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ハンナはクラーラを心配そうに見つめている。
「……少し休憩しましょうか?」
「ありがとうございます……大丈夫です、ハンナ様。授業を始めて下さい」
クラーラはハンナの気遣いに感謝しつつ、授業を始めるよう促す。
ハンナは自分にできることは何かを考えた結果、教師として支えることに決める。
「それでは、『使用者権限』と『制作者名義』の復習をしましょう」
「お手数をおかけして申し訳ありません……」
「お気になさらないで下さい。こちらは少々、分かり難いですから」
ハンナは、申し訳なさそうにするクラーラに笑顔で答えた後、優しく質問する。
「『使用者権限』について説明できますか?」
「『使用者』が『宝石生成者』と同一でなかった場合でも、使用が可能か否かの権限範囲の設定です。空白の場合でも全ての者が使用できますが、十分に法陣の力が発揮できない可能性があります。そのため、取引される宝石は誰でも使用できるよう、念押しとして『使用者』を不問に設定する必要があります」
クラーラがよどみなく答えると、ハンナは笑顔になる。
「正解です。召喚の法陣を用いた宝石の特性は説明できますか?」
「『宝石生成者』、『使用者』がその場に同時に存在していれば、召喚に応じた者がどちらを優先させるか判断します」
「それは、なぜでしょう?」
「召喚の法陣自体にそこまでの拘束力は無いこと。火や水と違い、召喚に応じた者に意志が存在するからです」
「正解です。しかし、このようなことは稀ですから、『宝石生成者』でなくとも通常の使用時は問題ありません」
それから――とハンナは続ける。
「召喚に応じた高位の存在は、どういった傾向にありますか?」
「えっと……」
クラーラはしばらく考えたが答えが出ないのか、ちらりとハンナを見る。
しかし、ハンナは答えを教えることはしない。あくまで、手掛かりを教えるだけだ。
「ヒントは、矜持を持っています」
「あ! 高位の存在であればあるほど自身の確固たる矜持を持っているため、能力のある者に魅力を感じます」
「正解です。重要ですから覚えておいて下さいね」
「はい!」
ノートに書き出した『使用者権限』の項目にある“高位の存在”のところに、大きな字で『重要!』と横に付け足す。
ハンナは、ペンを走らせるクラーラを待つ。ペンを置いたところで、次の項目へ。
「それでは、『制作者名義』について説明できますか?」
この項目も、クラーラはよどみなく答える。
「『宝石生成者』が自身で生成したものであると証明する為に設定されることが多いです。空白でも可能ですが、売買するのであれば『制作者名義』を設定する必要があります」
「それは、なぜですか?」
「それは……」
言葉に詰まる。
しかし、ハンナは急かすようなことはしない。
少しの沈黙の後、ようやく答える。
「『宝石生成者』の意志で別の者に『制作者名義』を設定した場合、責任の所在が不明瞭になります。そうなれば、責任の追及が困難になることが予想されるからです」
理由は分かっている。クラーラがこの内容を熟知しているが故に詰まってしまったのだ。
ハンナは精神的な負担をかけまいと、続きを自分が答える。
「正解です。売買された『宝石生成者』と『制作者名義』が同一でなかった場合、売主が罪に問われる可能性があります。悪意があったと見なされれば、『宝石生成者』と『制作者名義』の者も同罪となる場合も……ですから――」
ハンナは続けて何か言おうとしたが、言葉にはしなかった。
気を付けて下さい――と言おうとしたのだろうか。もし、そうだとしたら、もっと早くに教えるべきだった。
クラーラもそのことに気付いたのだろう、何も言わなかった。
しばらく、勉強部屋には重苦しい空気が流れていた。
一方、自室にいるジルケディアはクラーラに苛立ちを覚えていた。
自身は千回近くも失敗した上に、初めて生成したものは不純物と色むらの酷い宝石。
クラーラが初めて生成した宝石とは比べ物にならぬほど不出来なものだった。
現在、ジルケディアは巷で有名な新進気鋭の術師。
しかし、実態はクラーラのおかげで名を馳せたに過ぎない。
最初は楽に名誉が手に入ると受け入れたジルケディアだが、徐々に心の中は不満でいっぱいに。
宝石を生成する能力で、クラーラに負けている事実を受け入れることができずにいた。
ジルケディアは不貞腐れ、自身の父親であるシュワルツ伯爵によって宝石の生成を止められていることを言い訳に、勉強も疎かになりがちだ。
『才能があるから何もしなくても上達する』とでも思っているかのように。
せっかく生成した初めての宝石も、シュワルツ伯爵に命令される前に捨ててしまった。
今は言われるがままに、クラーラの書く字を練習している。
癖がかなり違うので苦戦しているようだ。
シュワルツ伯爵が、偽装の露呈を防ぐために命令したことを忠実に守っている。
シュワルツ伯爵は使用人に、ジルケディアが使用していたクラーラの字を真似る前のノート、落書きが書かれた切れ端まで処分するよう命令。
娘が滅多に手紙を書かないことを知っているので、時間が経つにつれて筆跡が変化したとでも言えば良い。
シュワルツ伯爵が印章の図案を考案した時に描いたメモも処分した。
自分が印章を作ったと知られるわけにはいかない。
例え見つかったとしても、文字ではなく図形化しているのだ。露呈するはずがない。
邸宅中からあらゆる痕跡を消していった。
ここまでする者はいない。
もはや、“金”と“術師としての地位”への執念と言っても良い。