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 王太子妃の選定、当日。


「はぁ……はぁ……」


「フン! まぁ、良いんじゃない?」


 クラーラはようやく、ジルケディアのお気に召す宝石を生成することが出来た。


 拳より、やや小さい。不純物の全く無い、深紅の色をしている見事な宝石だった。

 今まで生成してきた、どの宝石よりも完成度が高い。


 王太子妃の選定の日が近づくにつれ、一日に何十――時には何百個もの赤い召喚用の宝石を生成するよう、命令されていた。

 褒めたにもかかわらず、感謝の言葉が無いことに不満を露にしたジルケディア。慌ててクラーラは「ありがとうございます!」と伝える。


「フフ! クラーラが愚図なせいで当日になってしまったけれど、これで王太子妃になること間違いないわね!」


 ようやく、満足のいく宝石が生成されたからか、両手で持ちながらその場でクルリと何周も回る。


「早く支度しないと! この日のために(あつら)えてもらった、赤いドレスを用意してちょうだい。王太子妃に相応しい装飾品もね」


 ジルケディアは上機嫌に、侍女に王太子妃の選定に相応しい装いに着飾るよう命令する。

 その後、思い出したように、クラーラに告げる。


「忘れるところだったわ。私が王太子妃になった暁には、宮仕えとして雇ってあげる。私のために影として、宝石を作り続けなさいね」


 衝撃のあまり言葉を失うクラーラ。


 クラーラの心境を察してか、ジルケディアは言葉を続ける。


「安心して? 一生なんて言わないわ。だって、私はクラーラより才能があるもの。すぐに追い抜くわよ。そうなったら不要になるから、すぐに解放してあげる。貴方は宮仕えとして不相応だものね」


 私が王太子妃になれば実家の使用人としても不適格で雇えないから、貧乏な男爵家に帰りなさいね――そういうと、他の使用人と共に足早に勉強部屋を後にする。


 独り残されたクラーラは絶望する。



 この先も、ジルケディアお嬢様のために仕えなければならないのか?――と。




 ジルケディアの支度が終わり、シュワルツ伯爵夫妻と共に馬車で王宮へ向かうところを室内から見送った。


 クラーラを含む多くの使用人は、主がいないことを幸いとばかりに休憩に入る。

 気を遣って使用人はクラーラをお茶休憩に誘ったが、頭の中はそれどころではないため断った。

 あてがわれた部屋のベッドに座りながら、ジルケディアに言われたことを反芻する。


『私のために影として、宝石を作り続けなさいね』



 まだ、お嬢様は上手く宝石を生成することが出来ない。

 王太子妃に選ばれた後、そのことを、どうするのかと疑問に思っていた。

 私の筆跡を真似て練習している姿以外、見たことないもの。

 私が知らないだけで、陰で努力しているのかもしれないとも考えていた。

 お嬢様は『すぐに追い抜く』と仰った。

 けれど、あの様子だと多分……。

 まさか、一生……?



 そう考えると、クラーラは気分が悪くなる。

 実家のことは気がかりだが、このまま一生シュワルツ伯爵家に良いように利用されるのかと思うと、涙が止まらない。

 噴水の前でアルベアトに出会った時、打ち明けていれば良かったと後悔するが、あのような好機は訪れないだろう。そもそも、市井で王太子に出会うことすら奇跡なのだ。

 ああしていれば、こうしていれば――そればかり脳内を占めるが後の祭り。

 保身のために不正を訴えないことを選んだのは自分だ。


 精神はもう、限界だった。


 その日のことを思い返している内に、ふと、ハンナとの別れ際に言われたことを思い出す。



『希望を持ち続けて下さい。持ち続ければ必ず道は開けます』


『私が授業で教えたことを思い返して下さい』



 何となく重要な気がして、ハンナから教わったことを書き写したメモ帳を取り出し、目を通してみる。

 目ぼしいところは見当たらない。

 次に、シュワルツ伯爵の命令で本格的に勉強し始めたころのノートをすべて取り出す。


 ある項目を目にした時、クラーラは気が付く。



 もしかして、ハンナ様が仰ったのは、このことでは?

 これなら、不正の証拠になるかもしれない。

 それならば、私も王宮へ行かなければ。


 でも、間違っていたら?



 クラーラは“あること”が気がかりだった。

 間違っていれば自分だけではなく、実家も危ない――そう思うと行動に移せない。


 悩んでいると、あの時の言葉が脳内で再生される。


『こんなに高品質な宝石を生成させる腕があるのだから、王太子妃の選定に参加するのだろう?』


 その時、ある想いが芽生えた。



 できれば――私の気持ちを知ってもらいたい。

 失敗しても、しなくても破滅に向かうのならば、せめて、アルに私の気持ちを伝えたい。



 ジルケディアに“何の価値も無いゴミ”と酷評された宝石を持って、クラーラは王宮へ向かう決意をする。

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