初会
新しい作品。ガラっと変わって、現代が舞台ですが、可愛がってもらえるとありがたいです。
聞いてくれるの?僕の話を。これは僕の話。僕の本当の話なんだ。
月曜日に成人式があった週のはずだったと思う。
僕は理髪店に勤めていて、成人式の前はてんてこ舞いだった。
成人式のあとの火曜日と水曜日は理髪店のお仕事は、お休みをもらった。
でも、「飲食店」のバイトもやっていて、そちらも大忙しだった。
それは、金曜の朝だったと思う。疲れて、寝坊しないように、頑張って起きるとスマホの電源を入れた。あまり、いないけど、友達からのラインにまじって、「飲食店」のママである。
ミサオさんから、仕事の連絡があった。「まーちゃん、今夜、頼みたい仕事があるので、床屋さんが終わったら『アヴァロン』に、顔だして。お店の仕事は長倉くんに頼むから。悪い仕事ではないから」
早朝近くのラインだった。
「分かりました。うかがいます」と返信を送った。
僕は洗面所で顔を洗い、歯を磨いた。鏡に映った僕の顔。とりえがないを通り越して、険がある僕自身の大嫌いな顔。髪の家は仕事、商売で、金色に染めていたが、似合っていなくて、「ちんぴら」と言う感じだった。
僕は牛乳を500mlぐらい飲んだ。
そして、サンドイッチとポテトサラダとミネストローネを作った。『ミネストローネの材料は『アヴァロン』でもらった。』
そこにママが帰って来た。ママは看護婦さんをやっていた。
その日は夜勤明けだったのだろう。
「おはよう、まーちゃん。ただいま」
「お帰りママ。ちょうど朝ごはん出来たよ。食べる?」
「ごめん。寝るわ」
「じゃあ、ラップしておくね。ミネストローネは温めて食べてね」
僕とママは23区の外、中央線沿いの街で暮らしていた。
東京らしくない地味な街でも、さらに郊外の団地に僕たちは暮らしていた。
僕はトーストとミネストローネを食べ、サンドイッチとポテトサラダをお弁当にすると、ゴミ袋を持って家を出た。
ゴミ捨て場には、近所の顔見知りのオバサンが三人いた。「おはようございます」と僕は挨拶したが、無視された。それは、子供の頃から慣れてきたことだった。
むしろ、オバサンは僕の姿に眉をひそめるぐらいだった。僕はゴミを出したあと、蛇口で手を洗った。
自転車で私鉄の駅『それも各駅停車の駅』まで行き、○○大学前駅まで行った。理髪師になるには、いろんな学校の通い方があると思うが、僕の場合は高校の先生が紹介してくれた。比較的大きめのチェーンで、そこで働きながら、理髪師の免許をとるのだった。
その年は順調に行けば、免許がもらえるはずだった。
高校を出た直後は髪の毛のそうじなどだったが、これだけは自画自賛だが、僕は髪を切ったり、デザインを整えたりの技術には、自信があった。
ただし、弱点もあったけど。
○○大学は一応、日本国民ならほとんど知っている有名大学だった。
同僚のちゃらちゃらした男の子達は「こんなFラン大学『レヴェルの低い大学』を出たって、高卒と同じだぜ!!」とかかげで言っていたが、僕の胸はそれを聞くとキリキリ痛んだ。僕はもっとレヴェルの低い大学に行きたかったが、行けなかったのだ。
僕には大学生はまぶしく見えた。
簡単な朝礼のあと、僕たちは店を開けて、お客様をお迎えした。適当にお客様の頭をさわっていたら、山鹿くんと言う子に、「わりぃ、交代してくんねぇ?」と頼まれた。
山鹿くんは派手な髪型に、アクセサリーやミサンガをじゃらじゃらつけている子だったが、それが似合っていて、カッコいい子だった。
僕は山鹿くんと交代した。
「お客様、交代いたしました。田崎学と申します」
僕は、ちょっと太めの男の人をまずシャンプー台で洗髪しながら、ご希望をうかがった。
「everlastingのヴォーカルの浅井ジュネみたいな髪型にして」
「ジュネさんって、よく髪型変わりますよ。月九ドラマの『大きな花束』に出てた時の青色のやつで良いですか?」
「あー、そうそう」
「お客様の髪質と長さだと急には再現出来ないですね。今日、土台を作るので、2月と3月にも来て下さい。それで3月に染めましょう」
僕がカットをやっている間、山鹿くんはニヤニヤしていた。
午後、理髪店で唯一仲良くしているオーサカくん『あだ名』と言う子が来たので、「今日、早く上がっても良い?」「ええよ、何かあるん?」「飲食のバイトに呼ばれた」「金曜日の夜やもんね。ええよ。頑張ってね」とやり取りし、○○大学前駅から急行で、新宿に行った。
新宿にはたくさんの飲食店があるが、僕の勤める「アヴァロン」と言う店も、その一角にあった。そんなに大きいビルではないのだが、バーのママであるミサオさんが、オーナーらしかった。だから、店はそんなに流行っていなくても、存続出来ると言われていた。
水商売の店が本格的に動き出す17時より前だった。
アヴァロンのドアを開けると、ママのミサオさん、ボーイの新ちゃん、長倉くん、リンくん、聖也くんたちが軽い飲み物を手にしていた。
そして、毎晩来ている白いスーツの男がいた。
その男とミサオさんは四十代ぐらいだろうか?
ミサオさんは、一応、男性。このバーはいわゆるゲイバー、オカマバーだった。
ボーイたちはみんな街中に紛れこんだら、他の男の子と区別出来ないような風体だったが、ミサオさんは女装とかはしていないのだが、女性らしさがにじみ出ている人だった。
髪はちょっと長く、ゆるくパーマをかけていた。顔立ちは十人並みだが、どちらかと言うと、童顔で品があった。煙管をよく持っていた。
ミサオさんは僕が入ってくると、立ち上がった。
「何か飲む?」「じゃあ、何かもらいます」
ミサオさんはサザンカンフォート『と言う酒』をグラスに注いでくれた。
「どう言ったらいいんだろう。二、三日前とか一ヶ月前に言っても仕方ないから、ズバッと言うけど、客と寝てほしいの」
僕は目を大きく見開いた。僕はその時、二十歳だった。そんなにおぼこだった訳でもない。同性愛の男性が出入りする店で、水商売をやっていたら、こういうこともあるかも知れないと言うことは分かっていたつもりだった。しかし、ブ男の自分が、そんな声をかけられることもないだろうと思っていた。
僕の中をいろんな感情がぐるぐる駆け巡った。
「僕なんですか?新ちゃんや、リンくんや、聖也くんでなく」「そう、あなたで間違いない」
ミサオさんは煙管に火をつけた。
「篠原先生と来てたサラリーマンの人、覚えていない?」
篠原先生は「アヴァロン」の常連のおじいさんだった。けっこう有名な大学教授らしく、僕は見たことないけど、新ちゃんによるとTVやラジオにも、よく出ているらしかった。チップをよくくれるので、嫌な人では無かったが、しょっちゅう来ているので、一緒に来ていると言われても、戸惑った。
だいたい、僕は「アヴァロン」でも、席でお客さんとお酒を飲んだりするのではなく、料理をやったり、雑用をやったりしていた。
「嫌やったら、帰って来ればええ」
白い背広の男が、背を向けたまま言った。ミサオさんは、それに言葉を継ぐように言った。
「○○ホテルの○○号室にいるから、訪ねて。向こうの希望すること、犯罪以外ならしてあげて。3万円もらえる。次回以降は二人で相談して決めて」
いい加減と言えば、いい加減だったが、僕もいろんないきさつがあって、ミサオさんにひろわれたので、不平は言えなかった。
「僕、相手の人分かるよ」
ナンバーワン人気の新ちゃんが、トランプを切りながら言った。
普段の新ちゃんは長めの髪で顔を隠していた。
「僕でも思った。この人、まーちゃん好きなんだなって。ずっと気にしてたもん。大丈夫そうな人だったよ」
新ちゃんはこんな店にいるが、頭が良かったし、性格も良かったので、僕は信じることにした。
「もういらっしゃるんですか?」
「ええ、タクシー呼ぼうか?」
「いえ、大丈夫です。歩いて行けます」
新宿は小さい街とも言えるが、広いとも言える。「アヴァロン」のような小さい店もあれば、高級デパートや高級ホテルもある。
その高級なエリアに行った。建物の姿だけはよく見かける高級ホテルのロビーに入った。もっと良い服で来れば、良かった。フロントの目を避けるようにエレベーターに乗った。
○○号室の前で、緊張しながら、チャイムを押した。どれぐらいの時間がたっただろう。ドアが少し開いた。少し顔を見せた男性には確かに見覚えがあった。五十代ぐらいなのかも知れないが、大柄で、ハンサムな人で、若く見える人だった。