哀20
「イコリス様っ?冷たい飲み物でお腹が痛くなりましたかっ?」
「・・・炭酸水が目から出ただげでず・・。」
「ええっ?プラントリーの人は目から炭酸水が出るんですかっ?」
「・・・シャンス、そんな訳ないだろう。イコリス様、私達が気に障ったなら遠慮せず・・・・辛い事があるなら、私に何でも話してください。」
途中で言い直したフェリクスは鼻紙を取り出すと、魅了を恐れず扇子を押し下げてイコリスの涙を拭った。
俺はイコリスの突然の涙に狼狽えていた。
「イコリス様、僕はサイナスを馬鹿にして笑った訳じゃないアルよ。僕へのお願いが接待にならないか心配するサイナスの気持ちが、すごく嬉しかったアル。・・・僕らの間に、見返りや代償はないとの思いが知れて・・嬉しくて笑ってしまったアル。だから安心して下さい。」
イコリスに心の内を打ち明けるアッシュの顔は、照れて真っ赤だった。
「・・ぢがゔ・・・わだじ・・・えぐっ。」
アッシュの言葉にイコリスの涙は勢いが増した。
つられて赤くなっていた俺は、慌ててイコリスの手を握った。
「イコリスっ。ゆっくり深く息をしろ。馬車に乗ったら、いくらでも泣いていいから。ちょっとだけ耐えてくれ。」
「あ、温かい飲み物を用意しましょう。」
「シャンス先輩、お願いします。・・・イコリス、平民の前で取り乱すのはあまり良くない。魅了の特殊な発現の可能性を、常に想定しなければならないからな。」
「ゔん・・えぐっ、ごめんだざい・・・。」
「謝らなくていい。泣いても良いんだ。今だけだ。ちょっとだけ我慢してくれ。」
「ゔぐっ・・・。」
俺は皆へ、イコリスの涙に魅了の危険性は無いが万が一の影響を案じている事と、泣いた事が王にばれると、感情の乱れを理由に処分が下されるかもしれないと説明した。そうすると、イコリスを校門までアッシュ達が送ってくれる事になった。
シャンスが淹れてくれた暖かい蜂蜜茶を飲んで涙をなんとか堪えたイコリスは、先を行くアッシュの指示とシャンスの監視、教職員へのフェリクスの陽動により、無事に校門へ人目に触れず着く事が出来た。
校門を通り終えると、俺はイコリスに黒い袋を被らせアッシュ達と別れたのだが・・・直ぐにくぐもった嗚咽が袋の内側から聞えてきた。
馬車の前まで来ると異変を察知したジェイサムが、迅速に馬車のガラス窓の巻き上げ式目隠し布を全部閉じた。そして逞しい腕で、イコリスを支えながら座席へ座らせた。
俺はジェイサムに遠回りし時間を掛けて帰るようお願いして、イコリスの対面ではなく隣に座った。黒い袋を脱がせると、とめどなく涙を流してむせび泣いている。
「ゔゔっごめん・・・。」
「謝るな。こんな時は我慢しないで、泣いて吐き出すのが一番良いんだ。」
ハンカチを渡して背中を擦ると、イコリスは俺の膝にうつ伏せた。
「・・・ゔー・・みんな私に優じぐで親切で、贅沢だっで分かっでるげど・・・・・羨まじぐで・・ザイダズが・・・グズッ。」
「・・そうかそうか・・。イコリスは贅沢じゃないよ。」
「ゔぐっ・・わだじも友達欲じがっだ・・。ザイダズとアッシュみたいに・・・アイざんと・・仲良ぐなりた・・う゛ーーー。」
・・・励ます言葉がみつからなかった。
俺はフラーグ学院で友人を作るつもりはなかった。・・トゥランとは猥談まで交わせる仲だ。そしてファウストやジェネラス達とも友好的に付き合えている。
そんな俺でもアッシュと親しくなれて、とても嬉しかったのだ。小さい頃からずっと女の子の友達が欲しかったイコリスを思うと、この場限りの慰めは言えず黙って背中を擦り続けるしかなかった。
イコリスはひとしきり泣くと、涙は止まらないままファウストからアイと関われなくなる話をされた時の胸中を吐露し始めた。
「グズッ・・・難しいって分かってたし・・始めから簡単に友達が出来ると思ってないから・・耐えられると思ってた・・ゔぐっ。」
「そうかそうか・・偉いなイコリスは。」
同級の女子達は、俺へ抱くような嫌悪感はイコリスには無いが、強く警戒していた。10年前の収穫祭の事件は、平民にも知れ渡っている。当時、魅了に罹った平民達は回復して日常生活を支障なく過ごしているが、大きな事件として今でも人々の記憶に残っているのだ。
「ゔぐっ、フラリスとジェネラスがっ・・廊下で、炎の舞いの話してて・・・うぐっ。」
(・・二人の話をイコリスが立ち聞きしていたのか・・。)
「グズッ・・。ファウストの誕生会で・・・中庭で・・・松明だから・・ゔーーー。」
「・・そうかそうか・・。」
「ゔぐっゔぐっ。誕生会には行げないじ。・・・ずっと勉強ばがりで辛がっだーーゔーーー・・・。」
「お、俺が悪かったっ。勉強時間を詰め込みすぎたな。しんどいよなっ。」
「わだじの為だっで分がっでるーー。ごめんだざいー。・・・ザイダズは誕生会行っで良いがらー・・。」
「行かない、行かない。行ったら宰相にされちゃうじゃないかっ。俺はファウストの誕生会には行きたくないんだ。」
「ほんどに?葉っぱのスカートの女の人・・・来るよ・・・グズッ。」
「ホントホント。目先のエロで将来を縛られたくないんだよ。」
我ながら恥ずかしい主張で、フェリクスの未来への憂いと格好良い信念との落差がすごくて俺はいたたまれなかったのだが、イコリスは泣き止まなかった。
その後、泣き疲れてウトウトしても短時間で覚醒し涙を流すのを繰り返しているうちに、俺達を乗せた馬車は屋敷へ着いてしまった。
翌日、イコリスは学院を休んだ。そしてその次の日も、引き続き休んだ。
ジェネラス達が代わる代わる俺達の屋敷へ来たが、イコリスは姿を見せなかった。トゥランとファウストがイコリスの部屋へ様子を伺う為に入ったが、布団を被り丸まって出てこなかった。
顔を合わせると涙が出てしまうからだ。
次回の更新は10~14日後を予定しています。
異世界から現実世界のSFファンタジーへと変わりますが、再び異世界の『フラーグ学院』の舞台へと戻ると、またふざけだす予定です。
SFは本格的ではなく、ふわっとしています・・・寛大な気持ちでお読みいただければ幸いです。よろしくお願いします。




