06話 遭遇
タルフは今回の仕事場である大きな扉の前に立つと、ゆっくりと深呼吸をした。
自動ドアが開くと、部屋の中の緊迫した雰囲気を感じ取ったせいか、タルフの鼓動は少しだけ高まったのだ。
ここは管制室。
色々な世界の全てのデータを管理する場所。
入ってすぐに目に飛び込んでくる大きなモニターには、いつ来ても圧倒されるのだ。
そこには目に見えない、多くの世界の動きが示し出されているのだ。
管理すると言っても、世界の動き方を大きく変える事は出来ない。
ただ、今後の動きを予測する事ができる為、大きな混乱を回避出来るのだ。
それも、この世界の科学力とポラリス様の大きな力の賜物。
僕は管制室の中を通り抜け、一番奥にある部屋に入った。
ここは、僕と同じような能力を持った者達の仕事場といえる。
僕はポラリス様の作り上げた空間に入ったのだ。
ここでは多くの者が働いているのだが、一見静かに座っているようにしか見えない。
僕達はここから意識だけをそれぞれの仕事場である世界に飛ばすのだ。
その世界では、行きたい場所に瞬時に移動する事ができるのだ。
しかも、肉体を持たない僕達は自分のイメージした姿となり、あらゆる力を発揮することができるのだ。
そして、色々な世界を垣間見れる事が、この仕事の醍醐味でもある。
自分達の住んでいる世界に似ている世界もあれば、全く異なる生命や文明が発展している世界もあるのだ。
そこに降り立ち、それらの世界のデータを取ることも重要な仕事でもあった。
もちろん、ポラリス様の空間を通しているので、ポラリス様の意思に添わない行動をした者は瞬時にその世界との接続を切られ、重い罰を受ける事になるのだ。
僕達は空間や時間を操作する力、イメージした物を具現化出来る力、いわゆる科学で解明出来ていない力を使える者達なのだ。
そんな力を脅威と見なす人たちもいるだろう。
だが、乱用する事は、ポラリス様が許す事は無いのだ。
全ての力の源はポラリス様であり、僕達はその力にアクセスする事で多くの力を使う事が出来るのだ。
だから、この世界において異質な存在であっても、問題なく生活する事が出来ているのだろう。
僕は所定の位置に座ると、再度今回行う仕事の資料に目を通したのだ。
今回は二つの世界が少しだけ接触する為、それらの世界の干渉した時に起きる時空の亀裂を管理する仕事なのだ。
場合によってはいくつもの世界が重なり合ってしまうこともあるため色々な技術が必要な時もあるのだが、その辺は熟練した先輩たちの仕事になる。
だから、今回は大きな亀裂が沢山出来るとは思えないし、初仕事としては妥当なのかもしれない。
僕は深呼吸すると、丸い扉を作り出した。
扉と言っても大きな丸い魔法陣のようなものである。
その中心に鍵穴が存在し、そこに真新しい鍵を差しこんだのだ。
すると大きな扉が開き、僕は意識だけの存在に変わり、今回の仕事場である二つの世界に行くことが出来たのだ。
今まで見たこともない世界・・・
だが、ワクワクする気持ちを抑えなければ。
僕は仕事で来ているのだ。
まずは二つの世界のデータを集めなければならない。
この世界での環境、生命体、文化などあらゆるデータをとるのだが、今回の世界は、僕たちが生活している世界とそれほど大きな違いがないようだ。
僕は意識を色々なところに飛ばしたのだ。
今までは先輩達の仕事について行くだけだった為、自由に行きたい所に行けるわけでは無かった。
だが、今回は違うのだ。
僕はそこで暮らす最も多い生命と同じ姿の実体を作り出した。
と言っても、今の姿と殆ど変わらない世界であったので違和感は無かったのだ。
この世界に住む住民の姿になり、街中を歩いてみたかったのだ。
辺りを見渡すと、見慣れない服装の人達や街並みが目に飛び込んできた。
僕が五感で感じた事が全てデータとして取り込めるのだ。
僕は初めて見る世界が嬉しくて、辺りをキョロキョロ見ながら歩いていたのだ。
すると、ある生き物に遭遇したのだ。
その生き物を観察していると、とても動きが俊敏で、色々と移動するにはもってこいの姿だと思ったのだ。
僕は今度はその尻尾の長い生き物に姿を変えると、街中を自由に動き回ったのだ。
建物の屋根から屋根へと飛び移ったり、木の上によじ登ったりと、その姿で動き回ることが楽しかったのだ。
だが屋根から道端に降りた時である。
前から勢いよく荷物を引いた生き物が走ってくるのに気づかなかったのだ。
もちろん、この世界に降り立った僕の体に何か支障が起きても、作り上げた器が消滅するだけで、意識としての僕は何ら問題は無かった。
また新たに作れば良いだけなのだ。
そうとわかっていても、前から来るものとの衝突が避けれないと思った時、その場で体が硬直して思わず目をつぶったのだ。
ああ、今度は違う生き物にするか・・・
ところが、僕の予想とは全く違う事が起きたのだ。
意識だけの自分に変わると思っていたが、僕の体はまだこの世界に存在していたのだ。
目を開けると僕の作り出した体は壊れる事はなく、温かい何かに包まれたのだ。
「大丈夫?
もう少しで、馬車に轢かれるところでしたよ。
こんなところ歩いてたらダメ。」
見上げると、大きな黒い瞳が僕を心配そうに見ていたのだ。