宴13
藍色の夏の夜空に、鮮やかな星々が輝いている。
なぜか俺は、海からの帰途ジェイサムに連れて来られた、あの小高い丘を歩いていた。
しかし、土色の道を進んでも高級旅館は無く、白い上衣に紺の袴を着た老人が頂上にひとり立っていた。
・・道着姿の痩せた老人は、死んだ祖父だ。いつも怯えていた幼い俺に、己を守る為の術を教えたのは祖父だった。
「じいちゃん・・どうして俺はここにいるんだ?」
「・・・・・。」
久しぶりに夢で逢った祖父は、これまでと変わらず無表情で喋らない。
「はあ・・。じいちゃんだったら、話せるだろう・・。」
「・・・。」
無言を貫く祖父は俺から目を逸らし、遠くを見た。
「!」
祖父の視線の先を追うと、知らない少女がいた。表情は快活そうだが、華奢で色が白く儚い雰囲気を併せ持っている。
少女は惑う俺へ、僅かに口角を上げて微笑んだ。
「・・誰だ、君は・・。」
「ぐぇっっ。」
イコリスに叩き起こされ、少女の正体は分からずに俺の夢は終わった。
フラーグ学院の制服を着たイコリスが、寝ている俺へ飛び乗ったのだ。
「いつまで寝てるのっ?今日は寮生と『櫓の火を囲む親睦会』よっ。」
「準備は昼からなんだから、まだ良いだろ・・・て、いうか、朝の十代男子の上に乗るんじゃないっ。はしたないっ。」
イコリスが乗ったのは布団の上からだったが、俺はまあまあ本気で怒った。
「サイナスは偽乳には用がないって、常日頃言ってるじゃない。それに、サイナス以外にはこんな事しないから、大丈夫っ。」
「・・・くっ・・・。」
(確かに言っているが、そういう問題ではない・・だが、説明もしづらい・・くそっ。)
「急遽、櫓以外にピザ窯も作ることになったんでしょ?早めに取りかからないと、間に合わないかもしれないわ。きっと、ファウストやアッシュも、集合時間より早く来てるよっ。」
イコリスが寝台から降りながら、正論で俺を急かす。
『櫓の火を囲む親睦会』の開催を請う嘆願書の署名は、寮生だけでなくその親類にも及び、たちまちのうちに300人集まった。
そうして集会室の会議から一週間も経たず、学院から許可が下りたのだった。すると、シャンスが小麦を差し入れただけでなく、寮生の親類から食材が山のように贈られた。
フェリクスが提供した二台の炭焼台では調理しきれない量だったので、ピザ窯を作って足のはやい食材はピザにして、使い切る事にしたのだ。
俺がのそのそと起き上がると、イコリスは廊下に用意されていた朝食が乗った配膳台を、ガラガラと音を立てて持ってきた。
「ほら、早く。食べて食べて。」
円卓に朝食を、せわしなく並べる・・。
イコリスは『炎の舞』が楽しみで仕方がないらしく、ここ最近ずっと落着きがない。
「・・学院では笑うなよ。」
「そんなの、言われなくても分かってるし。今日も暑いから、梅干し持って行った方が良いよねっ?料理長に甕ごとちょうだいって伝えてくるっ。」
イコリスは部屋を飛び出し、バタバタと走って行った。
(・・本当に、分かってるのか?・・)
同級生と共に『炎の舞』を観覧できる事が嬉しくてはりきっているイコリスを、抑え込む事は極めて難しい。
いつもは制服の上着で隠れる脇下に、革嚢を付けて紙の打撃具を入れていたが、今日は半袖体操服で終日過ごすうえに力仕事もある・・。俺は腰に装着する革嚢を、持って行くことにした。
(ジェネラスが腰に差しているのは警棒だが、俺は張り扇か・・・・。)
悲しいが、背に腹はかえられなかった。
俺達は2時間も早く学院へ着いたが、イコリスの言った通りにファウスト達はもう来ていて、体操服姿で準備を進めていた。
校庭では、ファウストが軽装の親衛隊へ指示を出し、日除け帆布を張っていた。
「ファウスト、何してるんだ?」
「木々のない校庭中央なので、炎天下対策だ。櫓を組むのは生徒だ・・体調不良者を出さないようにしておかないといけない。櫓が完成したら、この日除けは撤去するよ。・・イコリスは?」
「更衣室へ直行したよ。結局、どのくらいの人数が参加するんだ?」
「通学の一年生は、強制参加ではないので約半分だ。寮生は一年生だけでなく、上級生も総動員で手伝ってくれている。・・混凝土研究部員と親衛隊を合わせると、総勢100人弱だ。」
「・・アイは来るのか?」
「いいや、来ない。墓参り時期なので、花屋は繁忙期だからな。・・サイナス、煉瓦が届いたようだぞ。」
振り向くと校庭に並ぶ樹木の下へ、アッシュとフラリスが煉瓦を乗せた台車を運んでいた。
俺はピザを焼く『煉瓦窯』を作る担当なので、急いで体操服に着替えなければならない。
「俺も着替えてくるよ。ファウスト、イコリスが梅干しを大量に持ってきたから、絶対食べろ。熱中症には気をつけろよ。」
令嬢らしくない差し入れに一瞬ぽかんとしたファウストは、俺への返事代わりに顔を綻ばせた。




