04話 別の世界
私は一杯の水をその女性から頂くと、一気に飲み干したのだ。
不安と緊張から、喉がカラカラだったのだ。
その女性は、そんな私を見て優しく微笑んでいた。
そして、初めてこの世界で遭遇した彼は、何も言わずに部屋の端で椅子に腰掛けて、私にはあまり関心のない素ぶりをしていたのだ。
少し気持ちが落ち着くと、私の住んでいた世界についてできる限りの話をしたのだ。
私の家は代々病気を治す薬師という家系で、私がいた蔵の中にはその薬や備品、書物があること。
そして、私は蔵の中にいた時、雷が落ちた様な衝撃や揺れがあり、外に出るとこの世界に来ていたのだと・・・
なぜこの世界に来たかについては、何もわからないこと。
それを伝えたのだ。
そして私は彼女から、この世界について教えていただいたのだ。
ここには私のような黒髪で黒い瞳の者は住んでいないという。
だから二人とも、蔵が現れた事と同じくらい私を見た時とても驚いたらしい。
そして、偶然なのか、この家も薬師と同じような仕事をしているらしいのだ。
彼女の話を聞くと、私の知っている海の向こうの国ともまた違い、自分の国に戻る事が簡単では無いのだと理解できたのだ。
そんな私の心を汲んだのか、その女性は帰り方がわかるまで、ここで面倒を見てくれるというのだ。
素性のわからない私を置いてくれるとは、本当に優しい方なのだ。
私は緊張がほぐれたせいか、気付くと手に涙がこぼれ落ちていたのだ。
そんな私を見て、彼女は優しく抱きしめてくれたのだ。
「大丈夫、大丈夫よ。
あなたの帰り方がわかるまで、ここにいて良いのよ。」
そう言って、背中をさすってくれたのだ。
私は子供のように声を上げて泣きじゃくったのだ。
私に母上の記憶はほとんどない・・・
でも、生きていれば、この方のように優しい人だったのかもしれないと思ったのだ。
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初めて目にした者はカイと言う名で、この家の長男であった。
私よりも少し年上かと思ったが、十五歳で私と同じであった。
どうも私を警戒しており、私とは目を合わせようとはしなかったのだ。
不審に思われても・・・仕方ないのだ。
そして、ミクと言う十二歳の妹がおり、こちらはとても人懐っこい娘であった。
その母親であるのが、私に優しい言葉をかけてくれたマーサである。
マーサの夫であるこの家の主人は、仕事の為不在であったのだ。
主人が不在である中、私の様な得体の知れない者を家に入れる事が大丈夫なのかと、私は不安でマーサに訊ねたのだ。
すると、全く問題ないと笑い飛ばされたのだ。
ミクは私の着ている着物に興味があるようだった。
この世界には畳のようなものが無く、部屋にも土足で上がる習慣のようだ。
着ている物も私とは全く違うのである。
だが、この世界の人達が着ている物は見た事があるのだ。
私の生まれた世界の海の向こうの国で、着ていた物に似ているのだ。
私もこの世界での服装が気になったのだ。
すると、ミクは自分の物を貸してくれるとの事で、私はこの世界の服に着替えることにしたのだ。
着方など何もわからなかったが、ミクとその母上であるマーサが手伝ってくれ、問題なく着替えることが出来たのである。
貸してくれたスカートと言うものは、着物のキツさとは違うキツさがあったが、とても動きやすいものであった。
そして髪もリボンというもので、結ってくれたのだ。
着替えた自分を鏡で見ると、不思議な気持ちになったのだ。
さっきまでは不安や恐怖が入り混じった気持ちでいっぱいであった。
しかし、二人に世話をして頂き着替えた自分を見たら、少し恥ずかしく、くすぐったい気持ちになったのだ。
緊張から解放されたのか、鏡の中の私は自然と顔を緩めていたのだ。
「ハナ、よく似合うわ。
笑うととても可愛いわね。」
二人はそう褒めてくれたのだ。
お世辞だとわかっていても、二人の言葉はとても嬉しかったのだ。
その時、この家の主人が帰ってきたのである。
「おーい、みんないるかー
いったいあの建物は何なんだ。」
そう言いながら勢いよく部屋に入ってきたのだ。
そして私を見るなり、不思議な顔をして言葉を詰まらせたのだ。
マーサは帰ってきた主人に、今まで起きた事を説明し始めた。
にわかに信じがたい顔をしたが、私をまじまじと見ると何故かすぐに納得したような顔になったのだ。
「話は聞きました。
私はソウ=ケイシと申します。
私の奥さんと、子供達はもう紹介済みですね。」
ここの主人は丁寧に挨拶をしてくれたのだ。
「私はハナと申します。
先程から皆様にお世話になっております。」
私も丁寧に答えたのだ。
「まだお若いのにちゃんとしておりますな。
カイとは大違いだな、ハッハッハ」
カイはそんな風に言われた事が気に入らなかったようで、ムスッとした顔で部屋から出て行ってしまったのだ。
この家の主人は気にする事は無いと言ってくれたが、私は少しだけ気になったのだ。
「先程マーサが言ったように、戻るすべが見つかるまでいくらでもいて下さいね。」
私は頭を下げて感謝したのだ。
そして、ここから私の異世界での生活が始まったのである。