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「約束していた宝石が出来ましたので、お持ちしました。お気に召していただければ良いのですが……」
そう言いながらクラーラは水魔術の法陣の宝石を御者に渡す。
御者は嬉しそうにクラーラから宝石を受け取り、感謝する。
「ありがとう! 助かる! ウチの母も喜ぶよ~~」
王太子妃の選定は一週間後に控えている。
ジルケディアは外見を磨くため、王都の店へ頻繁に赴き、美容に精を出したり、宝飾品を買い漁ったりしていた。
部屋には煌びやかなドレス、鉱物の宝石がふんだんに、あしらわれた首飾りや耳飾りが無造作に置かれている。
シュワルツ伯爵は更なる店舗拡大を目論み、数日不在になることも当たり前になっていた。更なる贅沢の為だろう。
最近では、跡取りの娘が王太子妃になった後のことも考え、親戚に話を付けに言ったりと奔走している。
シュワルツ伯爵夫人も娘の自慢話をしに、高位貴族が主催するお茶会に積極的に出席していた。
娘が王太子妃候補だと噂が広まっているため、引っ張りだこだ。
既に、ジルケディアが王太子妃に選ばれた気でいる。
そのため、ジルケディアやシュワルツ伯爵夫妻は留守にしがちで、いくらか居宅内のギスギスした雰囲気は解消された。
それから間もなくして、クラーラを取り押さえた使用人は謝罪。完全にではないが、許したいという気持ちもあったので、謝罪を受け入れることに。
主の命令に忠実な使用人もいるので大っぴらにできないが、以前、仲の良かった使用人は隠れてクラーラと交流を持つように。
親しくしていると監視の意味がなくなるので、他の使用人の前では互いに、あえて、そっけなくしていた。
そんな仲の良かった内の一人の使用人から、クラーラはある物を贈られる。
「クラーラ! これ、貴方の好きな焼き菓子! 料理長に頼み込んで作ってもらったの」
その焼き菓子は樹木の年輪のような見た目をしており、見る者を飽きさせない。
薄い黄色と茶色の明暗が美しく、均等に重ねられた生地は職人の腕の良さを物語っている。
少ない材料で作られたからか、両端が丸みを帯びているようだが、十分、美味しそうに見える。
クラーラは特に、外側に砂糖が塗られたものが好きだった。
いつも、真ん中から徐々に外側へ食べ進め、最後に砂糖が塗られている白い部分を食べるのだ。
「い、良いのですか!?」
「もちろんよ。風を起こす宝石を作ってもらったし! 食材は私が揃えたから、ここで食べられる物より劣っているかもしれないけれど」
そう言って、クラーラに焼き菓子が乗った皿を差し出す。
「そんなこと、ありません! ありがとうございます!」
一人分に切り分けた後、フォークで一口大に切って口に運ぶ。
素朴で優しい甘みが口いっぱいに広がる。
「美味しい……!」
「良かったわ!」
そう言いながら、お茶を淹れる。
クラーラは淹れたてのお茶を受け取り、感謝の言葉を口にする。
少し前までは考えられなかった時間を楽しむ。
しかし、それも長くは続かない。
「大変! そろそろ行かないと! クラーラも仕事、忘れないようにね」
「ありがとうございます」
使用人が身だしなみを整え、急いで部屋から出る。
独りで黙々と焼き菓子を口にするクラーラ。
相変わらず美味しいが、心なしか先ほどより味気なくなった気がする。
シュワルツ伯爵に許されていないが、使用人用の部屋にいる時はほとんど監視が解かれていた。
それだけで、気持ちが少し楽になる。
未だに、王太子妃の選定用の宝石を生成させられているが――
もう一口――と口に運ぶために焼き菓子を切っていると、ノックの音が。
「クラーラ様、少し宜しいですか?」
ハンナがクラーラの部屋に訪れる。
クラーラは軽く挨拶をした後、使用人にもらった焼き菓子をハンナに勧める。しかし、やんわり断られてしまった。
残念に思うが急ぎの用事だと思い、ハンナに用件を聞く。
「先ほど使用人の方に確認しましたところ、伯爵家の皆様は夕方までお戻りにならないそうです」
「そうなのですね」
少しゆっくり出来るかもしれない――そう考えていたクラーラにハンナは意外なことを口にする。
「外出してみませんか?」
「!?」
ハンナが外出を勧めるとは思いもよらなかったクラーラ。
このことがシュワルツ伯爵に知られたら大変なことになるだろう。
ハンナの表情もどこか強張っているように見えた。
前に組んでいる両手が少し震えている。
「信頼のおける使用人の方に、所在証明の協力をお願いしています」
「……」
「もしかしたら、これが最後かもしれませんよ?」
『逃げろ』と言っているのだろうか、『不正を告発しよう』と言っているのだろうか。
ハンナの声も震えていた。
恐怖からだろうということは容易に想像できた。
外出したことを悟られると、どのような罰を受けるか分からない。
しかし、魅力的な提案に思えたクラーラは、ゆっくりと頷く。