血の匂いのする村。人は居ない。
夕飯はカレーだ。
久しぶりに妹が作ってくれたカレーは少し血生臭いけど、コクがあって最高だ。
「にしてもカレーなんて何時振りだろうな」
「前に食べたのは半年程前でしょうか?」
食べながら話すのは行儀が悪いと知っていても、それでも口が動く。そしてもう一口、カレーを食べた。
このカレーを作った本人。妹は、左腕に包帯を巻いている。
「大丈夫か、左腕。痛く無いのか?」
「まだ治っていなくて。心配に及ぶ程では」
「にしてもちょっと生臭いな」
「久し振りに作ったので……火加減を間違えてしまいまして」
「でもコクがあって旨いぞ、最高だ」
「もうあれから二ヶ月ですが……」
もう思い出したくもない。ダンジョンの帰りだ。
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『洞窟』
何世紀か前に発見されてから未だに制圧された事の無いダンジョン。
内部は鍾乳洞が出来ていたり、凍るほど寒い空間が出来ていたり、溶岩が噴出していたりと、字面だけでも危険なのが分かる。
深部に行けば行く程手強い奴が潜んでいて、最深部に向かった者は影も無く消されている。うちの両親もそれに含まれている。
奴らにはこちらの話も通じず、見つかると途端に襲い掛かって来る。奴らが洞窟から出てくる事が無いのがせめてもの救いだ。
『ハンター』
ダンジョンを攻略する者の名であり、奴らを滅ぼす者の名前だ。
その『洞窟』に、俺は妹のリリアと潜り込んでいた。俺は剣を振り、リリアは魔法を操る。
「【剣技:金剛の刃】」
「ヴガアアァァァァァ!」
「【氷結:アイス・クォーツ】」
「ヴアアァァァァァ!」
目の前の猪、そして狼が断末魔を上げる。その慟哭が洞窟内に響き、腹の底まで震える。
この程度の奴の相手など容易い。問題は更にその奥、『名も無き魔法使い』だ。
奴らの中で唯一人間の言葉が話せるのだが、中々の強敵である。次々に手下を召喚して戦うのだ。
顔は愚か、姿も何かで隠されているのでその素性を知る者はいない。
「クソッ!守りが硬すぎる!」
「兄さん!集中してください!」
「分かってるって!」
「だったら口より手を動かしてください!」
いくら取り巻きでも向こうの数が多すぎる。何か方法は無いのか、と考えている内にどんどん数が増え、いつの間にか包囲される程の数になっていた。
「動かしてるだろ!その上で包囲されてるんだろ!」
「一つ言います!そろそろ私も魔力がキツいです!」
「「「楽しそ~うに喋る余裕はあるのか。中々手強いな、貴様ら」」」
奴が何人もの声が重なったような不気味な声を発する。その声には一部嫉妬も含まれている気がした。
が、突然手下の召喚が止まった。
この隙を見逃すまいと俺は魔力を使い、渾身の一撃を放つ。
「【剣技:地獄】!」
持っていた剣が燃え上がる。持っている魔力を全力で注ぎ込む。
頭がクラクラしてきた頃には、炎は俺の腕を焼き切りそうな勢いで燃え盛っていた。
「喰らいやがれ!」
手に持った剣を全力で投擲し、三半規管が機能しなくなった俺はバランスを崩す。
「「無駄な。【防御:障壁】。……?ぼ、【防御:障壁】!……あっやば魔力無い!」」
恐ろしい筈なのに、そんな拍子の抜けた声が聞こえた。
「仕方ない!今日はこれで帰してやる!」
奴は認識阻害の魔法が解け、声質が分かる程に魔力が減っており、このまま共倒れになるかと思われた時、何かが俺に向かって投擲された。足元がフラついた俺は避ける事も叶わない。筈だった。
「兄さんっ!」
近くで魔法が発動する。魔力の流れを感じ、直後それが何の魔法なのか認識することも無く気絶した。
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「————!————!」
誰かの声がする。それに何だか——
熱い。
「あっつぅ!?」
あまりの熱さに飛び起きると、リリアが俺の耳元に火をかざしていた。
「あっ、起きましたか」
「お前サイコパスかよ……」
「違いますが」
ボッ、と言う音と共に火が消え、正常な温度の感覚が戻って来る。
辺りを見渡す。そこは『洞窟』では無く、近くの草原で寝かされていたことに気付く。時刻はとっくに夕方だった。
「あいつは?」
「……逃げられました。魔法石で。魔力の反応すら無かったです……」
「では俺は何故……?」
「私が運んだんですよ!大変だったんですからね!」
リリアはそう言って頬を膨らせた。
「帰りますよ、今日はしてやられました」
「……そう言えば、大丈夫か?何か変なところは無いか?」
「あぁ、魔法石ですか?特に変な所は無いです。恐らく兄さんだけが対象だったのでしょうか」
「まぁ、大丈夫ならいいんだが……」
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帰り道。
帰り道。
帰り道。
いつも通る小さな村までやって来た。草原の殺風景な平面とは違い、少なからずこの空間には温度がある。
道に屋台が並んでいたり、数は少ないが人の往来がある。
「すみません、ちょっと私……」
「あぁぁ……待ってるわ」
リリアが公園の方に行くのを見て俺はその場で立っていた。
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十分が経った。
俺はその場から離れ、屋台の方に向かった。
お金はあるので、軽食でも採っていこうと思った。
「お、今日も来たねー。元気?」
「ええ。元気してますよ。ところでおばさん、イカ串一本頂けますか?」
「私これでも二十歳なんだけど!?」
「はい。綺麗ですね」
「何急に。気持ち悪い」
そしてイカ串が渡される。ここまでが一つの流れだった。
「お代は200メナだよ」
「相変わらず高いですね」
「安いんだが!?」
代金を渡し、イカ串を渡された。
早速それを一口、食べようとした。
食べようとした。
とした。
フヒュッ
風を切る音と共に、何かが顔面スレスレを高速で飛翔し、持っていた串が叩き落された。
「!?」
ジャキ
そのまま剣を抜き、後ろを振り返った。
誰もいない。何かが飛んできたであろう方向には人がおらず。
周りの人がただ急に剣を抜いた少年に困惑しただけだった。
フヒュッ
もう一つ、音がした。
「……ぇ?」
誰かの声がした。
俺は高速で俺に向かって、
飛翔する何かを叩き落すべく、
剣に力を込めた。
「ッ!【剣技:——」
もう一つ。
音がした。
「あ゛あ゛っ……!」
後ろから声がした。
屋台のお姉さん。
ナイフが二本、
右肩とお腹に、
刺さっている。
そしてもう一本が
左胸を貫き
屋台のお姉さんは
忽然と
姿を
消した
「少年が危ない!」
すぐ傍にいたハンターの三人組が一早く状況を把握し、
俺を背に囲うように剣を抜き、杖を振るった。
一人の魔法使いが叫んだ。
「【探知】!……何かが飛んできます!」
「叩き落とせ!」
フヒュッ
飛んできたナイフがハンターの剣に弾かれ、
少しだけ軌道を曲げて地面に突き刺さる。
「このままでは無理だ!速すぎる!」
「なら障壁を張れ!」
「こんなの結界じゃないと無理です!【防御:結界】!」
四人を囲むように結界が張られる。
空気が張っていて、少し窮屈さを感じる。
「これなら……!?」
「また飛んできます!今度は大きいです!」
ヒュッ
と言う風を切る音で、
結界を突き破った。
槍だった。
「——嘘、だよね」
と声を残し
体を貫かれた瞬間
彼女は
無に
帰した
「マズい、結界が!」
彼女の力によって張られていた結界が、
みるみるうちに消えてゆく。
「来るぞ!守れ!」
剣を持った男が叫ぶのに呼応して、
ヒュン
何かが
飛んできた。
彼は剣を構え、防御の姿勢を取る。
「——冗談だろ」
矢がブレードを貫いて、
鎧を貫いて、
彼の首に刺さった。
もう二発が、
彼の両脛に突き刺さる。
彼は剣を取り落とすと、
神速のナイフが心臓を。
前から後ろへと貫いた。
直後そこには
虚無が
広がって
いた
「お前ら、何処に消えた……!」
残された女の剣士は悲痛に叫ぶ。
次も、やはり何かが飛んできた。
それは目視できた。
先程よりも圧倒的に遅い速度で飛んできた。
魔法石だった。
「そんなもの!」
彼女はそれを叩き落とした。
「は?」
剣先で、
氷と水晶が爆発した。
彼女はその破片に
刺され
何処かへと
姿を
消し去った
「……そ、そいつに!近寄るな!呪われている!」
突如野次馬が叫んだ。
瞬きをする。
次の瞬間、
姿が
無い
一人
また
一人
彼方へ
き
え
る
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辺りがすっかり藍色になった時、俺は目を醒ました。
「ハハ、夢か」
辺りを見渡す。そこは草原では無く、近くの村で寝かされていたことに気付く。時刻はとっくに夜だった。
ここはいつも通る小さな村だ。草原の殺風景な平面とは違い、血が舞って、人が殺された空間だ。
そう言えば、リリアは生きているのだろうか。
公園まで歩くと、
傷だらけ、血だらけのボロボロの状態で一人、リリアが寝こけていた。
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あれから二ヶ月が経ちました。
兄さんは最初食べ物も喉を通らなかったのですが。
私が隣で支えている内に、前程とは言いませんが元気になりました。
今日も、今まで通り邪悪な奴らを殺しています。
家からは一歩も出ていません。
あの村にはもう人が居なくなったそうです。
この村もいずれそうなるでしょう。
「まだ治っていなくて。心配に及ぶ程では」
傷ならとっくに治っている。
これは自分で切った傷。
邪悪な奴らを殺し、兄さんには血を捧げる。
これほど幸せなことは無いでしょう。
「にしてもちょっと生臭いな」
「久し振りに作ったので……火加減を間違えてしまいまして」
はじめてのほらー。
これほらーなの?
たぶんちがうよね。
さすぺんすだよね。