ドンマイです王子様
異世界召喚されて、なんやかんやあって最終的に帰れるようになっても元の世界に帰らずに異世界に留まる……という事象が度々見受けられるようになったのは、もうずいぶん前の事だ。
例えば異世界に行く事で異世界の神が新たな世界の住人としての恩恵――スキルを授けるなどでその世界を襲う脅威を退ける手段を得られるだとかの案件が爆発的に増えた。
例えば勇者召喚。
例えば聖女召喚。
そんな感じで異世界の存在は今では普通に知れ渡っている。
とはいえやはり異世界。そう気軽に行き来できるものではない。
呼び出して、そちらでやるべき事を終えたのちに帰るための儀式を行い帰って来る。
異世界の存在が明らかになった当初はそれはもう世界中大いに荒れたけれど、今では割と当たり前に受け入れられていた。
元の世界を捨てて向こうで暮らす、という場合であっても元の世界に連絡くらいは届ける事ができる。
とはいえそれも頻繁にというわけではなく、帰るための儀式を応用して限られた回数しか連絡が取れないのだが。
まぁともあれ、異世界の存在は既にこちらの世界でも当たり前のものであった。
姉が異世界に聖女として召喚されたのは三年前だ。
異世界召喚されたという根拠は簡単だった。目の前でいきなり姉が消えたし、なんならその足元にはいかにもな魔法陣が展開されていたのだ。
その頃にはもう異世界に召喚されたという言葉は別におかしなものでもなんでもなく、だからこそ弟である少年は慌てず騒がず両親のラインにスマホで連絡を入れた。ついでに消える直前だった魔法陣も写真にとってラインで送っておいたので冗談で済まされる事もない。
姉は学生であったけれど、異世界召喚された事で学校に休学届を出す事となった。
帰って来るならとりあえず復学はするだろうし、そうでなければ改めて退学届けを出すしかない。
学歴だとか職歴だとかは異世界の存在が明らかになってからある程度の法改正が行われたので、そこら辺に関しては異世界に行ってしまった姉もきっとそこまで困る事はないだろう。
さて、少年が休日家の庭で母がやってる家庭菜園の様子を見るついでに雑草をむしったりして一仕事終えてリビングで休憩しているまさにその時、目の前の床が光った。
そしてなんだか見覚えのある魔法陣。
自分の足元にないので自分が召喚されるわけではなさそうだな、と判断した少年は冷静にその魔法陣を見ていた。誰かがここにやって来る。
そう思ったのは間違いではなかった。光った後、そこには二人の人物が立っていた。
一人は童話の中から出てきたんですか? と言いたくなるような王子様っぽい男。
そしてもう一人は――
「姉貴」
三年前に姿を消した姉その人であった。
「ただいま」
「帰ってきたのか」
「あ、いや、そうじゃなくて」
時々異世界に残るのではなく、異世界から伴侶を伴ってこちらの世界に戻ってくる者もいるのでそのパターンかと思ったがどうやらそうでもないらしい。
成程、と少年は驚くほどの察しの良さを発揮した。
「わたしね、向こうの世界に残ろうと思って。今回はその、お別れをいいに」
「その、せめて家族に挨拶をと……」
王子っぽい人が言う。
いかにも王子というルックスだから、もっとこう、上からで姉はこちらで引き取る事にした。有難がれ、くらいの発言が飛び出るかと思ったがそうはならなかった。まぁそんな上から目線系の男だったら姉がそもそも恋に落ちる事もなかろうと弟は思っていたので、彼の腰の低い態度は別に驚くものでもない。
両親は生憎今日は仕事が休みだったが、先程出かけてしまったのでじゃあお別れの言葉とか動画に撮っとくかな……と思い少年はそれを姉に告げた。
姉はスマホ……そっか、あったねそんなの、とどこか懐かしそうに言っている。
その反応から姉が行った異世界にはそういうものがないのだろう。
というか、異世界召喚されて向かう先の世界は大体剣と魔法の世界が主流だ。テクノロジーが何か凄い所、とかはそもそもそういった召喚というものは技術自体が廃れてしまっているのかもしれない。
異世界の存在が明らかになったとはいえ、何もかもが明らかになったわけではない。
とりあえず充電した状態のスマホを手に、あ、と少年は声を上げた。
「そういえばさ姉貴」
「なによ」
お別れを言いに戻ってきたが、あまり長く留まれるわけじゃない。言いたい事があるなら手短にね、と言われたので弟もこくんと頷いて、スマホを操作して少ししてから画面を向けた。
てっきり動画を撮るのか、と思いきや違った。
「姉貴が前にハマってたスマホゲーあるじゃん」
「懐かしい……」
向けられた画面に映っていたのはまさにその画面だった。
弟は一度その画面を自分に向けてまたもやちょこちょこと操作して再び見せる。
「姉貴の推し実装したって知ってた?」
「はぁ!? え、マジで!?」
「マジマジ。見てこれガチャ10連で来たのこれ」
「は!? うわわわわホントだ。えっ、実装? どういう流れで!?」
「姉貴が召喚されてってから割とすぐに新章公開されて、そこでちらっとゲストキャラ参加したのち、去年追加された新章で実装された。そこでのメインだったんだよな」
「えっ!?」
「いや、凄かった。色んな意味で凄かった。ネットの創作サイトとかそういうのでもまー、姉貴の推しがこれでもかと取り上げられててイラスト漫画小説の二次創作が一斉にあがってたわ」
「えっ……!? え?」
「あと、こいつ、姉貴が推してた時点ではまだ声とかついてなかったけど、実装された時の声優さんが姉貴がこの人だったらいいのにっていうまさにその人で」
「えぇぇぇぇええええっ!? 何それ神じゃん!?」
「あとさ。姉貴が買ってた漫画あんじゃん。あれ半年前に完結して先月最終巻出たんだけど」
「えっ!?」
「あと、三か月前にアニメ化した。来年には劇場版が公開されるしその後二期やるってよ」
「はわわ……」
「そういや姉貴が崇拝してた同人作家さんが推しキャラメインの同人誌出してたし、漫画の方も同人出してたっけ」
「えっ、あの神が!?」
「姉貴がいないからどうしようかと思ったけどイベント行く事になったからついでに買っておいたけど」
「え、神じゃん」
「姉貴の部屋の本棚にそっと潜ませてある」
「え、何それ見たい」
「購入者特典で先に中見たけど凄かった。語彙力がメルティングする」
「はわわ」
「ギャグとシリアスとで何冊かあるけどシリアスの方がもう涙なしでは語れない」
「え、え……神の作品でシリアスとかそんなん泣くに決まってんじゃん……」
「あとさ」
「まだあるの?」
「あるよ、そりゃ姉貴いなくなって三年だぞ。姉貴が好きって言ってた漫画家さんが新連載始めてそっちも近々アニメ化するし、某スポーツ漫画は舞台化するって話だし、姉貴がこの漫画家さん絶対ブレイクすると思うって言ってた読み切りのやつ、あれも連載化したしそろそろアニメ化が囁かれてた別の作品はアニメ化したついでにソシャゲ化もしている。それからあとえーっと、あ、そうだ姉貴が毎回買ってたシリーズもののゲーム作品も新作出てたわ」
「えっえっえっ」
「あと姉貴の本棚でずっと残ってた小説、あれ作者がもう新刊出す気しないんじゃないかって言ってたやつ。あれね、あれも新刊でた」
「えっ!?」
「何かまさしく神が下りてきた、みたいな状態だったらしくて続きから新章突入して今最終章雑誌で連載してる」
「マジか!?」
「まぁそれはさておき、お別れメッセージどうぞ。動画の準備できたからいつでも撮れるぞ」
言ってスマホを構えると、姉はすんっと表情をなくした。そしてくるりと背後にいた男へと向き直る。
「王子。私、やっぱりそちらには残れません。元の世界に帰ります」
「なっ!?」
「王子がこちらの世界に来る、というのであればまだしも、それはできないのでしょう?」
「それは……私にも国民と言う背負うべき存在があるので」
「私も、王子の隣に立って国の行く末を見守りたかったけれど、それよりももっと前から見守ってきたものがあったんです。たった三年で忘れてしまうなんて、情けない話ですけど」
「……本気、ですか?」
「はい。この気持ちを抱えたまま戻っても、きっと後悔する。そうしたら、折角好きになれたそちらの世界の何もかもを恨んでしまいそうだから」
「決心は……固いのですね」
「ごめんなさい。多分どっちを選んでも後悔する。でも、だからこそ後悔の少ない方を選びたいんです」
「…………貴方の気持ちはわかりました。悲しいですが、それならば私一人で戻りましょう。さようなら、愛しい人。せめて、貴方の行く末が幸福でありますように」
とても儚い笑みを浮かべて、異世界の王子は消えた。魔法陣ももうどこにもない。
かくして三年前異世界召喚された姉が帰ってきた。
「二次元には勝てなかったか……王子、ドンマイ」
「いやあんたの一連の発言が無かったら私向こうに戻ってたけどね」
「スマホのない生活が三年続いてそっちに慣れたからってのもあったんだろうけど、現実を突きつけた結果がこれかぁ」
「現実っていうか、推しラッシュだよね?」
「むしろたった三年異世界にいただけで忘れてたのか?」
「ぐ、それを言われると……いやでも向こうそういうのないもん。ないのに思い馳せてばっかだと禁断症状出るでしょ。一時的にでも忘れておかないと私の精神が悲鳴を上げてしまうでしょうよ」
「イケメンとの結婚と天秤にかけるものだったか?」
「冷静に考えたら王族の仲間入りとかしきたりとか面倒そう。その点二次元の推しはそういう面倒がないし」
「両親から姉の婚期を奪ったと叱られやしないかと今更怯える自分がいる」
「問題ないわ。むしろ私がこっちに帰ってきたのよ。あんたは褒められる事をしたの。胸張んなさい」
胸を張るにしても、姉をこちらの世界に引き留めた内容が二次元関連というだけで途端に難しく思える。
いや、もっとこう、家族の絆とかそれっぽい事があれば良かったんだけどそういや姉の好きなあれこれに進展あったな、ってのを思い出して教えただけだ。それがまさかの効果抜群だったというだけの話であって。
「向こうの世界でもソシャゲとかスマホとかあれば良かったんだけどね」
「その場合王子二次元のキャラに嫉妬しない?」
「たかが絵に嫉妬するような器の小ささ見せつけられたら冷めるわ」
「むしろその場合姉貴がドン引きされない?」
「そうかもねー」
けらけらと笑う姉に、弟は一先ずラインを立ち上げた。
そして出かけている両親へメッセージを送る。
姉さんが帰ってきました、と。
ちなみに姉はこの後自室へと戻り本棚に潜ませておいた同人誌を読んでシリアスの方で泣いた。
両親が帰って来る頃には推しの過剰摂取でとても幸せそうだった事を記しておく。
そんな姉を横目に、弟は再度呟いたのだ。
「ドンマイ、王子様」
向こうでちゃんとした嫁が来る事を祈っておこう。祈りが届くかまでは知らんけど。