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王室からある布告が出された。
一ヶ月後、王太子アルベアトの妃の選定を執り行う。
「クラーラ! この小さい宝石は何!? もっと大きくて鮮やかな色の宝石を作ってちょうだい!」
「も……申し訳ありません……ですが、使用人として雑事もこなしておりますので……」
「言い訳なんて聞きたくないわ! 一ヶ月後に王太子妃の選定があるのよ!? こんなゴミみたいな宝石では選ばれるわけないじゃない!」
そう言いながら、ジルケディアはクラーラの生成した宝石を床に叩きつける。
叩きつけた宝石は店に売り出せば十分、高値が付く。しかし、それでは不十分だと思ったのだろう。
クラーラは、王太子妃の選定用の宝石を生成するよう言いつけられてから何度もこの光景を目にしているが、やはり悲しい気持ちになる。気力も体力も限界なのか、立ち上がることもできずに床にへたり込んでいる。
近くにいたハンナは、叩きつけられた宝石を優しく拾い上げ、塵を払っている。軽く払った後、テーブルにある、いくつもの宝石の上に積み上げる。
すべてジルケディアがクラーラに生成させたものだ。
ジルケディアは赤色が好きなのか、色味が若干違う、大小さまざまな大きさの赤色がテーブルを占領している。
“宝石”の生成は非常に高度で繊細な作業。
そのため、会場である王宮で宝石を生成するのではなく、それぞれ持ち寄り、その場で召喚する。
穏やかな気持ちで宝石の生成に挑んでもらいたいからだ。
指定される法陣は召喚。
あらかじめ指定されている、召喚する対象の設定は“宝石に呼応する最も高位な存在”
生成の際、必ず『宝石生成者』と『制作者名義』が同一でなければならない。
『制作者名義』の設定も強制しているのは、“自身で生成した”という一種の宣誓のようなものだ。
当然、偽装を疑っているため、当日に筆跡による鑑定も行われる。
不正が無いよう万全の対策を期している。
召喚する存在の品評、参加者に暴動を起こされないように警備も含め、宮廷魔術師も王太子妃の選定に参加。
審査は、国王、王妃、宮廷魔術師の意見を留意した上で、王太子が行う。
王太子妃の選定が行われる布告が出されてすぐ、領地から王都にあるタウンハウスに移動した。
シュワルツ伯爵夫妻とジルケディア、身の回りの世話する使用人、元宮廷魔術師のハンナ。
その中に、クラーラも入っていた。
クラーラは、ジルケディアが出席する王太子妃の選定用の宝石を作らされていた。そのため、シュワルツ伯爵が経営する店に卸す宝石の生成を免除されている。
しかし、ジルケディアからの要求が厳しいので疲れ果てていた。
「私はひっきりなしに来る縁談を断ることに忙しいの! 私は貴族の妻に収まる器じゃない! クラーラは黙って私のために宝石を作っていれば良いのよ!!」
「申し訳ありません……」
「魔力量が『平均より多い』って言われたもの! しかも、宝石を作る才能まであるのよ!? 私こそ王太子妃に相応しいに決まっているじゃない! そんな私に貢献できるのだから、ありがたく従いなさい!!」
「申し訳ありません……」
王太子妃の選定が行われる布告が出されてから、より一層、ジルケディアに縁談の話が舞い込むように。
王太子妃候補と噂されるジルケディアの気を引くよう、婿入りを希望する子息はかなりの好条件を付けていた。事業や財産、その中には金の鉱山を丸ごと差し出そうとする家もあるくらいだ。
それほど、巷では宝石を生成する術師としての評価が高い。
ジルケディアの喚く声で駆け付けたシュワルツ伯爵は、娘に何かあったのではないかと心配する。
「私の可愛いジルケディア! そんなに大きな声を出して、どうしたんだ!?」
「お父様~~! クラーラが口答えをするのよ!? お父様からも叱って下さい!!」
「それはいけないね」
シュワルツ伯爵は娘をあやしながら、クラーラを睨みつける。
クラーラは怯え、思わず後ずさる。
「でも、一応、大事にしておかないと。宝石を作るのは繊細な作業なんだ。ジルケディアも作れるから分かるだろう?」
「ええ……」
「王太子妃の選定用の宝石を作るのに必要なんだから、苛立つだろうが我慢しなさい」
「お父様が仰るなら……我慢しますわ……」
“大事にしておかないと”という割には、シュワルツ伯爵家の者に粗末に扱われていた。
休めるなら体調を崩しても良いとさえ思ってしまう。
クラーラはどこか諦めていた。
国王に接触する機会を活かせなかったからだろうか。
心が折れてしまった。
そんなクラーラを心配したのか、ハンナはシュワルツ伯爵に提案する。
「シュワルツ伯爵。クラーラ様を少し気分転換させてはいかがでしょう。そうすれば、より高品質の宝石を生み出すかもしれません」
「クラーラを外に出せと言うのか!? 貴様、助けてやった恩を忘れて!!」
偽装が露呈する可能性のある提案に、シュワルツ伯爵はハンナに怒りをぶつける。
しかし、ハンナは退かない。
「外出させなくても良いのです。庭を散策したり、お気に入りの本を読むだけでも十分、気分転換になりますわ」
そう言いながら、クラーラに笑いかける。
クラーラは応じるように首を縦に振る。
シュワルツ伯爵は思案した後、監視する使用人を付けることを条件に、その日一日だけ休暇を出した。
シュワルツ伯爵に休暇の許可をもらったクラーラは、主に感謝の言葉口にしながら、心の中でハンナに感謝する。
嬉しい!
久し振りの休暇だわ!
何をしよう……本も読みたい、ただ寝て過ごすのも良いわね。
クラーラはこの後に何をするか考えた結果、少し体を休めた後、庭を散策することに決めた。
クラーラに監視として付いているのは二人の使用人とハンナだ。
以前はよく二人の使用人とも庭を散策し、隠れて休憩を取ったりして和やかだった。
しかし、主であるシュワルツ伯爵の命令を境に、国王が訪れた際の仕打ちもあり、今は不和が生じている。
仕方がない。
かといって、許す気になれないクラーラは話しかけずに黙ったまま。
ハンナとは授業以外でほとんど会話をしたことがない。
そのため、真意のほどが不明だったが、先ほどのやり取りをきっかけに好意的に変化していった。
ハンナは信用できるかもしれない――と。
シュワルツ伯爵家にハンナが訪れた日の記憶が思い起こされ、胸が高鳴る。
クラーラが感謝を伝えようと話しかけるより先に、ハンナが話しかける。
「実は私、派閥争いに巻き込まれて追い出されたのです」
少々、要領を得ないが、王宮に仕えていた時のことを言っているのだろう。
「どちらにも属していなかったのですが、勘違いなさったのでしょうね……。男爵家出身の私に利用価値はありませんから、味方になって下さる方はいらっしゃいませんでした」
「そう……なのですか……」
クラーラは自分の中のハンナに対する期待が萎んでいくのが分かる。
「追い出された後も敵視されていた派閥の方でしょうね……悪評を流され、働き口を潰されてしまいました」
「……」
「シュワルツ伯爵が私に宝石の生成を依頼しないのは、法陣に使用されている文字の筆跡で看破されるからでしょうね。宮廷に仕えてましたから、今も私が書いた書類や法陣は残っているでしょうし。評判の悪い私の宝石は誰も欲しがらないでしょう」
ハンナは悲しそうな表情を浮かべ、申し訳なさそうにクラーラに伝える。
「こういった事情があるので、私に期待するのはお止めになった方がよろしいですよ」
羨望のまなざしに気付いていたのだろう、自身は無力であることを告げる。
その場にはクラーラだけでなく使用人もいたのだが、どうすれば良いか分からないのか視線を外して黙ったままだ。
今にも泣きだしそうなハンナに、クラーラもどう慰めれば良いか分からなかった。