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雪の夜

「その新ちゃんに呼ばれた」

「今日もかき入れ時やんね。頑張りや」


オーサカくんに見送られて、駅に向かった。特に寒い日だった。混んだ電車は暖かく感じられた。


アヴァロンに入ると、ミサオさんと長倉くんがパーティーオードブルを作っていた。失礼ながら、長倉くんは枝豆をゆでるなど失敗のしようのないものをやっていた。

ミサオさんは、もうちょっとこったものを作っていた。


「まーちゃん、こっちは後でいいから、新ちゃんの準備して」

「はい」


僕は「楽屋」と呼ばれている部屋に行った。


新ちゃんは季節外れに高校の夏の制服の姿でいた。

長い前髪で、顔を隠していた。

初めて会ったときも、新ちゃんはそういう格好でいた。

「ナンバーワンの新ちゃん」と紹介された時、僕はえっ?と思ったが、新ちゃんのショーはそこから始まっていたのだった。

新ちゃんは部屋の隅で、知恵の輪で遊んでいた。僕は、何も気にせず、色紙を切って、花吹雪を作り、それをかごに入れた。

そして、新ちゃんのワイシャツを脱がせた。新ちゃんの素肌がさらけ出される。白い、キレイな素肌だった。

僕はその肩から背中にかけて、タトゥーシールを貼った。


「緊張してる?」

「ううん、してないよ。集中しているだけ」

逆に、新ちゃんに聞かれた。


「昨日、良かった?」

「良いかは分からないけど・・・お金は払ってもらえた」

「じゃあ、良かったじゃない」

僕は新ちゃんにワイシャツを着せてあげると、最後に「おまじない」と言って、新ちゃんの唇の端にホクロを描いてあげた。

「時間になったら来てね」

「うん」


僕は楽屋を出ると、ミサオさんと長倉くんに合流した。ポテトサラダとマカロニサラダ、お刺身のつまを作った。

また、ハムやウインナーを切ったりした。長倉くんはフライドポテトを作り終えると、何個ものグラスを並べた。僕はそこにお酒を注いで行った。


その日は「平成政経大学テニスサークル」と言う団体と、「青雲大学、聖イグナチウス女子大合同フットサルチーム」と言う二つの団体が予約していた。


19時ぐらいから、学生さんたちがやって来た。料理はテーブルにセットし、お酒はどんどん手渡して配った。テニスの方はリンくん、フットサルの方は聖也くんがついていて、ソフトドリンクやフードの注文を受けていた。

だいたい学生さんが揃ったかな、と言う頃、新ちゃんが僕と長倉くんにまじってグラスを配っていた。

だいたい、グラスが行き渡った時、リンくんが音頭をとった。


「こちらのテーブルも、そちらのテーブルも、皆さん、成人おめでとうございます。乾杯の後、アヴァロンの人気ナンバーワンの子が皆さんに一曲贈ります。では、カンパーイ!!」

僕と長倉くんがクラッカーを鳴らす。グラスのカチカチふれあう音。ざわめき。その後、笑い声が起こった。高校生の夏の制服のような新ちゃんが簡単なステージに立った。

僕はラジカセのスイッチを押した。ドラムの音。印象的なイントロ。新ちゃんが伊達眼鏡を女の子たちの方に放った。

髪をかきあげる。女の子たちの悲鳴が上がる。僕も何度見ても、うっとりする。芋っぽい根暗な少年が、ライトの中、妖艶な美少年に変わったのだ。僕は紙吹雪をまいた。


『新ちゃんは石川さゆりの『暗夜の心中立て』を歌います。出来たら、ユーチューブなどで実際に聴いてみて下さい。』



石川さゆりの「暗夜の心中立て」を歌いながら、新ちゃんはワイシャツのボタンを外し、曲の一番目と二番目の間にワイシャツも床に放った。男女問わず、歓声と拍手が万雷になる。

僕は新しいワイシャツを新ちゃんに渡し、着るのを手伝った。

「こっちのテーブル来て!!」と黄色い悲鳴があがったが、新ちゃんの独壇場で、「代表がじゃんけんで決めて」「あたし、じゃんけんで負けたことない!!」「こいつ轟運の男だよ!!」

しかし、じゃんけんで決める以前に二つの団体は、一つになってしまっていて、新ちゃんは真ん中に座った。

「僕も何か飲んでいい?」僕は新ちゃんにカクテルを渡す。


その後は新ちゃんとリンくんと聖也くんが場の中心となって、雰囲気、話を盛り上げ、酒を頼ませていた。


「こいつはさ、完全にこっちがわの住人だよね。下見とか言って二回も来てたもん」

「違いますよ!!」

「二回来る?下見」

「いや、料理が美味しかったので」


それ作ったの僕です、と入ることは出来ず、僕はその子にカクテルを渡した。


その時、ドアが開いた。僕より早く、ミサオさんがカウンターからドアに向かった。白い背広の男と、篠原先生が立っていた。

「雪降ってんで」ミサオさんは白い背広の男のコートを脱がせ、たたんだ。毛皮のコートだった。僕も篠原先生のコートを脱がせ、雪を払った。先生はコートの下は和服だった。


「先生をお願い」と言うと、ミサオさんは白い背広の男と、小さいボックスに向かった。僕はカウンターの中に入ると、先生がいつも飲むウィスキーや、チーズ、ナッツなどを用意した。

「何か召し上がられます?」

篠原先生は僕の作る庶民的な料理、オムライスやパスタを美味しい美味しいと食べて下さった。しかし下さいその日は、「今日はいいよ。しばらく若い子たちを見させて」と言われた。

文学部国文学科に行っている新ちゃんに聞いたのだが、川端康成と言う偉い作家の話に「眠れる美女」と言うのがあって、老人がただじっと美しい女の人を見つめているだけなのだと言う。

「ただ見てるだけ?」「そう、ただ見てるだけ、それが怖いの」と新ちゃんは言っていたっけ。先生も川端康成なのだろうか?


その時、新ちゃんがフラッと席を立つのが見えた。

「先生、ちょっと席を外してもいいですか?」「いいよ」

新ちゃんはドアの外で雪を見ていた。


「なつかしい・・・」


新ちゃんは生まれたところを「京都に近いところ」「北陸に近いところ」「北国」とだけ、言っていた。

「新ちゃん、そんなに薄着で体に毒だよ。中、入ろう」


新ちゃんは素直に中に入ったが、iPadみたいなものを操作して、「これ流して」と言った。『僕はITにも弱い。』

そして、大学生に囲まれながら、座ったままで、ドリカムの「winter song」と大沢誉志幸の「そして僕は途方に暮れる」を歌った。

流石の上手さだった。


しっとりした曲を歌ったのに、盛り上がりはかえって熱を帯びて、終わりそうに無かった。

幸い、煙草や氷をコンビニに買いに行くことも無かったが、飲み物を作って運んだり、篠原先生の相手をしたりしているうちに日付が変わった。


大学生が「オール!!」『徹夜のこと』と言ったが、ミサオさんが胸の前でばつ印を作った。

「安いとこ行こーぜー」とか言いながら、大学生たちは帰って行った。お金もちゃんと払ってくれた。

僕と長倉くん中心に後片付け。新ちゃんとリンくんと聖也くんも手伝ってくれた。


新ちゃんが僕にいろんなおかずを盛り合わせたプレートを差し出した。


「これ、あまり汚れていない、というか、手つかずのものだよ。女子大の子はあんまり食べていなかった」

僕は新ちゃんに一礼すると、プレートにラップをかけた。

僕とママにとっては、余った食べ物は、とてもありがたかった。大学生は意外と良い客だったと言うか、そんなにお店を汚していなかった。

ミサオさんは僕を含めた五人のボーイに紙幣を渡した。タクシー代だった。

「まーちゃん、何から何まで悪いけど、篠原先生、送ってくれない?」


新宿から僕の街までは一万円弱点で、篠原先生は途中の世田谷なのだが、ミサオさんは一万五千円くれた。


「えー、まーちゃん、うち泊まらない?」


新ちゃんが言った。新ちゃんは渋谷に住んでいた。

「新ちゃん、ありがとう。でも二日帰らないと、ママが心配するから・・・」


「俺、代わりに泊まろうか?」

「お前は生々しいからダメ!!」

新ちゃんは聖也くんの手を払った。


とりあえず、僕は篠原先生にコートを着せると、酔っぱらった先生とタクシーで世田谷に向かった。

先生の奥様と僕は顔見知りになっていた。

「すいません。毎度、うちの馬鹿亭主が・・・」

「いいえ、いつもお世話になっています」

奥様に何かの紙箱をいただいた。


家に帰って来たのは午前2時ぐらいだっただろうか?


すぐに眠った。泥のように。

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