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 国王に依頼されたジルケディアとシュワルツ伯爵は固まる。


 ジルケディアが生成する宝石は、とても他人に見せられる代物ではないからだ。

 法陣に使用している文字の筆跡をクラーラの字に真似ているので、そこから疑われることはない。しかし、宝石の質はどうにもならない。

 そもそも、質が良ければクラーラの生成した宝石を、ジルケディアが生成したと偽って売ったりしない。

 断りたいが相手は国王。

 どう断れば良いか方法が思い付かない。


 ジルケディアとシュワルツ伯爵の葛藤など知る由もないアルベアトは、宝石の生成を間近で見られることに期待している。

 王妃も宝石を生成することができるが、国王以外の見学を許されていないので一度も見たことが無いのだ。



 遠くから機会を窺っていたクラーラ。

 ジルケディアはこの局面をどう乗り切るかで頭がいっぱいだろう。

 クラーラを部屋から出すように取り計らったことを忘れている。


 大声を出せば届く。



 場が静まり返っている今しかない!



 より声が届くように風を発生させ、大声を出そうと口を大きく開けるクラーラ。


 しかし、それよりも早く、そばで監視していた使用人に口元を覆われ、取り押さえられる。

 地面に上半身を押さえつけられる形になったクラーラは、大声を出すどころか、上手く呼吸することすらできない。

 肺が圧迫されているのだろう。


 使用人は悲痛な面持ちで、申し訳なさそうに言葉を発する。


「堪えてくれ、クラーラ。お願いだ」

「旦那様が捕まれば、俺たちは路頭に迷うかもしれない……分かってくれ……」

「ごめんなさい……ごめんなさい……」



 近くにいるのに


 大声を出せば届くのに



「へ……ああ……」


 声を出そうとすると、使用人の押さえつける力が強まる。

 使用人の誰かが魔術を発動させたのだろう、地面が盛り上がり、クラーラの胴体を拘束する。

 クラーラも魔術を発動させたいと考えているが、口が塞がれているせいで詠唱できない。塞がれていなくても、焦っているせいで集中できず、上手く発動させることは不可能だろう。



 早くしないと……!



 しかし、残念ながらクラーラの願いは声と同様、国王に届くことはなかった。


 シュワルツ伯爵によって沈黙が破られる。


「申し訳ありません。宝石の生成は非常に繊細で神経をすり減らします。娘はこのような場に慣れておりませんので……」


「そうか……」


 察した国王は残念そうにした。

 国王の急な要望に焦ったが、シュワルツ伯爵はなんとか穏便に断ることに成功する。


 しかし、国王はよほど見たいのだろう。

“質の高い宝石を生成させる天才”と呼び声高いジルケディアの宝石生成の様子を見学したいのか、食い下がってきた。


「本当に見せていただけないのだろうか? 不格好な宝石が出来ることを承知の上で拝見したい」


“不格好な宝石”と言っても程度がある。不純物や色むらの一切ない宝石だったのが、いきなり商品価値のない石ころ同然のものを生成すると、怪しまれる可能性がある。


 今まで、実物がそこにあるかのような素晴らしい絵を描いていた画家が、病気でも怪我でも無く、緊張していただけで幼児の落書きのような絵を描くと、これまでの作品に猜疑(さいぎ)の念を抱くだろう。


 どんな不穏な芽でも摘んでおきたい。


 シュワルツ伯爵は冷や汗をかきながら、必死に応戦する。


「ジルケディアが宝石を作る様子をご覧になりたいと仰っていただき、光栄に思います。しかしながら、私は宝石を取り扱う店の経営者。商品にならぬものをお見せすることは、私の経営者としての矜持に反します。何卒、ご理解下さい」


 これには国王も納得するしかない。

 シュワルツ伯爵の矜持を曲げさせてまで我を通すことは傲慢(ごうまん)だ。


「分かった。こちらの我がままだった」


 今度こそ、シュワルツ伯爵は胸をなでおろす。


 近くにいたアルベアトは表情や態度にこそ出さないが、宝石の生成を見ることができないことに、どこか残念そうだ。


 再び談笑した後に、一人の使用人がシュワルツ伯爵の元へ。

 昼食の用意ができたらしい。


 テラスに広げられた資料の片付けなどを清掃する一部の使用人を残し、シュワルツ伯爵は国王とアルベアトを食堂へ案内する。



 待って! 行かないで!!



 声を出したいのに出せない。


 クラーラの心の中の悲痛な叫びが聞えたのだろうか。

 ジルケディアがクラーラの方へ視線を移す。


 醜い笑顔を貼り付けながら。


 すぐに、ジルケディアはアルベアトの元へ小走りで向かい、先ほどの笑みを浮かべたとは思えないような、優しい笑顔を作って会話をする。



 クラーラの発することのできなかった声は涙となり、頬を伝った後、地面に吸収された。


 地面は音もなく涙を優しく受け止めたが、クラーラの気持ちまで受け止めることはできなかった。

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