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シュワルツ伯爵家のタウンハウスに戻ったクラーラ。
ハンナはクラーラが戻ることも考慮して手配していたのだろう、協力者の使用人が待機していた。
その使用人は、クラーラがハンナと一緒でないことに驚いていたが、はぐれたと誤魔化すと納得したようだ。
なにせ、王都は人が多い。はぐれるのも無理はない。
クラーラはお礼として、アルベアトと共に散策した折に店で購入した菓子を使用人に渡す。
シュワルツ伯爵に外出していたことを悟られないよう、急いで宛がわれた使用人用の部屋へ。
お仕着せに着替え、自分の仕事を確認する。
クラーラは帰宅してから気もそぞろだった。
自責の念に駆られ、アルベアトのために宝石を生成したが、それが元で不正の関与が露呈するかもしれない。
なぜ、ジルケディアと筆跡が同じなのか。後ろめたいことがあるのでは?――と、なにかのはずみで調査されるかもしれない。
罰を受けるのではないか、実家にいる家族に迷惑をかけるのではないかと不安感に襲われ、今更ながら後悔する。
しかし、負の面だけではない。
広場で、アルベアトや見学していた人々に称賛されたことを思い出す。
宝石を生成するところを見せるだけで喜ばれた……。
宝石の質を褒められた……!
宝石を生成した際、アルベアトに言われたことを思い出す。
『こんなに高品質な宝石を生成させる腕があるのだから、王太子妃の選定に参加するのだろう?』
「王太子妃……」
自分で口にしていながら顔が赤くなる。
王太子妃になれば、きっと、今より大変な事態に遭遇することだってあるはず。
将来は王妃様になるのだもの。
でも――
王太子妃に選ばれたら、どんなに幸せなことだろう……。
短い時間だったが、アルベアトに惹かれていた。
王太子の時には見せない表情や仕草に魅力を感じていたのだ。
クラーラは実家から持ってきていた、少し大きめのスケッチブックを取り出し、今まで何度も書いてきた法陣を書く。
いつもと違うのは、しっかり自分の名前を書き込んでいるところだ。
法陣を書き込んだ後、スケッチブックを床に置く。
書き込んだ法陣に隅々まで行きわたるよう、一文字ずつ、はみ出ないように、ゆっくりと魔力を流していく。
魔力を流し込んだ法陣を浮かび上がらせ、一体化させるよう丁寧に溶け合わせる。
クラーラは目を閉じ、溶け合った後に結晶化した法陣を両手で包み込む。
ゆっくりと目を開けた後、両手を広げる。
生成された宝石を見て静かに笑う。
ひとしきり愛でた後、誰にも気付かれないよう、奉公で実家からの荷物を運ぶ際に使用したトランクへ隠す。
翌日、シュワルツ伯爵家のタウンハウスは荒れていた。
元宮廷魔術師のハンナが外出から戻ってこなかったからだ。
今、居なくなったことに気付いたシュワルツ伯爵がハンナの罪をでっちあげ、必死になって私兵を使って捜索させている。
ハンナが外出先から戻ると信じていた使用人たちは、互いに疑心暗鬼になった。
シュワルツ伯爵の機嫌が悪いこともあって、居宅内の雰囲気は以前よりも険悪なものへと変貌していった。
雰囲気にのまれたのか、ジルケディアも同様に機嫌が悪かった。
いや、雰囲気だけではないのかもしれない。
なぜなら――
「なによ、これ! 不純物と色むらがあるじゃない! こんな物で王太子妃に選ばれるわけないでしょう!!」
今まで、精神面でクラーラを支えていたハンナがいなくなったため、わずかながら不純物と色むらが出来るように。
居宅内の険悪な雰囲気も影響しているのだろう。深呼吸をしても心細いからか、呼吸が荒くなり、集中力が続かない。
クラーラはジルケディアに謝罪する。
「も、申し訳ありません……」
「だったら、もっと良い宝石を作りなさい! この役立たず!!」
「申し訳……ありません……」
「男爵家の人間って本当に駄目ね! お金が無いと心に余裕も無くなるわ。条件の良い働き口でも見つけたのかしら? お金が無いから、あの元宮廷魔術師も黙って消えるなんて恥ずかしい真似ができるのでしょうね。お父様に拾ってもらった恩を忘れて!」
「そんな……」
ハンナ様は宮廷魔術師だった方。
短い間だったけど、とても立派な方だったわ。
ご自身も苦しい立場でありながら、今まで何度も助けていただいたもの。
ジルケディアの手には、自身の名前が図形化して彫られた金の印章があった。貧しいお前には買うこともできないだろうと言いたげに、自慢するようにして持っている。
クラーラの字を真似ることができるようになっても、自分で直接、名前を書いて『制作者名義』を設定することは許されていなかった。
印章を使用し続けているのは、途中で変更するのは不自然だから。それから、名前は人生で一番、書き慣れているので、ふとしたきっかけで本来の字の癖が出るかもしれないと、シュワルツ伯爵が危惧したためだ。
「知らないのね。お父様が仰っていたのよ。『鉱物の方の宝石は買えないから身に着けられないだろうが、法陣結晶の方の宝石は身に着けることができる。自分で作ることができるからタダだからな』って。鉱物の方の宝石も買えないほど貧しいのよ。生きていく上で大事だものね。お金が無いと、あっという間に心も貧しくなるわ」
あら、それは貴方も一緒ね――と付け加える。
ハンナが初めてシュワルツ伯爵家に訪れた時のことを言っているのだろう。
シュワルツ伯爵は肉眼で、鉱物の宝石と法陣結晶の宝石を見分けていたわけではない。
初めから、そのような能力など持ち合わせていなかったのだ。
本当に宝石を、金を生む商品としか見ていないのだろう。
「ほら、早く次の宝石を作りなさい!」
「は、はい……!」
疲労困憊の状態で再び宝石を生成する作業に取り掛かる。
当然、そのような状態で高品質の宝石など生成できるはずもなく、再びジルケディアの怒号が響き渡る。
その怒号は、離れて待機している他の使用人すら怯えるほどだった。
ひたすら謝罪するクラーラに疑問を持つジルケディア。
「貴方、もしかして、わざとゴミみたいな宝石作ってる?」
思ってもみなかった言葉にクラーラは驚き。必死に弁明する。
「いえ! そんなことは、ございません! 少し疲れてしまっただけです! 少しの間だけでも休憩させていただければ、もっと良い宝石を――」
「私のせい!? 私が休憩させなかったから!? クラーラが良い宝石を作らないのが悪いのでしょう!?」
「も、申し訳ありません!」
頭を下げるクラーラ。
ジルケディアはそんなクラーラを無視し、考え込む。
「貴方、王太子妃の選定に参加するつもりではないでしょうね?」
ジルケディアに言われて、思わずビクッと反応してしまう。
選定用の宝石を作ったからだ。まだ、参加するか決めかねてはいるが。
その様子を見て肯定したと判断したのだろう。
「まあ! なんて身の程知らずなの!? みすぼらしい貴方が選ばれるはずがないでしょう!!」
クラーラは頭を下げるながら唇を噛む。
ジルケディアの罵倒は止まらない。
「嫌らしい子! わざとゴミみたいな宝石を作って……やっぱり、男爵家の人間は腐っているわね!」
「違います! 決して、そんなことは……!」
「だったら、確かめてあげるわ」
そう言いながら、ジルケディアは使用人用の部屋へ。
クラーラは止めてもらえるよう必死で懇願し、扉の前に立ちはだかる。
「お止め下さい! お嬢様! お嬢様が想像しているものなど、ございません! 隠しているものなんて……!」
「邪魔よ!!」
ジルケディアはクラーラを押しのけ、部屋の中へ入る。
ベッドのシーツを引っぺがし、枕カバーも乱雑に取り外す。
ベッド横のサイドテーブルの引き出しを取り出し、ひっくり返す。
相部屋のため、クラーラは自分以外の使用人の物を触ろうとしたところを止めた。しかし、ジルケディアは自身より格下の相手に遠慮することはない。制止するように言っても無駄だった。それに、本人は“ある物”を探すことに躍起になっている。
王太子妃の選定に参加するために生成し、隠し持っているであろう宝石を探しているのだ。
クラーラはひたすら懇願しているが、当然ジルケディアは聞く耳を持たない。
ベッド下のトランクを見つけ、開けた瞬間に顔をゆがめる。
しかし、そこにあった物は想像していたものとは程遠かった。
拳の二回りほど大きい宝石。
だが、不純物が大量に含まれており、とても良い出来とは言えなかった。
全体的に薄紅色で色むらも多く、ところどころ黄色や無色になっているところがあった。
一見すると美しい宝石だが、店に並べることなど到底できない代物だった。
拍子抜けしたがジルケディアは納得いかず、更に部屋の中を探し回るが、その不純物と色むらの酷い宝石以外に見つけることはできなかった。
ようやく安心し、笑顔になる。
「なによ、驚かせないでちょうだい。何の価値も無いゴミじゃない。不純物も色むらも、こんなにたくさん! 酷い出来ね」
才能が無いんじゃない?――と宝石をまじまじと見ながら馬鹿にしたように言う。
自身の王太子妃の選定用に宝石を生成させているにもかかわらず、酷い言い草だった。
クラーラは何か言ってやりたかったが、使用人が口答えすることは許されない。
自分の中に渦巻く、怒りや悲しみの衝動を必死に抑え込む。
「はぁ、貴方のせいで疲れちゃったわ。休憩するから、お茶の用意をしなさい」
そう言いながら“何の価値も無いゴミ”を放り投げ、クラーラは両手で床に着く前に確保する。
部屋から出るジルケディア。クラーラが王太子妃の選定に参加しないことを確認できて安心したのだろう、とても上機嫌だった。
その後ろに使用人も続くが、同情してかクラーラの肩や背中を優しく叩きながら部屋を出る。
負の感情で心が満たされているため、使用人の優しさすら気付かないクラーラ。
放り投げられた“何の価値も無いゴミ”を両手で胸に抱き、静かに泣いていた。
その心境はまさに、荒らされた現在の部屋の中の状態と同じだった。




