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笑ってはいけない悪役令嬢  作者: 三川コタ
王侯貴族 事前登校 編
4/155

笑3


 屋敷を出て手入れされた庭園を通り過ぎると、正門前で『ジェイサム』が馬車を引く馬を撫でていた。こちらに気づくと満面の笑みで手を振ってくる。


 ジェイサムの頭は地肌が見えるくらいに、全ての毛髪を剃り落としていた。

 髪が無いので、黄味を帯びた茶色い顎髭により、平民だと識別できる。彼は5年程前から、専属の御者として我が家で働いている。剃髪していてわかりづらいが、俺達とは15歳位の年齢差らしい。

 ジェイサムは御者だからか、屈強な体格で胸板が厚く、シャツのボタンは途中まで外されており、短く伸びた顎髭と相まって野性的で雄々しかった。


 男の色気が溢れ出ている御者ジェイサムが、イコリスの意中の人なのだが・・イコリスと俺は、実に残念な格好をしていた。

 俺達は今、黒い厚地の布で作られた四角い袋を頭に被っていた。

 目の部分は横へ短冊状に切り取られており、口の辺りは細かい網目となっているこの黒い袋は、王命で作成したものだ。



 イコリスの魅了に関して国王は非常に警戒しており、外出の際には鉄仮面に準ずる防護を求めた。そんな訳でイコリスの両親は娘の為に研究を尽くし、結果、この黒い厚地の四角い袋に至ったのだ。

 現時点のイコリスの魅了の魔力は平均より低いのだが、国王は外出時の袋の着用を、イコリスにのみ強いた。


 しかし、俺も一緒に袋を被ることになっている。プラントリー一族の未成年は、イコリスだけが奇異の目に晒されないように、外出時には黒い袋を被ることを一族の総意で決めたからである。



「二人ともフラーグ学院の制服、とても似合ってますよ。」

 黒い袋を被った俺達を前にして、ジェイサムは顔を綻ばせて言った。灰色の制服に黒くて四角い袋を頭に被った姿への言葉だが、揶揄は含まれていない。


「イコリス様・・もう16歳ですか。少女から素敵な女性になりましたね。」

 照れているのが黒い袋越しに分かる程、イコリスはもじもじしていた。

 ジェイサムの賛辞にパッド6枚分の成長が含まれている可能性は、イコリスの念頭にはなさそうだ。シュールな絵に俺はどんどん冷めてしまう。


「・・ありがとう。」

 お礼を伝える言葉に嬉しさが滲み出てしまうイコリスを前にして、反省する。

(引いちゃダメだ。微笑ましい場面の筈だ・・。引いちゃダメだ。)


「大きくなりましたね、サイナス様。私と身長が変わらなくなってきた。」

 けれどもまだ、10㎝以上俺のほうが低い。ジェイサムは180㎝を優に超えている。なにより、身体の厚みがムキムキのジェイサムと全然違う。


「フラーグ学院では、お嬢様を守ってやって下さいよ。」

 俺の手を握り肩をぽんぽんと叩くジェイサムの手は、しっかりと力が込められていた。

 いつもは『えへへ』と笑うイコリスだが、袋の網目部分に手を当て『ふふふ』とはにかんでいる。

 ジェイサムは見た目通り腕っぷしが強いらしいが、力を誇示することはなく真摯で面倒見が良く、包容力のある男だ。


(16歳の令嬢が、髪の毛を剃り上げたおじさんを好きになるのは珍しいが、イコリスが惚れるのも理解できる・・。)

どうしても、しらけそうになる思考を俺は軌道修正する。


「今日は暖かいし天気も良いから、馬車を変えましたよ。」

 ジェイサムが指し示した二頭並ぶ馬の後ろを見ると、馬車に屋根が無い。後部に開閉式の幌があるみたいだが畳まれていた。


「すごく楽しそう。きっと風を感じて気持ち良いわ。」

「・・・・・・・・そうだね。」




 新緑の街路樹が並ぶ石畳模様の道を、俺達を乗せた馬車が蹄を鳴らし通り抜けて行く。

 剃髪した大男が駆る馬車で黒い袋を被った人間を運ぶ様子は、まるで罪人の護送だ。

(または、強盗の逃走を依頼された運び屋ジェイサムが・・じゃないな。制服が灰色だから、やっぱり護送馬車に見えるよな。ハア・・。)


 目を丸くした歩行者と視線が合ったのでイコリスの方に顔をそむけると、彼女は周囲を気にも止めず、箱型の馬車では拝めないジェイサムの馬を操る逞しい背中を、ここぞとばかりに凝視していた。


「風を感じるんじゃなかったのか?」

 ジェイサムを網膜に焼き付けようと集中するイコリスへ、俺は思わず嫌味を言ってしまった。


「確かにそうだわ。せっかく風下にいるんだもんね。」

「ん??」

 俺が余計な一言を言ってしまったと悔いる間もなく、イコリスは袋を引っ張って下にずらし、短冊状に切り抜かれた目の部分から鼻を出した。


 スーハースーハー

 深い呼吸を鼻から繰り返し、前方の御者席から流れてくる空気を吸い込もうとする。俺はそんなイコリスに、認めたくないが感服してしまった。

この後もずっとふざけています。

よろしくお願いします。

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