哀16
俺が誘う前に、イコリス自らアッシュの課外活動を見学すると言い出すとは思わなかった。
混凝土研究の見学でイコリスの気分の改善を計りたいと、俺はアッシュに相談していたのだが・・・イコリスが急に乗り気になり、今日行く事になるとは・・。
アッシュも驚いたらしく、午後の授業が終わると準備があるからと言って、教室を飛び出していった。という訳で俺達は、少し時間を置いてからゆっくり部室棟へと向かった。
部室棟の工学系部室が並ぶ階層に辿り着き、混凝土研究室と書かれた扉を叩くと、満面の笑みのアッシュが迎えてくれた。後ろに立つ二人の部員もにこやかだ。
「イコリス様、ようこそアル。飾り気のない部室だけど、混凝土の事が解ると楽しいアルよ。」
「お邪魔します。」
「結構、広いんだね。アッシュ、今日は世話になるよ。」
「来てない部員が居るから、いつもより人の密度が低いアルよ。まず、先輩を紹介するアル。」
「こちら、職人クラスの先輩アル。河川の水車工場の設計、保持をしてるグランドル家の親族アル。」
「サイナス様、イコリス様。本日は混凝土研究室へようこそおいでくださいました。職人クラスの2年生、シャンス・グランドルと申します。よろしくお願いします。」
シャンスはアッシュより背が低くがっしりした体つきだが、鶯茶の短髪は直毛で幼く見える。
俺とイコリスが挨拶しながら握手を求めると、すごく恐縮して俺達の手を握った。アッシュの垣根のない態度で忘れそうになるが、俺達は貴族で彼らは平民なのだ。
「次は混凝土研究室一番の色男、ストライト先輩アル。ストライト家は西地方で炭工場を運営しているアル。」
「・・・アッシュ、その紹介はないだろ・・。技術クラス3年生のフェリクス・ストライトです。今日はよろしくお願いします。」
アッシュから色男と称されただけあって、フェリクスはかなり格好良かった。長い黒茶色の髪は後ろで軽くまとめられ、奥二重の端正な顔に長い前髪がしなやかに降りている。
彼の色気溢れる微笑で、握手するイコリスは気圧されていた。
「ん?ストライト・・・?。」
俺は目元を黒く化粧した、キース・ストライトを思い出した。
「イコリス様とサイナス様の官僚クラスにいるキース・ストライトは、私の弟です。生徒会から配られた強制力の一覧表には、すごく救われました。キースは目に隈が出来て、入学式から帰ってくると泣いてたんですよ。・・ありがとうございました。」
フェリクスはそう言って、俺の手を両手で強く握った。
「役に立てて良かったです・・・。」
目元が黒くなった事にキースは嘆いたようだが、複数の女子にちやほやされているキースの現状を思い浮かべ、俺は素直に喜べなかった。
アッシュは俺とイコリスを椅子に座らせると、混凝土の材料である膠灰の作り方を画用紙を使い説明した。紙芝居のように画用紙をめくりながら、原材料を語り始める。
「石灰石・粘土・けい石・鉄を陶芸の煉瓦窯や製炭工場の炭窯の一角で焼くアルが、温度が三百度弱位足りないアル。それを火の魔石で補うアルよ。そして石膏を足して粉砕したら、膠灰の出来上がりアル。この膠灰と砂、砂利を一対三対六の割合で混ぜて水を加えると、混凝土になるアル。実験して見せたいアルが、すぐには固まらないのと発熱があるから、引き続き画用紙の説明になるアル。膠灰と水が水和反応するアルが、石膏を加えたことによって急な凝結を防いでいるアル。反応して生成された物質が更に周辺の物質と反応していくアルが、混凝土内の全ての膠灰が何十年と経っても反応を終えるわけでは無いアルよ。」
「・・・煉瓦窯や炭窯の一角だと、圧倒的に数量が足りないんじゃないか?」
建設資材としては多量の混凝土が必要なはずなので、俺は窯の規模に疑問を感じた。
「良い質問アルね。そこは土の魔石を使うアル。打設され形成を終えた混凝土を土の魔石で複製するより、原材料を魔石で膠灰に書き換えると、使用する魔石の数が凄く少なくすむアルよ。複製したら魔石が消失するアルが、書き換えに使った魔石は、完全無効化した後に、再び土の魔力を充填して循環利用出来るアル。」
「ふーん・・魔石の使用量は減るけど、砂や砂利を含め、材料はたくさんいるんじゃないのか?」
「サイナス、とても良い質問アルね。凝灰岩を混ぜたり、木を加工したら出る、おが屑の炭とかを足したりしてるアルよ。混凝土の特性も変わるアルが、適した箇所に使用すればいいアル。」
「おが屑・・ああ、だから水車工場なのか。籾殻は毎年、捨てる程有るもんな。」
「・・・・・。」
アッシュが先輩達と話しだしたので、隣のイコリスを見ると目が半分閉じていた。眠ってはないが瞼が下りて半目だ。
「イコリス、意識はあるか?」
「あるけど・・・なんでおが屑や籾殻が出てくるのか、わからないわ。画用紙に書かれた説明を聞くだけで精一杯よ。」
「難しくないよ。加工副産物を捨てないで、建設資材として再利用するってだけ・・・。」
俺が話してる途中から、イコリスの瞼は閉じそうになっている。
「眠いのか?イコリス。」
「ううん、眠くないわ。脳が拒否してるだけ。」
(それは眠いのでは・・今朝、寝坊したと言っていたな・・・。)
やはり見学は明日以降にした方が良かったのではと考えていると、シャンスがイコリスへ声をかけた。
「イコリス様、こちらで冷たくて可愛いらしい飲料水を作りますので、ご覧になってください。」
氷と硝子器具を並べた作業台へ歩くシャンスとイコリスの後ろに、ついて行こうとする俺をアッシュが阻んだ。
「サイナス、話がある。」
いつになく真剣な目つきのアッシュは、語尾のアルが足りない気がした。




