健太さん
「入って」
僕はホテルの部屋に入った。立派な部屋だった。
男はベッドに座っていた。
足もとに灰皿があり、何本もの煙草の吸いがらがあった。
僕は何となく、男の隣に座った。
男は思いつめた顔で煙草を吸っていた。僕は何となく、男の背中をさすってあげた。
「俺、どうしたらいいんだろう?」
「えっ?」
「ママさんに言われて、君と会うことにしたけど、どうしたらいいのか分からなくて・・・」
「ぼ、僕も、煙草もらってもいいですか?」
僕は煙草を吸い、急いで考えた。
僕にとっても、こんな経験は無く、どうしたらいいのか分からなかったが、リードをしないといけないのだ。
「あの・・・お名前を教えてもらってもいいですか?僕は田崎学です。源氏名ではありません。本名です」
「学くん・・・俺は健太、須藤健太・・・」
「健太さん・・・」
「学、良い名前だね・・・」
僕の心は痛んだ。
「良い名前ですか?・・・僕、自分の名前、嫌いなんです・・・サトルかシュンスケが良かった・・・」
「そんな名前より、学の方がずっと良いよ」
僕と健太さんは顔を見合わせた。健太さんはゆっくりのペースだが、話し出した。
「この前、兄ちゃんと篠原先生と銀座のお店に行ったんだけど、先生が不機嫌になることがあって、アヴァロンに行ったんだ。その時、君は先生の煙草を買いに行って、俺にも何か買ってこようかと聞いてくれたね」
僕はうなずいた。僕はリンくんに苺ポッキーを買ってきてくれと言われたことの方が心に残っていたけど。
「僕・・・すごく気をつかうんです・・・アヴァロンの他に床屋の仕事もやってて・・・僕は口下手だから、せめてサーヴィスだけは頑張ろうと思って」
「床屋さんもやってるんだ。歳はいくつ?」
「二十歳です」
「じゃあ、この前、成人式?」
「成人式の時は店が忙しいので、行ってないです」
それは、嘘だった。もし、行く余裕があっても、行かなかっただろう。
健太さんは話を少し戻した。
「初めて学を見かけて、気になって、一人でアヴァロンに行ったら、ママさんに今日のことを言われたんだ。すごくいい子だから、絶対大丈夫って」
健太さんの手がスッと僕の顔に伸びた。
「学の顔をよく見せて」
僕はたじろいだ。
「僕のブサイクな顔なんか見ないで・・・」
「いや!!学はブサイクなんかじゃないよ!!」
健太さんは僕を抱きしめた。空気が変わった。
僕は少し涙を流した。
「健太さん、僕は体も心も立場も弱くて、健太さんを満足させられるか分からないけど、好きにして下さい・・・」
健太さんの指先は震えていたが、僕の服を一つずつ脱がせて行った。そして、ついに健太さんの指は僕の下着にかかった。僕は涙ぐみつつ、うなずいた。僕が裸になると、健太さんも荒々しく背広を脱いて行った。僕は緊張で弱っていたが、健太さんは力強くなっていた。
僕は一つだけ健太さんに願った。
「健太さん、シャワーで良いから、お風呂」
「うん」
健太さんに抱き寄せられ、僕は浴室に入った。要領が分からないながら、僕は健太さんの体を洗った。
健太さんが顔を寄せてきた。僕たちはキスした。僕は半泣きで、健太さんに言った。
「健太さん、僕、マンガのように出来ません。口を使ってでも許してくれますか?」
「十分いいよ」
僕は健太さんの熱を口にふくんだ。
そこまでのシチュエーションが健太さんを敏感にさせていたのか、健太さんは意外とあっけなく達した。
僕はまた健太さんの体を洗った。
健太さんは意外と淡白なのか、本当に十分、満足したようで、僕たちはベッドに二人で戻った。そして、僕たちはかたまりあって、眠った。
「健太さんは体格が良いですね。何かスポーツをされていたのですか?」
「ラグビーをやっていたけど、上手ではないよ」
僕は若者の中では貧弱な体格だと思う。
僕は健太さんに包まれて眠った。
それは不思議とそんなに嫌な気持ちでは無かった。
翌朝、僕が目覚めると、健太さんは起きて、びしっと背広を着ていた。
「学、疲れているんだね。ここは12時までだから、もっと寝ていても良いよ」
「いえ、今日、遅番だけど、理髪店もアヴァロンも行かないといけないので、起きます」
その時、健太さんは財布の中から一万円札を三枚取り出した。
「少ないし、包みもないけど、ごめんね」
「少なくないです!!」
「今日、土曜日だけど、会社の用事あるから先に行くね。来月、またママさんに連絡するから」
僕は茫然としながら、健太さんを見送った。
ベッドの中で、ミサオさんと新ちゃんに「大丈夫でした」「大丈夫だった」とラインを送った。
ホテルの部屋はカードキーだった。僕はシャワーを浴びると部屋を出た。
レストランをのぞいたが、バイキング2100円、ちょっとしたパンとゆで卵などが1250円など、僕はそそくさと立ち去った。
そして、○○大学前駅の喫茶店で、パンとゆで卵とカフェラテの朝食をとった。
学生街を歩いて、ぶらぶらしていたら、新ちゃんからラインが来た。
「まーちゃん、今日、ショーやることになったから、夜、手伝ってね」「団体が二組来るらしい」
僕は午後に理髪店に出勤した。また、オーサカくんと一緒になった。
僕はドキッとした。
「まーちゃん・・・やらしいなぁ。昨日と同じ服やなんて、朝帰りやん」
オーサカくんは勉強が出来ると言うタイプでは無かったが、勘が鋭かった。
「いや、昨日、お店の終わるのが遅れて、新ちゃんの所に泊まっただけ」
僕は逆に聞いてみた。
「僕、昨日とどこか違って見える?」
オーサカくんは目を丸くして、僕を見た。
「え?何か違う?」
「う、ううん、別に・・・」
僕も勉強は苦手だったが、図書館でよく小説を読んでいた。そして、巨匠隆慶一郎の本で、「人は初体験をすると、傍から見ても分かるぐらい変わる」と書いてあったが、そうでもないことを知った。
成人式の後だが、客足は多かった。学生だけでなく、年配の人も多かった。
僕は黙々と仕事をしていた。
そうしたら、終わりがけにチーフに呼ばれた。
僕のお店には、チーフ、マネージャー、先生、店長と言う人がいたが、四人の力関係や人間関係は僕にはよく分からなかった。
四人は必ず誰か一人は店にいた。チーフは比較相対的には僕に目をかけてくれている人だった。
「学、今日も頑張ってたね。でも、口が全然動いてないよ。サーヴィス業だから、お客様を楽しませることも頑張って」
僕は少し目を伏せ、うなずいた。僕はお世辞にも明るくないと思う。暗い。だから、手先の技術では他の子に負けなくても、指名も無かった。下手をすると、僕が髪を切っている横で、山鹿くんがお客さんに話しかけていることもあった。
「なかなか性格は変えられないけど、頑張ってね」
僕は小さい声で、「はい」と答えた。
チーフが意地悪で言っている訳ではないことは分かっていたが、こたえた。つらかった。
更衣室で制服の上着を脱いだときに、オーサカくんに話しかけられた。
「まーちゃんも言われた?しゃべりのこと」
「あ、うん」
「俺も・・・でも、しゃべり難しいやんね。まーちゃんの飲食のバイトの友達、めっちゃ、お話上手やったね」
その時、ピロンとラインが鳴った。
上手の新ちゃんからだった。
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