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「――ジルケディア様の授業はここまでに、いたしましょうか」


「フン! もっと効率良くしてもらいたいものだわ!」


 ハンナはジルケディアに謝罪しクラーラに話しかける。


「それでは、続きをいたしましょうか」


「よろしくお願い致します」


 クラーラは初めて宝石を生成してから、ハンナの授業を受けている。

 シュワルツ伯爵は、術師としての地位を手に入れるには、クラーラを利用した方が早いと判断したのだろう。ジルケディアに教育を施しながら、クラーラにも並行して行われた。


 ジルケディア名義でクラーラに宝石を生成させ、自身の経営する店で目玉商品として売っていたのだ。

 生成できるようになって日の浅いクラーラの宝石は安い値段だったが、それなりに人気があった。

 宝石を生成させることのできる術師は少ない為、それでも十分、シュワルツ伯爵家は術師としての地位を盤石なものにしていった。


 シュワルツ伯爵は嫌がるクラーラに、実家を盾に脅した。

 始めは魔術の勉強と宝石の生成のみをさせていたが、徐々に雑事などを言いつけ、今では以前と同じ使用人の仕事量もさせている。


 魔術の勉強と宝石の生成は楽しく感謝していたが、偽装に手を貸していることに罪悪感で押し潰されそうになるクラーラ。

 実家のことも常に気にかけていた。

 使用人の仕事も入ってきたため、常に疲労困憊の状態だった。体調を崩すと休むことを許されたが、回復すると再び忙しい日々。

 給金も上がっているわけでもなく、使用人の仕事だけをこなしていた頃と同じ。

 シュワルツ伯爵にとって、これも使用人の仕事の内だと考えているのだろうか。


 そこで、シュワルツ伯爵に負担を軽くしてもらえるよう申し入れたのだが、聞き入れてもらえず、再び実家に圧力をかけると脅された。

 実家を盾にされると何も言えない。


 同情したハンナは、少しでもクラーラの精神的な負担を軽くするように気を配った。

 それが、劣悪な環境下でも高品質の宝石の生成を可能にし、シュワルツ伯爵家の地位を押し上げる手助けをしてしまっているのは皮肉だった。


 使用人仲間も主を裏切るような真似はできない。

 家格の低いハンナも同様だろう。シュワルツ伯爵は、ハンナが男爵家出身で評判が悪いことに不満だったが、こんなところで幸いした。


 皆、シュワルツ伯爵の言う通りにするしかなかった。



 授業を受けるため、初めて生成した宝石を見ながらクラーラは気合を入れ直す。

 その見事な宝石を目にしたジルケディアは嫉妬し、悟られないように別のことで怒りをぶつける。


「クラーラ! また宝石の『使用者権限』の設定と『制作者名義』を私にしなかったでしょう!」


「も、申し訳ありません!」


 クラーラは席を立ち、ジルケディアに謝罪する。


 宝石を生成する際、法陣を書き込む段階で『使用者権限』と『制作者名義』を設定することができる。


『使用者権限』は『使用者』が『宝石生成者』と同一でなかった場合でも、使用が可能か否かの権限範囲を設定することができる。

 空白の場合でも全ての者が使用できるが、十分に法陣の力が発揮できない可能性がある。

 そのため、取引される宝石は必ず、万人に使用できるように念押しとして『使用者』を不問に設定している。

 ただし、召喚の法陣を用いた宝石の場合、『宝石生成者』、『使用者』がその場に同時に存在していれば、召喚に応じた者がどちらを優先させるか判断する。

 召喚の法陣自体にそこまでの拘束力は無いし、火や水と違い、召喚に応じた者に意志が存在するからだ。

 高位の存在であればあるほど自身の確固たる矜持を持っているため、能力のある者に魅力を感じる。

 この優先度は、召喚の法陣を使った宝石特有のもの。


『制作者名義』は書画における落成款識(らくせいかんし)のようなもの。

 この場合も空白でも可能だが、『宝石生成者』が自身で生成したものであると証明する為に設定されることが多い。

 ただし、売買するのであれば『制作者名義』を設定する必要がある。

『宝石生成者』の意志で別の者に『制作者名義』を設定した場合、責任の所在が不明瞭になる。

 そうなれば、責任の追及が困難になることは必至。

 売買された『宝石生成者』と『制作者名義』が同一でなかった場合、売主が罪に問われる可能性がある。

 悪意があったと見なされれば、『宝石生成者』と『制作者名義』の者も同罪となる場合がある。



『使用者』宝石を使って法陣を発動させる人


『宝石生成者』宝石を生成した人


『使用者権限』宝石を発動させる人の範囲の設定


『制作者名義』多くの場合、宝石を生成した人が自身で生成したものであると証明する為に設定



 シュワルツ伯爵はジルケディアの名前を図形化した図案を描き、彫刻を施した印章を作った。そして、クラーラの書く法陣に印影を入れさせたのだ。その印章はシュワルツ伯爵らしく金を使用していた。

 通常、『制作者名義』が印影の場合は鑑定が難しい。図形化したり、長い年月を経たものなら、魔術の発動時に展開される法陣の筆跡と一致しないことがあるからだ。

 しかし、シュワルツ伯爵の店のみで取り扱うので問題は無かった。


 第三者による鑑定は当然、偽装の可能性も視野に入れて行うが、シュワルツ伯爵が対策しないはずがない。


 鑑定が行われる際、筆跡で“ジルケディアが生成した”と証明すれば良い。


 特定は筆跡による鑑定のみ。

 発動時に展開する法陣の筆跡で悟られないよう、ジルケディアにクラーラの書く字を練習させている。

『制作者名義』は図形の彫刻を施した印章で辛うじて誤魔化せるが、発動時に展開される法陣の筆跡となるとそうはいかない。

 始めはクラーラにジルケディアの字を真似て書くよう強制したが、大幅に宝石の質が落ちたため、ジルケディアに練習させているのだ。

 質が落ちた原因はジルケディアの書く字は癖が強いので、別の字であると認識されるのだろう。そう仮定して字を丁寧に書く練習をさせたが、質が落ちたままなので大雑把な性格が関係しているのかもしれない。


 完全に“クラーラが生成することが出来る”という事実を隠蔽し、『制作者名義』をジルケディアの名前にすれば欺くことが可能である考えた。


 クラーラが隠れて宝石を生成する時間を無くすよう、使用人を手駒のように使って監視。一瞬の隙も一人にならぬよう、休憩時間や手洗いはもちろん、就寝中まで監視させる徹底ぶり。

 クラーラに雑事の仕事をさせているのも、余計な時間を生まないようにする為と、使用人に監視させやすくする為だ。


 シュワルツ伯爵はクライン男爵家を調査した。クラーラに宝石を生成した経験があるかを確かめる為だ。

 結果、宝石の生成が出来ていたのは初代と二代目まで。シュワルツ伯爵邸以外で“クラーラが生成することが出来る”という事実は見つけられなかった。


 クラーラが生成したとされる証拠はない。

 クラーラの情報は秘匿されている。

 クラーラの宝石はジルケディアが生成したものとして、完璧に周囲に認知させていった。


 煩わしい『使用者権限』と『制作者名義』だが、クラーラはこれらによって助けられている。


 初めて生成した宝石が、シュワルツ伯爵によって売られることが無いからだ。


 当時、知識がなかったことも相俟(あいま)って、『使用者権限』と『制作者名義』の設定が空白のままなので商品にならない。

 その為、初めて生成した宝石はクラーラの元にあった。


 宝石を“クラーラが生成することが出来る”という事実を知らない者は、ジルケディアが生成したと判断するだろうが――



 そのようなことを考えながら、ジルケディアの叱責に耐える。


「気が緩んでいるんじゃない!? 私なら、そんな失敗しないわ! だって、本当に才能があるのは私だもの! クラーラはそういう血筋だから宝石が作れるの!」


「申し訳ありません……」


「何でこの私がクラーラの字を練習しなければいけないのよ!」


「申し訳ありません……」


「見てなさい! すぐに上達して追い越してやるんだから!!」



 そう吐き捨て、ジルケディアは勉強部屋を出ていく。

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