プロローグ
ユヴィデント王国最大の都市「アルカディア」の近郊の丘に一軒の屋敷が建っていた。その屋敷は今では廃墟と化している。蔦は屋敷をおおい、窓ガラスはヒビが入ったものや汚れがこびりついたもの…と、とんでもない有様だった。この屋敷は三年前まではある貴族のお屋敷だったのだ。とある貴族が住んでいた頃はきれいに手入れされていて見るものを圧倒させる素晴らしい屋敷だった。客も毎日のようにこの屋敷を訪れた。悲劇は突然起こった。その日は屋敷に住む貴族の一人娘の誕生日パーティーだったそうだ。たくさんの賓客が招かれ、その中にはユヴィデント王国の王子も参加していたとか。とにかく、その楽しいパーティーの最中に悲劇は起こった。パーティー会場であるその屋敷を暗殺者が襲ったのだ。王子が参加しているのだから当然近衛騎士もいただろう。しかし、たった一人の暗殺者によって屋敷は一夜にして血の海となった。生き残ったのは王子ただ一人だとか。生き残ったというよりも生かされたという表現のほうが適切だろうか。それ以降、その屋敷に住みたいという貴族は現れず、もちろん住む人のいない屋敷をきれいにするような変わり者もおらず。少しずつその屋敷は忘れられていった。
それから三年後。生き残った王子が国王となったときから二か月ほどたったある日、屋敷に五人の探偵達が集められた。
一人 ユーリ・イルドネス
二人 イェルカ・ドゥーネ
三人 リズベット・シェリー
四人 アイリス・ルドイネア
五人 ルドルフ・ヴァイニアス
招待状 五人の探偵達へ
この度はこのようなお手紙を送りつけてしまったことまことに申し訳ございません。まずは自己紹介から。私の名前はオルパトス。今回のゲームのゲームマスターです。よろしくお願いします。さて、皆さん不思議に思っているでしょう。ゲームとは何か?今からその説明をさせていただきます。あなた方五人の探偵達にはアルカディアの近郊の丘に建てられているあの忌まわしい屋敷にきてある謎をゲーム方式で解いてほしいのです。謎というのは三年前にこの屋敷で起こった出来事です。ゲームのルールは以下の通りです。
一 このゲームのことは事前に他人に言ってはならない。
二 この招待状は当日必ず持参すること。
三 ゲーム中は屋敷の外に出てはならない。
四 謎は一人の力では解けない。五人全員の力を使って解け。
五 屋敷には鍵のかかっている部屋がある。鍵を探し出して部屋をあらためよ。
六 謎を解くために屋敷を移動できるのは二時間まで。
七 ゲームは午後7時から午後⒓時までとする。この時間内に終わらなかった場合は依頼未履行とみなし、屋敷ごと死んでもらう。
八 このゲームの参加権は招待状を受け取った探偵のみにある。
九 この招待状を他人に譲ってはいけない。
以上がゲームのルールです。ゲームと謎解きは来週火曜日三月二十二日の夜の七時から開催します。開催場所はアルカディアの近郊のお屋敷です。参加される場合はゲームのルールに賛同なされたものと判断します。参加される場合は招待状を必ず持参してください。
オルパトス
「先生、どうしますか?」
五人の探偵のうちの一人、ユーリ・イルドネスに助手のリリカが恐る恐る尋ねた。
「……」
無言のまま招待状を睨みつけるユーリは何も返事をしない。
「あ、あのー先生?」
しびれを切らしたリリカが再度尋ねると、ユーリはやっと顔を上げた。
「あ、ごめんね、リリカ。ちょっと気になることが書いてあってね。」
ユーリの顔は驚くほどに冷静だ。
「あの、先生。その手紙の内容って。」
リリカが尋ねるとユーリは首を振った。
「この招待状に書いてあることは口外するなって書いてあるから言えないよ。」
「先生って変なところで素直になりますよね。」
リリカが呆れたように言った。
「リリカ。依頼人から口外しないでほしいと言われたことを口外するのは違反だ。君が助手を卒業して探偵になったときも同じだ。」
ユーリがまじめに言う。
「…で真面目な話、その招待状になんて書いてあったんですか?」
リリカは全く信じていないようで小首をかしげてかわいらしく尋ねた。
「言えないって言ってるよね。それに冗談の話なんかじゃない。」
冷たく言い放つユーリにリリカの笑顔が固まる。
「え…?」
ユーリはコートに腕を通した。
「いつか依頼が来るとは思ってたけど、まさかこの時期とはね。リリカ、一週間くらい事務所をあけるからその間の依頼の処理はよろしく。もしかしたらもう帰ってこれないかもしれないから。」
リリカは茫然とユーリを見つめた。
「せ、先生…。冗談ですよね?もう二度と帰ってこれないかもしれないだなんて。私はまだ探偵としては未熟者ですし、何より先生の助手です。まだまだ先生からまなべることは多いと思っています。いなくならないでください!」
リリカはユーリのコートの裾をつまんで小さな抗議をした。
「すまないリリカ。もしかしたら帰れるかもしれない。どちらかというと、帰れる確率のほうが高いと思っている。」
リリカの手がユーリのコートを離す。
「行ってらっしゃい、先生。」
寂しそうに言ったリリカにユーリは微笑んだ。
「行ってくるよ。きっと戻るからそれまでここで待っていてね。」
ユーリは事務所の扉を開けて表通りに出て行った。
「先生、ごめんなさい。私、本当は手紙の内容を知ってる。あの人に伝えなきゃ。先生が危ない。」
残されたリリカは一人でつぶやくと身だしなみを整え、ユーリが周りにいないことを確認してあの人の元へ走っていった。