32話 王妃の決断
ハナは侵入者に遭遇した話を、すぐに王妃に伝えたのだ。
ちょうど、ソウも往診という名目で、王妃のところに訪問していた時だった。
一緒に話を聞いたソウは青い顔をしており、ハナの無事がわかっても表情は硬いままであった。
ハンナは目を覚ました後は特に身体の異常も見られなかったが、侵入者に対処できなかった事を悔やんでいたのだ。
「ハンナ、無事で良かった。
ハナから話を聞いた時、ハンナを見るまでは心配でならなかったぞ。」
王妃はそう言うと、ハンナの手を握ったのだ。
ハンナは申し訳なさそうな顔で、跪いたのだ。
「王妃様、申し訳ありません。
私がいながら、ハナを危険な目に合わせてしまうなんて。
ましてや、自分がこんな状況になるとは。
不覚でありました。」
「気にする事ではない。
ハナも何もなく良かった。
では、もう一度詳しく話してくれるか、ハナ?」
「はい。
私が祭典の行う部屋にいる時のことです。
何やら外から嫌な気配を感じたのです。
理由は分かりませんが、私は人の悪意や憎しみなどには敏感に感じる事ができまして。
その時も、身体がピリピリする感覚がして、外を眺めたのですが、何も見えず。
しかし、恐ろしくなり、とにかく物陰に隠れたのです。
すると、ゆっくりとバルコニーにつながる扉が勝手に開いたのです。
何者かが入ってきたのかもしれませんが、やはり私には何も見えなくて。
そして、私はじっとしていたのですが・・・
この子が勝手に出て行ってしまって。」
ハナはそう言うと、抱き抱えていた猫の姿のタルフの頭を撫でたのだ。
「その見えない何者かはこの子に驚いたようで、また扉が開くと、バタバタと外に駆け出すような音が聞こえました。
私はすぐにその音の方向に追いかけようとしたのですが、庭でハンナさんと兵士の方が倒れていたのを見つけた次第です。」
本当はハナが気付いたわけでは無かったが、タルフと相談した上で、今回はそう伝えたのだ。
「なるほど。
とにかく、目に見えない何者かが現れたと言うわけだな。」
ハナの話を聞いて、ハンナはすぐ王妃に進言したのだ。
「正直、城内に問題なく侵入できる輩がいる状況では、王妃様のお命が心配です。
式典には出席せず、近くで警護できるお部屋にいて頂いた方がよろしいかと思います。」
「何を言っているハンナ!
今は病人のふりをしているが、式典の時には何も問題ない姿で臨むつもりだ。
そして、あんな脅迫をしてきたロゴス一派を一網打尽にするのだよ。
自分を囮としてでも、捕まえるつもりだ。」
「しかし、まだこの城内にどのくらいの賊が入り込んでいるかもわからないのですよ。」
ハンナはそう言って、王妃が危険な目に遭わないようにしたかったのだ。
「ハナが遭遇した見えない何者かがいるのであれば、何処にいても状況は変わらないさ。
まあ、そんな簡単にやられるつもりもないがな。」
王妃はそう言うとニヤリとしたのだ。
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ハンナは王妃の部屋を出た後、大きなため息をついたのだ。
王妃を守る役目でもある私が、王妃自身に心配される側になってしまった・・・
本当に情けないのだ。
今まで王妃の一番の理解者は自分だと思っていたが、最近の王妃の考えている事が正直わからないのだ。
以前に比べ、私に相談して来ることも少なくなっている。
もしかして、王妃は私の事を疑っているのだろうか?
いや、流石にそれはないか・・・
しかし、王妃にとって私は他の侍女と何ら変わらないのかもしれない。
幼い頃からの付き合いではあるが、立場が・・・違うのだ。
昔はそんな事を考える必要も無かったのに・・・
そんな事を考えながら、ハンナはある場所に向かったのだ。
実は、以前からハンナは気分が塞ぐと、城の書庫に行き、本と向き合っていたのだ。
本の世界に入り込む事で、現実から目を逸らしたかったのかもしれない。
その書庫は、城に従事する者であれば出入りは自由であり、その時も何人かが本を物色していたのだ。
勿論、閲覧できる書物に制限はあるのだが、ハンナにとっては十分満足できる場所であったのだ。
ハンナは以前から読んでみようと思っていた歴史書を手にすると、部屋の隅にある椅子に腰かけたのだ。
読み始めて少しすると、机の反対側にいつの間にか誰かが座っている事に気づいたのだ。
よく見ると、以前からここで何回か見かけた事がある男性で、静かに本に目を落としていたのだ。
以前、ハンナが既に読んでいた本を手に持っていた事があり、今回は何を読んでいるのだろうと、少しだけ興味があったのだ。
すると、ハンナの視線に気付いたのか、その男性も顔を上げてハンナを見ると、軽く会釈して声をかけてきたのだ。
いつものハンナであれば、城に従事する者とわかっていても、良く知らない人物には警戒を怠らないのだ。
しかし、彼の持っていた本が、またしてもハンナが既に読んだ本である事に気がつくと、ハンナは何だか嬉しくなり、少しだけ話してみたいと思ったのだった。




