は持ち合わせていた。
神は、人間とは根本的に違う存在なのだ。
朝食を食べ終わると、次は研究や発明をする時間だ。
私は発明の神。
それが私の仕事だからね。
兵器を作れ、と上級の神から言われている。
嫌々ながらでも、作らないと怒られてしまう。
そのため、ひとまず手近なところで“鉄砲”でも作ってみることにした。
なぜか、私の頭の中には生まれた時から多種多様な道具の知識がある。
作りたい物を思い描くだけで、部品や構造が鮮明に浮かぶのだ。
こうして少しの間手を動かし、いくつかの作業をこなすと、あっさりと「鉄砲」の形が出来上がる。
「神力を込めて引き金をひくと、弾丸が発射される……。よし、神力銃と名付けよう」
ふと独り言を口にして、私はその銃を手に取り、試し撃ちができる場所はないかと家の中を見回す。
室内では壁や床を壊しかねない。外に出るのもいいが、めんどくさい。
「何作ってるの? エリカ」
後ろから突然声がした。
私は一瞬、心臓が飛び出しそうになる。
この声は聞き慣れている。振り向くと、案の定、青髪のポニーテイルの女神が立っていた。
スクルド。2級神にして、運命の3女神のひとり。未来を司る存在だ。
背丈は私と同じくらいで小柄。見た目もどこか幼い雰囲気だが、その実、私よりも遥かに長く生きているはずだ。
「神力銃よ」
私が銃をひょいと見せると、スクルドは目を輝かせる。
「どういう道具なの?」
「神力を込めて引き金を引くと、弾丸が発射される道具よ」
スクルドは「ふーん、撃ってみてよ」と好奇心に満ちた笑みを浮かべる。
自分を指さして催促するほどだから、相当自信があるのだろう。
神の体なら、多少の衝撃には耐えられるはずだが……スクルドを本当に撃つのは気が引ける。
「当たったら、痛いわよ?」
「大丈夫よ。これでもバルキリーなんだから」
むしろ、彼女は楽しんでいるようにすら見える。
その態度に、私も少し呆れつつ、実験のチャンスだと割り切ることにした。
「本当に撃つわよ?」
「はやく、はやく」
スクルドが子供のように促す。
私の警告をまるで意に介していない。
その能天気さに、少しイラッとしながらも、私は銃口を彼女の肩あたりに向けて狙いを定める。
弾丸が神に通用しないかもしれない、という思いがある一方で、もし運悪く貫通したらどうするのか……わずかな不安も脳裏をかすめる。
けれど、スクルドは微動だにしない。小柄ながら、その立ち姿には確かな威圧感があった。
(この距離なら……外す方が難しい)
私は心を決め、引き金に神力を込める。
瞬間、銃内部で神力が弾丸を弾き飛ばすエネルギーに変換され、一気に火薬のような衝撃音が鳴り響いた。
ぱんっ!!
金属がはじけるような音が部屋に反響する。
私は思わずまぶたを強く閉じた。
そして一瞬後、スクルドがどうなったかを確かめるため、慎重に目を開く。
(……当たった? いや、まさか)
目の前にいるスクルドは、かすり傷一つない。
それどころか、彼女の右手が何かを摘んでいた。
玉を――弾丸を、まるで虫をつまむように指先でしっかり掴んでいる。
「これが弾丸? ちっちゃい金属の塊ね」
スクルドは不思議そうに弾丸を見つめる。
私は息を吞んだ。
さっきの一瞬、弾丸が放たれた瞬間にスクルドの手を動かしたのを、かろうじて視界の端で捉えていた気がする。
しかし、それはあまりにも速すぎた。
「……掴んだの? その弾丸を、素手で……」
自分の声がわずかに震えているのがわかる。
私だって3級神だ。普通の人間から見れば十分規格外の力を持っている。
けれど、今のスクルドの動きは、私の理解をあっさり超えていた。
その瞬間、家の中の空気が張り詰める。
私が放った一発の銃弾は、神にとってどの程度の脅威なのか、今はっきりした。
スクルドはあくまで日常のように笑っているが、その“仕草”は確かに神の領域だ。
「これなら、神力波で良くない?」
スクルドの、まるで子供が新しいオモチャを評価するような声。
彼女が呟いた瞬間、それまで張り詰めていた緊張感が少し緩む。
私は軽く肩の力を抜き、溜息をつく。
「はあ、これだから素人は……」
「なによ!」
私の独り言に、スクルドがムッとした表情を浮かべる。
その表情すら、どこか微笑ましい。
「神術を使えば、神力波を使えば……そんな事ばかり言ってたら、いつまで経っても技術なんて進歩しないのよ」
「それはそうかも。ごめん、エリカ」
スクルドは素直に頭を下げる。
こういう所が子供っぽいと言えばそうだけど、変に開き直らずに謝れるのはむしろ好感が持てる。
「実はもう一つ発明品があるのよ」
私が少し意地悪く間を取ると、案の定スクルドは目を輝かせる。
「今度は何?」
先ほど摘んでいた弾丸をぽいっと、どこかに投げ捨てて、私の側まで近づいてきた。
(勝手に捨てないで欲しいんだけど……)
だが、今はよしとしよう。
「じゃーん、神力計」
私は懐中時計くらいの大きさの機械を取り出す。
銀色の外装と、小さなアンテナがついたシンプルなデザイン。
神の神力を測るために設計した装置だ。
「これは何に使うの?」
「ふふふ、これは相手の神力を測ることができる機械なのよ」
そう言って、スクルドの方にアンテナを向ける。
スイッチを入れると、ごく微かな振動が装置内部で走るのを感じる。
「スクルドの戦闘力……じゃなくて神力は1万か。なかなかね」
「それって、凄いの?」
スクルドはあからさまに嬉しそうだ。
私は軽く笑みを浮かべる。
「それなりね」
「ねえ、エリカはいくつだったの?」
当然、そういう流れになるよね。
嘘をついても仕方ないので、私は正直に答えた。
「……10よ」
「え? たったの10」
スクルドが驚いた表情をする。
表情の移り変わりが豊かな彼女は、やはり子供のようだ。
「そうよ。3級神なんてそんなものよ」
「そうなんだ。知らなかった」
彼女はへえ、と納得した様子で軽く頷く。
「見えるようにするのは大事なことなのよ。どれだけの差があるのかが、はっきりとわかるしね。まあ、神力は純粋な戦闘力ではないから、目安にしかならないけど」
「エリカは若いのに、色々な事考えてるんだね」
スクルドがぽつりと呟く。
それはまるで、私を子供扱いしているようにも聞こえるが……まあ、悪意はないのだろう。
「神力の差が、戦闘力の差にならない事を身を持って知ってみる?」
私は全斬丸を抜いて、スクルドに突き付ける。
冷たい刀身が光を反射し、思わずスクルドの目つきが険しくなる。
「あんた、すぐに刀を抜くのは悪いくせよ。刀をしまいなさい」
それでも彼女は焦った様子で、それ以上言い募ることはしない。
神力銃は平気でも、全斬丸はさすがに脅威なのだろう。
彼女は小柄で年下に見えるが、実際には私よりも遥かに長く生きている。
3女神の末っ子とはいえ、威厳を漂わせる瞬間もある。
けれど、私からすると妹のように感じられるところが多い。
そういう意味で、スクルドは今のところ一番親しい女神だ。
私の未来志向と、彼女の“未来”を司る性質が噛み合っているのかもしれない。
「神力計や神力銃なんて作って……本当に、エリカは面白いわ。ねえ、もっと見せて」
スクルドはくるりと刀から視線を外し、私の傍へにじり寄る。
まるで私が見せる発明一つ一つが宝物でもあるかのように、瞳を輝かせている。
「……まったく。勝手に人の研究室に入ってくるくせに」
私は呆れながらも、少しだけ口元がほころんだ。
先ほどまでの緊迫感が消え、空気はいつもの通りにゆるい雰囲気へ戻っている。
あの弾丸を素手で捕らえた神の力を、今はもう感じさせないほどに、スクルドは無邪気で飾り気のない笑顔を浮かべていた。
こうして、訓練を終えた後の私の日常――食事や発明、そしてスクルドとのやり取り――は、静かに、けれどどこか刺激的に過ぎていく。
3級神である私は、まだまだ弱く、小さな存在だ。
しかし、その弱さと無力感が、逆に私を駆り立てる。
(宇宙戦艦や惑星破壊弾とか作れたら、オーディンだって倒せるのに。材料が集められないから、作れない。この文明レベルじゃ、核兵器すら作れない。歯がゆいわね)
未来を司る彼女と、発明の神である私。
そして全斬丸や未来の発明品――いつか、これらが交差する時が来るとすれば、私たちの運命はどんな形で動き出すのだろう。
私はスクルドの弾けるような笑い声を聞きながら、ほんのわずかに、胸の奥がざわつくのを感じた。
けれど、その正体を言葉にするには、まだ少し早いような気がしていた。