05話 異世界の生活
私のここでの生活は驚きの連続であったのだ。
着る物もそうだが、食べ物も全く違うのである。
見たことが無い料理が沢山並んでいたのだ。
マーサが嬉しそうに勧めるので、恐る恐る一口食べてみたのだ。
すると、今まで味わったことのない食感や甘味など、どれも美味しく、この世界の食事に慣れるのはあっという間であった。
驚いた事は、まだまだあったのだ。
私は父上や兄上達に口答えなどできる立場ではなかった。
しかしこの家ではマーサが一番強く感じるのだ。
それにミクも兄を言い負かすこともあり、世界が違えば、変わることも色々あるのだと思ったのだ。
自由に自分の意思を伝えることができる世界を、私は少し羨ましいと思ったのだ。
私は今まで、私の世話をしてくれるトキさんがいたので、身の回りのことはほとんど人任せであった。
いや、実際は色々やろうと努力をしたのだが、家事全般が何をやっても上手くできず、手を出さないようにとトキさんに言われ続けた結果なのだ。
そのため、この家の手伝いをしたいと思っても、自分にできることは無く、一から教えていただくしかなかったのだ。
つまり、食事の支度、洗い物、洗濯、掃除。
恥ずかしい事に、何一つちゃんと出来なかったのだ。
マーサにその話を正直にすると、微笑んでこう言ってくれたのだ。
「あら、ハナはきっとお姫様だったのよ。
世話をしてくれる人がいたなんて、羨ましいわ。
ここではそうはいかないけど、これから色々覚えれば良いのよ。」
だから、私が出来ることを考えたのだ。
そう、蔵の薬については詳しいのだ。
薬師の仕事をしている、ここの主人の助けになるかもと考えたのだ。
もちろん、実際作った事は無いので、頭だけの知識なのだが。
しかし、父上や兄上達が作るところをずっと覗き見していたのだ。
面倒を見てくれているケイシ家の助かる事がしたかったのだ。
私はここでの生活に必要な事を少しずつ教わることにした。
そして、暇な時間には蔵の中に入り、書物を再度よく読んだのだ。
今度はコソコソ隠れて読む必要性は無いのだ。
私は兄上達がよく作っていた薬を作ってみる事にしたのだ。
それは風邪の引き始めや、肩こりなどに使われた薬なのだ。
必要な生薬を刻み粉砕し、混合した。
配合の種類や量はちゃんと書物に書かれているのだ。
そして、できた薬を煎じて飲むのである。
もちろん、粉末をそのまま飲む物もあれば、生薬自体に蜂蜜を加えて丸くした物、煎じて飲む物、色々あるのだ。
私はカイとミクの父上であるソウに、出来た薬を見てもらったのだ。
元となる生薬や作り方などについても話をしたのだ。
「これはこちらの世界の薬草と似てますね。
違うといえば、この薬は何種類もの成分を調合するのですね。
面白いですね。」
そう言いながら、私が煎じた薬の色や匂いを嗅いだのだ。
「色々と試し飲みさせていただきましょう。
効果がはっきりすれば、病人にも使えるでしょうから。」
そして躊躇なくゴクゴク飲んだのである。
それから私は色々な薬を毎日一つ作っては、味見をしてもらったのだ。
ほとんどが体に支障がないように、風邪の症状に使われる薬にしたが、膝が痛いというソウの話を聞いて、それに見合うものを作って継続して飲んでもらう事にした。
もちろん、私は沢山の書物を読み、ソウの証に合うものを選んだのだ。
父上達がずっと使っていた書物によると、人間には証というものがあり、薬を使うときには大事な事なのだ。
ふと、今更ながらこの蔵がなくなってしまった事で、父上達が困っているのではないかと思ったのだ。
仕事道具が一切なくなってしまったのだから・・・
自分に起きた事を受け入れる事が精一杯だった私は、今までそんな事は考える余裕が無かった。
考えたところで、どうする事も出来ないのだが。
また雷が起きれば、元に戻れるかもしれないと、天候が悪い日はなるべく蔵にこもっていたが、そんな都合よく雷が落ちる事など無いのだ。
どうすれば元に戻れるかと考えても、それくらいしか頭に浮かばなかったのだ。
そんな感じであったので、今ここで生活する為に必要な事をケイシ家から学ぶ事が大事と思ったのだ。
ある程度心の余裕が出来てから、帰る方法を考える事にしたのだ。
ケイシ家の主人に薬を飲んでもらってから、二週間くらいしたころだ。
ソウは最近痛みが緩和してきたとの事なのだ。
薬が効いてきたことに私は嬉しくなったのだ。
そしてソウは、これらの薬が患者に使用できるかを検討していこうと言ってくれたのだ。
私の蔵にある書物は私の国の言葉で記載されていたので、ソウが確認する事は出来ないが、私の言うことを全面的に信用してくれたのだ。
その上で、患者に使うかを考えてくれる事に、私は本当に嬉しかったのだ。
ケイシ家の方に私が出来ることは、これくらいしか無かったからだ。
今後、色々な薬が必要になると、この蔵にある物はいずれ底をついてしまう。
私は蔵の奥の方に、壺がいくつか置いてあるのを思い出したのだ。
その中には小さな種が何種類も置いてあったのだ。
生薬となる植物の種である事はわかっていた。
私は主人に相談して畑の一部を貸してもらうと、そこに種を植え、必要な植物を栽培する事としたのだ。
上手く育つかわからなかったが、やってみる価値はあると思ったのだ。
そして、畑から芽が出た時には、ミクと手を取って飛び上がって喜んだのだ。
その頃から、ミクの兄であるカイとも少しずつ話せるようになった。
カイは同世代の女の子と話すのが慣れてなかっただけで、私を良く思ってなかった訳ではないらしい。
それは私も同じだったのだ。
男性と話す機会など、家族以外は殆ど無かったのだ。
それを聞いて、私はとてもホッとしたのだ。
嫌われてる訳ではないとわかってから、私は色々とこの世界の事を教えてもらったのだ。
街にも連れ出してくれたのだ。
もちろん、この国では異色の風貌の私は少しだけ変装して出掛けたのだが、初めてみる街並みにとても感動したのだ。
今まで生きていた世界がとても狭かった私にとって、知らない場所を歩くだけでも、とても嬉しかったのだ。
少し照れながらも優しく教えてくれるカイに、私はとても感謝したのだ。
私はケイシ家の方たちのおかげで、見知らぬ世界でも何とか生きていく事が出来ると思えたのだ。
そして、私がこの世界に迷い込んでから、一ヶ月くらいたった頃である。
驚く事に以前の世界で見かけた、ある者に遭遇したのだ。
それは綺麗な青色の瞳をした、小さな猫だった。