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 しばらくして、ジルケディアの家庭教師がシュワルツ伯爵家を訪れる。


 細身で穏やかな笑顔が印象的な若い女性だった。

 シュワルツ伯爵家の者は家庭教師の女性を出迎える。


「お出迎えいただき感謝いたします。家庭教師を務めますハンナ・ホフマンと申します」


 家庭教師の女性は感謝を述べ、淑やかに挨拶をする。


「いやー。元宮廷魔術師という経歴を持ながら評判が悪いと聞いて、どんな痴れ者かと思ったが、これなら安心して娘を任せられますな!」


「ええ、働き口を探すことに難航を極めました。ですから、シュワルツ伯爵には大変、恩義を感じております。このご恩はジルケディア様に還元させていただきますね」


 嘲るように言うシュワルツ伯爵に対し、ハンナは笑顔を崩すことはなかった。自身の生家より家格の高い貴族から言われ慣れているのだろう。

 同じ男爵家出身のクラーラはハンナに同情した。


 軽く挨拶した後、シュワルツ伯爵はハンナの胸元にあるブローチに嵌め込まれた宝石に着目する。


「もしかして、それは鉱物の方の宝石ではなく、法陣結晶の方の宝石ですかな?」


「さすがシュワルツ伯爵。仰る通り、こちらは法陣を結晶化させた宝石でございます。肉眼でお分かりになるなんて感服いたしました」


「当然だ!」


 聞かれたハンナは、ご明察と言わんばかりに大袈裟に褒める。

 シュワルツ伯爵は褒められたことで上機嫌だ。


 一見すると鉱物の宝石と法陣結晶の宝石に違いはない。その為、識別できる方法は鑑定用の魔術や拡大鏡などを使用。

 発動時に展開する法陣の種類や機能、筆跡を鑑定する。


 鑑定用の魔術は対象物の魔術的な効果を一時的に無効化させ、鑑定しやすくするもの。

 拡大鏡は発動時に展開する細かい魔法陣などの法陣、筆跡を精査するものだ。


 法陣に書かれた文字で鑑定を行うので、それ以外から情報を読み取って特定することは、現段階では不可能。


 実は、国が宮廷魔術師に、魔力から情報を読み取って特定する道具を作らせようとした過去がある。

 しかし、製作に関わった宮廷魔術師の実家に有利に働くよう細工を施していたり、予算を食いつぶして財政を圧迫した背景があるので、それ以来、開発されていない。

 多くの情報を得ることができるため、個人情報の取り扱いに関する問題もある。


 肉眼で違いを見分けることのできるシュワルツ伯爵は、さすが宝石を扱う店の経営者といったところだろう。


 遠くから様子を窺っていたクラーラは、ハンナの胸元にある宝石に目を奪われる。

 ハンナが動く度に煌めき、表情を変える宝石。胸元にある空色の美しい宝石は持ち主の瞳と同じで、とても印象的だった。

 不純物など一切ない、その宝石は、必要な文字と図形だけの法陣が完全に溶け合い、一体化していることを表わしている。



 鉱物の図鑑に載ってる宝石よりも、ずっと綺麗。

 どうやって作るのだろう。

 私にもできるのだろうか?


 私も、あのような“宝石”を作りたい。



 クラーラの脳内はそのことで、いっぱいだった。




 元宮廷魔術師、ハンナがシュワルツ伯爵家を訪れたその日から、ジルケディアへの宝石生成の授業が始まった。


「――以上で、こちらが一般的に多用される宝石の生成に必要な法陣の文字でございます。ジルケディア様、まずは、こちらを覚えていただかなくてはなりません」


「嫌よ。面倒だわ。何とかしてちょうだい」


 黒板いっぱいに法陣の文字を書いたハンナに、ジルケディアは我がままを言う。


「そう仰いましても、宝石の生成には法陣の文字や込められた意味を理解することが、必要不可欠でございますし……」


「分かったわよ! やれば良いのでしょ!? 本当に男爵家の者は無能ね!」


「お手数をお掛けして、申し訳ありません……」


 文句を言いながらノートに書き写すジルケディアにハンナは疲弊する。旅の疲れが癒えていないことも相俟って、自分に瑕疵がないにもかかわらず、何度も謝罪をしているからだろう。

 そんなハンナに、クラーラは助け舟を出すかのようにジルケディアに話しかける。


「失礼いたします、お嬢様。こちら、奥様から勉強のご褒美だそうです。少し休憩なさってはいかがですか?」


 そう言いながら、クラーラは伯爵夫人から預かっていた茶菓子を見せる。

 どれもジルケディアの好物だ。


「まあ! お母様から!?」


 先ほどまでの、しかめっ面が嘘のように笑顔に。

 クラーラはジルケディアの表情を見て、他の使用人と共にお茶の準備を始める。

 ハンナは少しの間だけ解放されることに、ほっと胸をなでおろし、心の中でクラーラに感謝する。


 クラーラはジルケディアとハンナが休憩をしている間、ちらっと黒板を見る。


 宝石を生成する法陣の文字。

 一応、実家には法陣に関する書物はいくつかあったが、意味を理解することはできなかった。でも、黒板には丁寧に意味も書かれている。

 クラーラは記憶するように、小さく何度も声に出す。



 時間が経っても憶えているように。




「もうすぐ休憩時間のはずだから、勉強部屋に持って行ってくれない?」


 厨房で使用人がお茶と共に出す軽食を盛り付けながら、勉強部屋で喫茶の準備をしてくれる人に指示する。


「ジルケディアお嬢様のところでしょう?私は嫌よ」

「怒鳴り声を聞いた時は、私まで叱られた気分になったもの」

「できれば巻き込まれたくないわ」


「あの……私が行っても良いですか?」


 他の使用人が嫌がる中、クラーラは率先して喫茶の準備に立候補する。

 ハンナが宝石生成についての授業を開始した時から、休憩時間の喫茶の準備は必ずクラーラが担当した。

 本当は担当が違うのだが、慣れない勉強で苛立っているジルケディアに近寄りたくない使用人は、これ幸いと仕事を譲る。

 使用人はクラーラに感謝した。

 しかし、それ以上にクラーラは感謝していた。



 実家では叶わなかった宝石の生成について勉強できる。



 宝石の生成についての授業はジルケディアの為に行われている。

 使用人として、あるまじき行為であると自覚しているが、自制することができない。宝石の生成について勉強することは、クラーラにとって何物にも代えがたい喜びだった。


 浮かれるクラーラは勉強部屋の扉をノックした後、許可が出たので入室する。


「失礼いたします。お疲れ様でございます。お茶をお持ちいたしましたので、そろそろ休憩なさってはいかがでしょう」


「そうね。魔術ばかりで疲れちゃったわ。早く淹れてちょうだい」


「承知いたしました」


 クラーラは返事をし、お茶の準備をしながら黒板を盗み見る。今日も、自分の知らないことが書かれていることに心が躍る。

 知識が増えていくことに嬉しさを感じていた。


 クラーラは黒板に書かれていることを目に焼き付け、自分の休憩時間に憶えていることを全てメモ帳に書き出した。

 時間が少しでもあれば、メモ帳を読み込み、自分なりに解釈していった。

 清掃中でも、忘れないように何度も小さく口に出しながら手を動かした。

 勉強部屋の前を通る用事ができた時でも、授業内容を聞き逃さないよう頭の中で反芻しながら仕事をこなした。

 寝る前に自作の宝石生成用の法陣を書き、楽しくて眠れぬ夜を過ごしていることは使用人の間では有名だった。

 実際に作ることはしなかったが、自作の法陣で宝石を生成する想像を何度もした。


「クラーラは本当に勉強が好きね」


「だって、楽しいですから!」


 そう会話した後、クラーラはメモに書き留めた内容を確認しながら、自作の法陣を書いていく。

 その前に、何度も間違えそうになる『魔術』や『法陣』について確認する。


『魔術』は魔力や特定の道具を媒体にして生み出す能力や儀式。


『法陣』は術の発動に必要な文字や数字、紋様などで構成される図形。魔法陣がこれに該当する。

 一般的に円陣が多いとされるが、それ以外の形も存在する。



 法陣結晶――“宝石”を生成することは非常に高度で繊細な作業。


 一般的に多用される宝石の生成に必要な法陣の文字は、他と比べて文字数が少なく、簡素で使用しやすい。

 その為、少ない文字でも機能するよう、一つひとつに意味が込められている。

 生成する上で共通していることは、正しく機能するよう、文字や図形を丁寧かつ正確に書かなければならない。

 法陣の隅々まで魔力を流し、浮かび上がらせた後、完全に溶け合うよう一体化させる。

 宝石の生成で使う魔力は、法陣を溶け合わせるための乳化剤のような役割をする。

 形を指定しない場合、宝石は原石のような状態で出来上がる。

 これらの工程で、ほんの僅かでも不備があれば、想定よりも小さくなり、色むらや不純物が出来る。



 いつか、自分も勉強を続けていれば、元宮廷魔術師が持っていたような宝石を作ることが出来るかもしれない。



 クラーラにとって、学んだこと全てが“宝石”だった。



 しかし、実際に宝石の生成に挑戦することはしなかった――

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