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 二人は場所を緑豊かな広場に移した。


 そこは短く切りそろえられた草が生えており、寝転がったり、自宅から持ち寄って食事を楽しんだりしている人が多くいた。

 軽食も楽しめるように屋台が三、四店ほど出ており、少し行列ができている。

 大道芸人もいるのだろう、度々、歓声の声が上がっていた。

 緑豊かでちょっとした茂みもあり、小鳥や小動物が愛らしい姿を見せている。


 アルベアトがクラーラに、少しでも気持ちを落ち着かせて宝石を生成して欲しいという配慮だろう。

 王太子妃の選定の決まり、シュワルツ伯爵領での経験を踏まえた上で、この広場へ案内した。


 シュワルツ伯爵領で見ることが叶わなかった宝石生成の瞬間を、間近で見ることができる――アルベアトは、はやる気持ちを抑えられない。


 一方、クラーラは胸に手を当て、精神を安定させるために何度も深呼吸をする。

 気持ちを落ち着かせる際、必ず行うようにしている。この方法はハンナに教えてもらったものだ。宝石を生成する時、いつもハンナがいた。今は、指導してもらった一つひとつが支えてくれている。



 大丈夫。


 何度も宝石を生成して来たのだから……。



 クラーラは使い慣れたメモ帳を取り出し、法陣を書いていく。

 メモのページをめくって書き留めてあることを確認したり、今まで生成に使っていた法陣を思い出したりした。

 しかし、なかなか法陣が決まらない。

 メモが小さいこともあって書き辛い。これでは、アルベアトの魔力に耐えるための強度を上げる文字や数値を書くことが出来ない。数年後に壊れてしまうだろう。

 強大な魔力を宝石が受け止め切れないからだ。

 削れる部分が無いか確認したが、『強度を上げる』以上に重要な要素ばかり。

 少ない文字でできないかを考える。

 悩んだ末、あることを思いつく。


 二時間ほどだろうか、四苦八苦して、ようやく法陣が完成した。

 クラーラはメモを、切りそろえられた草の上に置き、書いた法陣に魔力を流し込む。

 法陣を書くことに二時間もかかってしまって焦ったが、何度も深呼吸して落ち着かせる。

 隅々まで行き渡ったことを確認したら、ゆっくりと浮かび上がらせ、法陣を溶け合わせる。

 一体化させるように丁寧に時間をかけ、結晶化させる。

 両手で包み込み、目を閉じ、完璧に結晶化したことを感じる。


 クラーラはゆっくり両手を開くと、中指ほどの大きさで細長い、無色透明の宝石があった。

 細長くしたのは、その方が握りやすいだろうというクラーラなりの配慮だ。

 法陣に書き込めなかったので溶け合わせる段階で形作ったのだが、自分の思い描いた通りに出来て満足している。

 無色透明なのは、単純に書き込む場所が無かったため、重要度の低い色の指定を省いたからだ。

 回したり、ひっくり返したりして出来栄えを確認する。とりあえず、不純物が無いことに安堵する。


 ふと周りを見てみると、人だかりが出来ていることに驚く。

 宝石の生成を見る機会が無いため、集まってきたのだろう。


「すごい! 私、初めて見たわ!」

「俺も! ああやって作るのか」

「とっても時間が、かかるんだね。もっと感謝して使わないと!」

「むしろ、早いんじゃない? それとも、このお嬢ちゃんが上手なだけかしら?」


 クラーラは褒められることに慣れていないせいか照れてしまう。

 シュワルツ伯爵夫妻やジルケディアは当然と言わんばかりに、クラーラを褒めることは無い。使用人もジルケディアの機嫌を損ねることを恐れてか、表立って褒め言葉を口にすることは、ほとんど無かった。そのため、興奮されるほどのことをしている自覚が無かったのだ。


 追撃とばかりに、アルベアトもクラーラを褒める。


「目の前で、宝石を生成する瞬間を見ることができて感動した! 魔力で光った法陣の文字や図形が、少しずつ溶けていって一体になって……駄目だ! 言葉にできない! 心から尊敬する!」


「わ、分かったから! もう止めて!」


 クラーラは茹蛸(ゆでだこ)のように真っ赤になる。

 赤くなった顔を見せないよう、生成したばかりの宝石をアルベアトに渡す。


 アルベアトは自分のために生成された宝石を両手で受け取る。


「使ってみても良い?」


「もちろんよ」



 クラーラと周りにいた人は、アルベアトの指示に従い、十メートルほど離れたところで様子を窺っていた。



 上手くできていると良いのだけれど……。



 失敗するのではないかと、クラーラは気が気ではなかった。


 アルベアトは宝石に少しずつ魔力を込める。

 すると宝石が光る。魔力の光だ。

 そのまま魔力を込め続けると、アルベアトを包む光の粒の量が増していった。

 アルベアトは宝石に魔力を込めることを止め、少し驚いた表情をする。


 クラーラからは成功しているように見えたが、体調などに変化が無いかを問う。


「どう?」


「これ……」


「?」


 何か不備があったのだろうか――不安になるクラーラだったが、杞憂に終わる。


 今度はアルベアトがクラーラに問う。


「魔力が放出せずに自分に流れてくる……これは一体……?」


「宝石が受け止め切れない分の魔力を、アルへ戻すようにしたの」


 宝石が魔力を受け止め続ければ数年で壊れてしまう。

 しかし、メモ帳に強度を上げる文字や図形を書き込む場所が無い。

『強度の数値』だけではない。魔力が籠らないよう放出するにしても『受け止めた魔力を放出する命令』、『魔力の放出の仕方』思いつくだけで、これらを書かなければならない。

 複雑な分、不純物が発生する可能性も出てくる。


 ならば、受け止めきれない分をアルベアトに還元すれば良い。

『強度の数値』、『受け止めた魔力を放出する命令』を設定した場合と同様、宝石の寿命が格段に延びる。宝石の内部に魔力が籠らないからだ。

 その場合は『使用者にそのまま戻す』の一文で済む。

 触れていれば、そこから持ち主に戻る。

 魔力を戻すために流す道が塞がれていれば壊れる可能性があるが、あの様子だと支障は無いだろう。

 更に、アルベアト自身も魔力を消耗することはない。

 自身に魔力が還元されるので、大体どのくらい流していたか身をもって把握することができる。


 クラーラが悩んだ末に思いついた工夫はこのことだった。



 以前、アルベアトに訓練として渡されていた宝石は、宮廷魔術師か、それに匹敵する術師によって生成されたものだろう。

 それほど高度で緻密に生成された宝石を壊すアルベアトは、一体どれほどの魔力を内在しているのか――



 アルベアトは心底、感動したように褒める


「君は天才だ……」


「褒め過ぎよ」


 クラーラは、再び自身を褒めるアルベアトに苦笑いする。


 アルベアトは掌で宝石をコロコロとさせながら、クラーラにあることを聞く。


「こんなに高品質な宝石を生成させる腕があるのだから、王太子妃の選定に参加するのだろう?」


「え?」


 クラーラは考えたこともなかった。

 今まで、ジルケディアのために宝石を生成するよう命令されていた。そのため、自分が王太子妃の選定に参加するなんて想像すらしていなかったのだ。


 アルベアトの言葉を聞いて、周りも参加するよう勧める。


 周りに推されて、王太子妃の選定に参加する気になってきたクラーラ。

 しかし、思いとどまってしまう。



 私は旦那様の不正に加担している。


 そんな私が、王太子妃の選定に参加する資格なんて無いわ……。

 今だって、自分の保身と実家のために、アルにそのことを打ち明けられずにいるのだから。

 打ち明けたとしても、証拠がないのだからアルが信じてくれる保障なんて無いもの。

 それに、会場には宝石を生成する才能に恵まれたご令嬢がたくさんいるはず。

 お嬢様も参加される。

 当然、王太子妃に選ばれるのは、たった一人。


 もし、自分が選ばれなかったら……。



 クラーラは下を向き、呟くように言葉を口にする。


「私には……無理よ……」


「どうして、そんなことを言うんだ? もっと自信を持てば良いのに。こんなに素晴らしい宝石を生成することが出来るのだから」


 クラーラの事情を知らないアルベアトは自信を持つように助言し、周りもそれに同調する。


 それでも、頷くことはできなかった。


「私には無理なの!」


 大声を出した後、ハッとして周りを見る。

 突然の大声に、周りは驚いたような表情をしていた。


「ご……も、申し訳ありません!」


 クラーラは驚かせてしまった人たちに謝罪をし、走って、その場を後にする。



 忘れてた……アルは王太子なのに……。

 それに、あんな恥ずかしいことをしてしまった!

 ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!



 走っている最中でも、心の中で繰り返し謝罪していた。

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