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「それでは、ここでお別れしましょうか」
人通りの多い通りで、ハンナはクラーラに別れて行動しようと提案する。
なぜか、今生の別れのような気がした。
別れてしまったら、すぐに、いなくなってしまいそう――そう感じてしまうほどに……。
「タウンハウスにお戻りになりますよね?」
「……」
クラーラは確認するが、ハンナは何も答えない。
逃げるつもりなのだ――そう確信する。
「お元気で。ハンナ様に祝福がありますように」
咎めるようなことはしない。
お互いシュワルツ伯爵家では苦労した。
恩義はあるだろうが、我慢の限界なのだろう。
痛いほど気持ちが分かるクラーラ。
「クラーラ様も幸多からんことを……それから……」
ハンナはクラーラへあることを最後に教える。
「希望を持ち続けて下さい。持ち続ければ必ず道は開けます」
更に付け加える。
「私が授業で教えたことを思い返して下さい」
肯定はできなかった。
辛い状況に身を置いているせいか、希望を持つことができない。
お互いに相手の幸せを願いながら、クラーラとハンナは分かれる。
人通りが多いせいか、すぐにハンナの姿は見えなくなった。
なぜか、言いようのない不安感に襲われる。
王都のタウンハウスに移ってから、初めて散策しているクラーラ。
シュワルツ伯爵家の者に遭遇することを恐れているため、ビクビクしている。
しかし、機会を活かすべきだと考えていた。
せっかくの機会なんだから、旦那様の不正を訴えるべきよね。
でも、私の生家は男爵、旦那様は伯爵。
手を回されたら、とても太刀打ちできない。
それに、訴える前にシュワルツ伯爵家の方と会ってしまったら、どんな仕打ちを受けるか……。
私の実家だって危ないかもしれない。
国王陛下がいらした時は不正を訴えることに必死だったけれど、私も旦那様の不正に手を貸してしまっている。
このことが知られたら……。
ハンナ様に相談していれば……いえ、あの方に相談しても駄目だったかもしれない。
あの方も私と同じ男爵出身。
その上、旦那様に恩義がある。
もっと、根本的な問題もある。
訴えるとして誰に不正を訴えれば良いの?
もう、王室の方にお会いする機会は無いだろうし、伯爵位以上の貴族の方になるの?
でも、訴えたとして奇跡的に信じてもらえても、その方は善人ではないかもしれない。
また、利用されるかもしれない。
その方がシュワルツ伯爵と懇意なら連れ戻されるかもしれない。
そもそも、鑑定は筆跡のみ。
お嬢様は私の筆跡を真似していらっしゃる。
果たして、信じてもらえるかしら?
いくらか解消されたとはいえ、異常な環境に身を置いていたクラーラは正常な判断ができないでいた。
人に酔ったからか、考え事していたからか、疲れたクラーラは広場にある噴水の縁に腰掛ける。
街にいる人を観察していると、周りは楽しそうにしていた。
その中でクラーラは異質だ。
貴族にもかかわらず、実家が貧窮しているので質素な服しか持っていない。そのため、溶け込んではいたが暗い表情をしているせいか、どこか違和感を感じる。
クラーラにとって直近で楽しい思い出と言えば、魔術の勉強――特に宝石の生成についてだ。
実家ではできなかった勉強が奉公先で叶った。
そのことについては、雇ってもらった恩も含めてシュワルツ伯爵に感謝している。
これが、ハンナの言う『希望を持ち続ければ必ず道は開ける』と言うことなのだろうか。
しかし、宝石の名義を偽っていることについては罪悪感に苛まれる。
「実家の方は大丈夫かしら……」
思わず口から、こぼれ出る。
クラーラは実家にいる家族や、わずかに残ってくれている使用人について思いを馳せる。
奉公に出されることになった日、家族から沢山の餞別をもらった。
父親からは、クラーラが幼い頃から気に入っている鉱物の宝石図鑑を。
母親からは、クラーラの誕生日の時期に庭に咲いている花の栞を。
弟と妹からは、クラーラが奉公先でも幸せになれるよう、お祈りを。
使用人からは、クラーラが奉公へ向かう馬車で食事が取れるよう、好物のたくさん入った軽食を。
すべてクラーラのためを思ってのことだった。
それなのに私は……私の行いで実家が更に窮地に追い込まれるかもしれない。
旦那様の不正に、私も手を貸してしまっていることが知られたら?
自分の不甲斐なさに情けなくなる……。
多くの人を騙していると理解しているが、一番の気がかりは実家についてだった。
膝に置いていた手で拳を作り、涙を堪えるため、唇を噛みしめる。
その時だった
「どうしました?」
自分に話しかけられたクラーラが声の主を確かめように、顔を上げる。
「暗い表情をされていたので」
この国の王太子、アルベアトだった。




