虹の向こう
初の連続投稿二日目です。
昨日から見て頂いている方はありがとうございます。今日初めてという方は、あまり長くないので前の話からお願いします。
明日もあります。よろしくお願いいたします。
「――」
「――」
遠い向こうで音がする。
それは、悲鳴のような、でも悲しいような、
「――よ!」
絶叫のような、
「晴世!!!!」
友人の声だった。
「……ん、」
僕が目を開けると、そこには、千夜の顔のドアップだった。
「よかった!!!目覚めた!!」
「千夜…?」
千夜は少し安心したように、顔を離して、ほっと一息ついている。
「そうだよ」
「あれ、確か僕らって…?」
ふと、顔に少し不快な風を浴びる。そのあとに、ざざーんと本来ここではしないはずの音が聞こえた。
「ん?」
僕は少し違和感を覚えて、音がした方向、右に顔を向けると、そこには海があった。
「なぁ、千夜。」
「何?」
「なんで、海があるんだ?」
「それは哲学的な質問だね、晴世。海はそもそも……」
「あぁ、そんな哲学的なことを聞いたわけじゃないんだ。――僕らの市には海はなかったよな?」
「――そうだね。間違いなく、なかったよ」
「じゃあ、僕がおかしくなったわけじゃなかったんだな、よかった」
「そうだよ。それにしてもここはどこだろうね?」
確かに。体を起こす。どうも、砂浜に寝ていたらしい。服が砂だらけだ。立ち上がり、砂を払い、固まった体をほぐしつつ、ついでに、周りを見回す。
右手には、遠くの方に何か建物が見え、もう少し先の岬の方には、灯台のようなものが見えた。翻って、左手の方向に目を向けると、森林が広がっており、その合間を縫うように、これまた大きな建物が見えた。
くるりと回り、後ろを見ると、ただただそこには森林が広がっていた。
「さて、千夜」
「なんだ、晴世」
「建物が二つ見えるわけだけどさ、どっちに向かう?」
「そうだな。どっちも結構遠そうに見えるからなぁ」
「個人的には、あっちが気になるんだ」
そういって、僕は左手に見えた建物を指さす。
「そうか、じゃあそっちにしよう」
「じゃあ行こうか」
そういいだすと、二人で歩きだした。
「なぁ、千夜」
「どうした」
「ここ、どこなんだろうな」
「虹の先だってことしかわからないなぁ」
「そうだよなぁ」
僕らは、多分ここのことをもう少し詳しく知る必要があるのだろう。その時間があるかは別として。
歩きながら右手を見る。千夜の先には、静かな入り江がたたずんでいる。ざざーんと、波が寄る音がする。
「なぁ晴世」
「なんだ千夜」
「神崎はさ、ここのことを知っていたのかな」
「んー、どうだろうな。でも思い出せないって話をしてたからな。多分覚えてないんじゃないかな?」
「それもそうか」
千夜は少しほっとしたような声を出した。
少しの沈黙が落ちる。実際、来てみてこんなところかといった感想しか出ない。もっと何か特別なことが起きるのかと思っていたけれども、これじゃあ海に旅行に来たのと変わらないじゃないか。
「そういえば、千夜。この砂浜、少しも熱くないね」
「いわれてみればそうかもしれない。どういう理屈なのだろう。不思議なこともあるもんだね。」
「さぁ、そういえば思ったよりも砂浜だというのに日差しも強くない」
「そうだね。そういえば」
訂正。この砂浜は少し特別な砂浜なのかもしれない。
「なぁ晴世。君は、この世界どう思っているのか聞いてもいいかい」
「どうした千夜、藪から棒に。そうだなぁ、少し不思議な世界だなぁとは思うけどさ、いやまぁ、ワープ自体不思議なことなんだけどさ。」
「まぁそうだよな。僕が思うに、この世界は鏡か何かの向こう側の世界だと思うんだよね。理由というものは特にないんだけど、なんとなく直観でさ。そんな気がする」
「そっか。それなら、アリスでも出てくるかな?」
僕と千夜は顔を合わせて笑い合った。
そんなことを言い合いながら、僕らはひたすら歩いた。
三十分ほども歩いただろうか?やっと見えてきた。
「やっぱり、車両の倉庫かな?」
僕がそう言うと、千夜は軽い口調で言い返してくる。
「いや、僕は整備基地と見たね」
二人とも、どこからともなく走り始める。かすかに土がめくれる。
20秒もしたら、建物の入り口らしきところについた。
「大きなもんだな」
「まぁ列車かなんか入れてるところだろうからね」
あいにくと、大きな鉄門には南京錠がつけられていて、開きそうもなかった。
「ここからじゃ、入れそうもないね」
「手分けして探そうか」
千夜がそう提案してくる。
「そうだね。一周して探すのとんでもなく時間がかかりそうだ」
そういって、僕と千夜はお互い逆方向で回り始めた。
しばらく建物を見ながら歩く。海に近いため、トタンの外壁は少し赤さびていた。その下の、煉瓦の部分は作られたときにきっちり作られたのか、ひび割れとかはなさそうに見えた。
そうやって歩いていると、入り口のようなものが見えた。周りに比べたらかなり新しい扉ですりガラスの扉とでも言えばいいのか。
「さて、どうしようかな」
千夜を呼んでくるか、それとも中に入るか。
「うん、どうせ回ってくるだろうし、先に入ろうかな」
そう呟いて、僕は中に入った。
中は、雑然としていた。入ったところは勝手口なのか、上には緑色の蛍光灯で、非常口の文字がさんさんと照らされている。靴を脱ぐところはなかった。そのため、悪いとは思いつつ、土足で上がることにした。
しばらく、歩いているとカン、カン、カンと鉄を叩くような音がする。
気になってそっちの方向に向かって歩いていく。
そんなに時間がかかることもなく、音の元にたどり着くことが出来た。
男が一人、ハンマーをふるっていた。その後ろ姿に見覚えがあった。
「あれ………………父さん…………?」
僕のそのつぶやきは、音の合間に口の端からこぼれたのか、ハンマーを叩く手は止まり、男はこちらを振り向いた。
「晴世?」
そこには、半年前に失踪して僕の父、此 安曇がいた。
「父さん!!!」
「晴世!!!」
僕は父に向かって突撃していった。
「ごふ」
勢いあまって父のビール腹に突撃してしまった。
「父さん、行方不明でいきなり消えるなんてひどいじゃないか。母さん、ずっと寂しそうにしてたよ!ちゃんと帰ってあげてよ!!」
「すまんなぁ」
父は少し困ったように笑う。
「次からはもっと気を付けて帰れるようにするよ」
「本当だよ!気を付けてね。…………あれ、そういえばここで何しているの」
「機関車を直しているのさ。これが中々直りそうもなくてな」
「あれ、」
僕はふと疑問に思った。
「どうした???」
父がこちらを見てくる。
「いや、なんか疑問に思ったんだけど。忘れちゃった」
「そうか。まぁそういうこともあるよな」
「さて、父さんはこの機関車を直さなきゃいけないんだ」
「なんか手伝おうか?」
「うーん、そうだなぁ。じゃあ手伝ってもらおうかな。恥ずかしい話、どこが問題で動かないかもわからないんだこれが。」
そうして、僕と父は一緒にここ数か月、父が失踪している時の話をしながら、点検をしていっていた。そうすると、エンジンと足回りがダメになっていることが分かった。
ダメになっている、といいつつ、エンジンが壊れている個所はなく、単純に部品が欠落している、それだけのことだった。だから、エンジンはすぐに直すことができた。
「父さん、足回りはどうしようか」
「うー-ん、車体を浮かせて取るしかないのかなぁ」
「と言っても、浮かせるのって大変だよ」
「なに、あれを使えばなんてことはないだろう」
そういって父さんが指さしたのは、クレーンだった。
「じゃあ、少し浮かせて来るから少し待ってなさい」
そういうと父さんは歩いて運転室のほうに行ってしまった。
なんだか、いやに素早く修理が進むなぁ。父さんって、仕事、なんだったっけ…?
あれ、父さんって、整備員の仕事をしていたわけじゃないよね…?
ガーっと、クレーンの音が鳴り響く。
「よいっしょっと。晴世、準備できた。足回りを変えようか。」
そう言われて、とりあえず動き始める。
足回りの作業も順調に進み、すぐに終わった。
僕は父さんの言葉を思い出す。
直し方がわからない…?
嘘じゃないか。僕が来たらすぐ直った。
「晴世、試運転と行こうじゃないか。乗って」
父さんが、列車に乗り込み、僕もその横に乗る。
「ねぇ、父さん。」
「ん?」
「父さんの仕事って、なんだっけ?」
「………………整備士だな。」
「ならさ。なんで今まで作業が進まなかったの?」
「なんで、家に帰ってこなかったの?」
「かぁさん、ずっと待ってたんだよ?」
「父さん、僕ね。今日は千夜と一緒に来たんだ。虹の足元には宝物があるって話を聞いたから」
「ねぇ、父さんさ、本当は整備士じゃないよね」
「本当は、虹の足元に宝物はなかったのかもしれない。なんでここにいるのかわからないよ。ここは現実なの?夢なの?ねぇ、父さん。答えてよ」
それまで黙っていた父さんがしゃべり始めた。
「そっかぁ、晴世、よくわからないままここに来ちゃったのかぁ」
「そうだね、ここが現実かどうか。それはね、晴世。君のほうがよくわかってるんじゃないかな」
少し、息が詰まる。
「まだ……か。」
「それより、父さんはなんでいなくなっちゃったの」
「そうだなぁ、晴世にはまだ難しいかなぁ」
父さんは苦笑いしている。
エンジンが声を上げ始めた。
「そうだね。どこから話そうか。まぁ最初からだろうね。」
どこからともなくけたたましい音が鳴り響く。
「この列車は、時空号。空をまたにかけて走るように、皆様に快適な旅をお届けいたします」
「次は、鳴き砂海岸」
「まず、父さんはね、整備士じゃないよ」
「そして、ここは現実だよ。まごうことなきね。完膚なきまでに、絶対的に」
「まぁ、父さんがどんな職業かは、どうでもいいんだ。そう、しがないサラリーマン、ということにしておこうか」
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