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 クラーラの宝石を生成させる能力は、さらに輝きを増していった。


 今までの丁寧さに加え、緻密で難しい法陣も書けるようになり、三種もの魔術の言語を習得している。

 これにはハンナも舌を巻く。家系だけではなく、本人の努力による影響も大きいのだろう。

 まだまだ習得している魔術の言語は少ないが、質だけで見れば宮廷魔術師が生成する宝石にも引けを取らない。


 クラーラの宝石を生成させる能力が上がる度、ジルケディアの評価が上がっていった。


 今まで安く売られていた宝石は高値で取引されるようになり、貴族相手に個別注文を請け負うまでになった。

 宝石を生成させる他の術師も、シュワルツ伯爵の経営する店に優先的に宝石を卸すように。

 店舗数が増えたことにより、比例して収益も増えていった。今月は前年の月と比べ約二倍に。

 ジルケディアに申し込まれる縁談も高位貴族ばかり。


 短期間で才能を開花させ、質の高い宝石を生成させる天才、ジルケディア・シュワルツ。


 シュワルツ伯爵家は栄華を極めた。



 そんな中、王室の者がシュワルツ伯爵領の視察に訪れることに。

 王室側からは国王と王太子を予定している。


 今回の視察は、シュワルツ伯爵夫人が関係していた。

 王宮で政務に携わっている役職持ちの夫を持つ夫人に取り入り、シュワルツ伯爵領への視察を勧めるよう持ち掛けたのだ。

 高名なジルケディア嬢のいるシュワルツ伯爵領なら――と、役職持ちの夫を持つ夫人は二つ返事で了承。積極的にお茶会に参加したことが功を奏した。


 視察の目的は、シュワルツ伯爵の経営する宝石を取り扱う店の本店、ジルケディアの勉強の様子の見学だ。


 お陰でシュワルツ伯爵邸は慌しかった。

 王室の者が訪れるのだ、もてなす料理用の食材や飲み物の手配、清掃だけでなく邸宅の装いも相応しいものへと変更されることに。本店も同様だろう。


 クラーラも清掃や家具の配置換えに駆り出されたが、王室の者と顔を合わせることはない。

 シュワルツ伯爵に、数人の使用人と共に部屋で待機するように言いつけられたのだ。


 クラーラは現状を訴える為、なんとか王室の者と接触できないか模索した。


 魔術の勉強ができることに感謝しているが、宝石の『制作者名義』を偽っていることについては良心が痛む。

 監視として置かれる使用人を説得しても、主を裏切ることはないだろう。

 王宮宛に手紙を書こうにも、使用人に監視されている状況では叶わない。家族への手紙でさえも禁止されるようになったのだ。

 そもそも、不正を訴えたところで取り合ってもらえる可能性は低い。


 あれこれと思案したが、良い答えは見つからない。


 そんなクラーラにジルケディアが話しかける。


「可哀想に。お父様に使用人用の部屋で待機するよう言われているらしいわね」


「はい……」


「せっかく国王陛下と王太子殿下がいらっしゃるのに、顔を合わせる機会もないなんて」


「……」


「でも、その方が良いかもしれないわね。平民に毛が生えた程度の貴族と顔を合わせるなんて……」


 クスクスと笑いながら、ひとしきり嫌味を言った後、ジルケディアは思いもよらない提案をする。


「私が部屋から出してあげましょうか?」


「!」


「もちろん、使用人付きで遠くからだけれど」


「ありがとうございます!」



 どういう風の吹き回しだろう……。

 私が宝石の偽装を訴えれば、ジルケディア様や旦那様だって危ないのに。

 でも、これは好機。

 使用人に監視されている状況でも、訴える機会が訪れるかもしれない。



 クラーラは改めて、宝石の偽装を訴える決意を固める。




 そして、その日が訪れる。




 道中を騎士団に護衛されながら、国王は王太子であるアルベアトと共にシュワルツ伯爵領へ訪れた。


 シュワルツ伯爵は、私兵と経営する本店の店員と共に二人を歓待する。


「ようこそ、いらっしゃいました! 国王陛下と王太子殿下がいらっしゃる日を心待ちにしておりました!」


「こちらこそ。予てより切望していた、シュワルツ伯爵領へ赴くことができて、大変、嬉しく思う」


 まず向かったのは、シュワルツ伯爵が経営する宝石を扱う店の本店だ。

 国王は本店に並んでいる宝石を興味深そうに観察し、店員の説明にも傾聴していた。

 アルベアトは店員に何度も質問し、いかに勉強熱心かが窺える。


 次に向かったのは、シュワルツ伯爵邸にある勉強部屋だ。

 いつもと違い、熱心にハンナの授業を受けているジルケディアの姿が。

 国王とアルベアトは授業を妨害しないよう、静かに見学していた。



 授業が終わると、勉強部屋から日当たりの良いテラスに移動して談笑へ。

 そこには勉強部屋からいくつか持ってきたのだろう、資料がテーブルの上に広げられていた。


 国王とアルベアトはジルケディアに質問する。

 しかし、すべての質問に答えるのはハンナ。

 ジルケディアは、ぎこちない笑顔で「勉強中なので……」の一言のみ。


 国王がジルケディアに問う。


「この法陣の効果を教えていただきたい」


「勉強中なので……」


「こちらは魔術が影響する効果範囲の設定でございます。この場合、範囲は直系約二.五メートルでございますね」


「そうか。ありがとう」


 アルベアトがジルケディアに問う。


「それでは、この文字をあえて追加した意義を教えて下さい」


「勉強中なので……」


「そちらは、魔術が影響する対象物の設定でございますね。農作業に使用されることを目的とした宝石なので、指定した害虫や害獣にのみ発動するよう調整しております」


「なるほど。ありがとうございます」


 国王とアルベアトは、感謝しながらも「緊張させてしまったようだ」と申し訳なさそうにする。


 その様子を、自分の監視をする使用人と共に、遠くから見つめるクラーラ。

 王室の者と接触する機会を窺っているのだ。

 この距離では大声を出しても、談笑の声でかき消されてしまう。

 風を発生させる魔術を使用して聞えるようにしようにも、すぐに使用人に制されるだろう。


 クラーラはハンナに王室の者に告発してくれることを期待していたが、雰囲気が和やかであるということは言っていないのだろう。

 シュワルツ伯爵に取り込まれた後だろうか――そう考えたが、すぐに考えを否定する。違って欲しいという願いに近かった。

 この様子だと、不正の証拠は握っていない。

 保存する前に使用人に見つかって、処分されてしまったのかもしれない。


 それでも、クラーラは告発する気でいた。

 ほんの少しでも疑問に思ってくれるのであれば、もしかしたら……。


 王室の者と接点のないクラーラは、一般人として参加した祭礼で国王と王太子の顔を知っていた。


 国王は威厳に満ちていながら、笑った顔は朗らかで癒された。

 話をする度、口元に蓄えられた形の良い髭が動いていたことを覚えている。


 アルベアト王太子は金色の髪に緑色の瞳が美しい、やや細身の青年だった。

 何度も質問していることから勉強熱心なのだろう。とても好感が持てる。


 クラーラは、王室の者が興味を持った法陣について思いを馳せる。



 遠いから断片的だけれど、質問の内容は何となく分かる。


 国王陛下が興味をお持ちの法陣は、護身の腕輪に嵌めるために作った宝石用のもの。子爵家の方が隠居した旅行好きのご両親へ、旅の安全を祈願するために依頼して下さったんだっけ。依頼内容の項目に、必ずペアになるようにと書かれていたことを今でも覚えているわ。


 アルベアト王太子殿下が興味をお持ちの法陣は、害虫、害獣忌避の宝石用のもの。害虫や害獣に悩まされる伯爵家の方が、領地のために依頼して下さったはず。少ない魔力と宝石で広範囲の作物を守れるよう、苦悩したのは良い思い出だわ。お役に立っていれば良いのだけれど……。



 自身があの場にいないことに、クラーラは悲しみを覚える。

 この悲しみを味わわせる為に、ジルケディアはクラーラを部屋から出すよう取り計らったのだろう。

 当のジルケディアは質問に答えられず、疲弊した姿を晒しているが。


 質問の答えに満足した国王が、ジルケディアにあることをお願いする。


 国王から直々の要望にジルケディアとシュワルツ伯爵は笑顔になる。

 要望に応えることができれば、シュワルツ伯爵家は益々繁栄する。

 そう考えたシュワルツ伯爵は、ニヤニヤとした面持ちで「何なりと」と答えたが、激しく後悔することに。


「宝石を生成するところを見せていただけないだろうか?」


 国王からのお願いに、ジルケディアとシュワルツ伯爵から笑顔が消え、沈黙する。


 思わずクラーラは身を乗り出す。



 好機が巡ってきた――そう思ったのだ。

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