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声の主を認識して驚くクラーラ。
「お、王太――」
「シー」
大声で自分の正体を言われそうになり、人差し指を唇に当てるアルベアト。
クラーラは慌てて、自身の口を両手で塞ぐ。
王太子がこの場にいることが知られたら大変なことになる。人だかりができるだろうし、命を狙う輩だって集まってくるかもしれない。
考えなしに『王太子』と口にしそうになった、軽率な行動をとる自分を深く反省する。
いくらか落ち着きを取り戻し、謝罪する。
改めてアルベアトを見ると、公の場で見るより髪が少し乱れているし、変装として眼鏡をかけていた。服装も新品のように綺麗だが、落ち着いた色と装飾の少ないものを選んでいるせいか、平民に偽装できていた。
周りは市井に王太子が降りてきているはずはないと思っているのだろう、誰もこの青年が王太子――アルベアトと気付いていない。
クラーラが気付いたのは、最近シュワルツ伯爵領に視察に訪れていたからだろうか。
なぜ、王太子殿下は平民の格好で市井に降りてきているのでしょう。
国王陛下の教育方針なのかしら?
少し心配だけれど、近くに警護の方がいらっしゃるはず……よね?
クラーラはアルベアトに謝罪する。
「申し訳ありません。このような場にいらっしゃるとは思いもよりませんでしたから……」
「お気になさらないで下さい」
アルベアトが、自分に敬語を使っていることに違和感を覚えるクラーラ。
敬語を使うことを止めるようにお願いする。
「あの、私に敬語は不要でございます。ですから、もっと気楽に会話なさって下さい」
「ありがとう。実は、いつ敬語を止めようか考えていたんだ。君も敬語を止めてもらって良いから」
「い、いいえ……!」
没落するのも時間の問題だと囁かれている男爵令嬢の自分と、この国の王太子が街で会い、会話しているだけでも恐れ多い。
クラーラの頭の中はひどく混乱している。
アルベアトはクラーラが悩んでいたことを思い出す。
「そういえば。先ほども悩んでいたけれど、何かあった?何でも……と言うわけにはいかないけれど、僕にできることがあったら遠慮なく言ってくれ」
アルベアトの言葉を好機と捉えたクラーラ。
「あの! 実は――」
シュワルツ伯爵の不正を告発しようとした。
しかし、そのことを言葉にすることはできなかった。
自分が不正に加担したことも同時に告発することになるからだ。
これは伝えなければならないこと。
たとえ、不正を証明できなくても。
すでに多くの人を騙している。
ずっと、王室の者に告発する機会を望んでいた。
だが、いざ機会が訪れると何も言えない。
告発すると実家に迷惑がかかる。
脳裏に浮かぶのは、実家にいる家族の笑顔だった。
最終的にクラーラは口を閉ざし、保身を選んでしまった。
急に黙ってしまったクラーラを心配するが、アルベアトは複雑な事情があるのだろうと、深く追求するすることはなかった。
しかし、放っておくことはできない。
「もし良かったら、僕の用事に付き合ってくれないか?」
「え……でも……」
ありがたいお申し出だけど、良いのかしら……。
罪悪感に押し潰されそうになるクラーラをよそに、お願いするアルベアト。
「僕を助けてくれると嬉しいのだけれど……」
そう言い、アルベアトは自身の背後に視線を移す。
そこには、若い女性数名があちらこちらで頬を赤らめながら、アルベアトに熱い視線を送っている。
クラーラは察した。
いくらアルベアトが平民に偽装していても、顔立ちの整っている男性。王太子であることに気付いていなくても、声をかけることを望む女性は、たくさんいるだろう。
要するに、女除けが欲しいのだ。
それに、クラーラは既にアルベアトが王太子であることを知っている。
正体を知らない他の者に頼るより、正体を知っているクラーラに頼む方が得策であると考えたのだろう。
「承知いたしました。私がお役に立てるのであれば」
「ありがとう」
アルベアトは感謝の言葉を口にする。
「君のことは、どのように呼べば良い?」
「どうぞ、『クラーラ』と……」
「じゃあクラーラ。僕のことは『アル』と呼んでくれ」
「承知いたしました。『アル様』ですね」
「いや、僕も『クラーラ』と呼ぶから、僕のことも『アル』と呼んでくれて良いよ。今は“平民”だから、お互い統一しよう」
「そ、それは、できません!」
親しい間柄でもないのに、王太子を名前――しかも、愛称で呼ぶなど不敬罪にあたる。
「せめて、敬称を付けることをお許し下さい」と、クラーラは激しく懇願した。
その様子を見たアルベアトは心底、困ったように言う。
「困ったな……敬称無しで呼んでくれないと、僕の正体が周囲に知られるかもしれないな」
「う……」
「見た目は“平民”なのに敬称を付けられると、疑問に思う人が出てくるかもしれない。『平民なのに、どうして“様”が付いているのだろう』って」
眼鏡をかけているだけの変装だから、もしかしたら正体を知られるかもね――と付け加える。
「うぅ……」
そう言われると、従うしかない。別に敬称が付いているからと言って、特段に疑問に思う者はいない。
しかし、王太子との会話で緊張していることもあって、頭が上手く回っていないのだろう。
クラーラは小さく「今回だけ、そのようにお呼びいたします……」と口にした。その言葉を聞いたアルベアトは再び感謝する。
「じゃあ、行こうか!」
アルベアトはクラーラに手を差し伸べる。
「は、はい……!」
クラーラは戸惑いながらも、差し伸べられた手を取る。
これは人助け――そう何度も自分に言い聞かせながら……。




