哀11
「どういうことだ?サイナス。何をしたんだ?」
驚いたトゥランが、俺を問い詰める。
「昨日・・・俺はイコリスのスキップを、止めなかった・・・。」
「は?」
「生徒会室を出てから、馬車に乗るまで・・・廊下や校庭をスキップして帰るイコリスとは、離れて歩いたんだ。俺も同じだと思われるのが恥ずかしかったから・・・。」
「そうか・・イコリスのスキップを見られたんだな。王にイコリスの事を報告するよう指示されている、教職員が居るはずだ。王はスキップの報告を受け、生徒会室でのアイとの接触に行きついたんだろう。」
ファウストは俺が思い至った事を、ズバリと言い当てた。
「ごめんっイコリス。俺がスキップを窘めなかったばっかりに・・・。」
「何言ってんの。サイナスが謝ることないわ。自分を責めないでっ。」
「イコリス!・・・・トゥラン、今すぐ外してくれ。」
「・・・わかった。」
俺の退室の願いをトゥランはすぐに受け入れ、生徒会室を出て行った。
「私がはしゃぎ過ぎたから・・自業自得よ。いつも、自制して冷静にならなきゃって言ってるのに、出来てなくて。まだまだ修業が足りないわね。」
「そんな事はない。俺が恥ずかしいとか考えてないで、スキップを止めれば良かったんだよ・・・。」
「サイナスは悪くないってば。これからは令嬢らしくするように、今まで以上に気を付けるね。・・トゥランがいない間に、プリン食べようかな。」
そう言って丸い扇子を下ろしたイコリスは、へらへらしていた。
イコリスはどうしようもなく辛い時、笑うのだ。
幼少時から、両親や俺に心配をかけない為そして自分を守る為に、辛い時ほどイコリスはへらへらした笑顔を貼りかせていた。
俺がイコリスと初めて会った時、彼女はずっとへらへらしていた。厳しい魅了の魔力調査実験や、鉄仮面を強いられる場面でへらつくイコリスを、当時の俺は本心を見抜けず、しばらく毛嫌いしていた。俺がイコリスのへらへらしてしまう意味を知り、お互いに心から笑い合えたのは出会ってから何ヶ月も経ってからだった。
「私のプリンも食べると良い。」
「俺のもあげるよ。プリンは久しぶりだろ。」
「二人ともありがとう。・・・3つも食べられないから、持って帰ろうかな。」
俺とファウストに礼を言った後、イコリスは独り言を喋りながら曖昧に笑い続けている。
「・・イコリス、平気なフリはしなくていいんだ。遠慮せず、怒ったり悲しんだりしていいんだよ。」
「ファウストもトゥランも、こんなに親切にしてくれるのに、嘆いてたら罰当たりよ。なんかサイナスも私にすごく優しくて・・ちょっと気持ち悪い。えへへ。」
気丈に振る舞う姿が痛々しいので思い遣ったのに、気持ち悪いと言われてしまったが、腹は立たなかった。普段の俺は、イコリスを直接的に慰めたりはしない。
「アイの花屋以外であれば、交流計画の申請を通してみせるよ。私が同行すれば、絶対、大丈夫なはずだ。」
「頼もしくて、とてもありがたいわ。ファウストが一緒なら、心強いわね。何処へ視察しに行こうかな。」
イコリスはそう言うと、何も考えていなさそうな焦点の定まらない目をして、プリンを掬ったスプーンを口角が上がった口元へ運ぶ。・・強がる態度を崩さないので、俺はイコリスに合わせることにした。
「じゃあファウスト、平民の娯楽を知る為、舞いや踊りを見ながら食事が出来る舞台併設の飲食店を、見学する許可を取って貰えないだろうか。確か店の名前は『仮面亭』・・・。もちろん、俺とイコリスは食事が出来なくて構わない。」
俺はアッシュから聞いた、綺麗な女性や逞しい男性が目元に仮面を付け、水着を着て歌って踊る舞台を併設した飲食店の見学を、王族特権を期待してファウストに提案した。
するとイコリスは、へらへらした表情から真顔に戻った。仮面亭の話は俺からイコリスへ伝えた事があったのだ。
「・・・その店は放課後というより、殆ど夜じゃないか・・・。」
ファウストも仮面亭を知っていたようだ。
「私、男性が上半身裸で松明を持って踊るという、炎の舞を見てみたいわ。」
真剣な面持ちでイコリスが俺の提案に同意し、要望を加えた。
「イコリス、それを見るなら、葉っぱのスカートを履いた女性の集団舞踊だろ。」
俺は言及しなかったが、葉っぱのスカートの上は貝殻の水着だ。
「・・・今言った踊りや舞は、北西部の温泉地にしかないと思うよ。それから仮面亭は酒の提供を主とする飲食店だ。学生だと見学は厳しいな。」
「ファウストでも無理なのね。」
「王族なら通るかと思ったが。・・・非常に残念だ。」
ファウストは困ったように笑ったが、俺は背中がヒヤリとした。
俺を見る碧い目が全く笑ってなかったのだ。




