私の旦那は嘘つきだ
この物語はフィクションでございます。
夫婦って難しいですよね。駆け引きとかあったり。
奥さんや旦那さんは嘘をついていたりしませんか?
その嘘はあなたを傷つけるような嘘でしょうか?
短絡的な判断ではなく、相手が何を考えているのかを考えたいですね。
「お互いの支えになれると思うんだ。」
私が旦那と結婚することを決めたセリフ。
彼の上司であった私は、当時40歳にして独身で、彼との結婚は考えてもいなかった。
言い方は良くないが、チームメンバーとして可愛く頼りにしている部下の一人にしか過ぎなかった。
仕事人間の私に出来ることは、仕事と家で待つ母の世話位なものだった。
自慢になるが、仕事では私の評判によって商談が成立したことが何度もあった。
他者からの信頼はあったと思う。
天職だと思ったことも何度もある。
それとは対照的に、元々病弱な母の世話は地獄だった。
仕える事と書けば母の世話は仕事といえなくもないが。
私が35歳の時、実家に帰ると母の性格が一変していた。
母は料理好きがこうじて出来た友達からは嫌われ、郵便物は散乱し、貯金も半分近く使ってしまっていた。
私はなるべく優しく話を聞こうとしたが、ひっぱたかれてしまった。
今までそんなことは無かったのに。
脳に出来た腫瘍のせいだと分かったのは、母が暴力的で我慢が出来ない性格になってから5年目の事だった。
手術は成功し、性格も穏やかになったが、後遺症が残ってしまい一人では生活が出来なくなってしまった。
私は現実を目の当たりにし、一人になることが近いことを考えてしまう。
私のお手本にしてきた、自立した女性の未来が後遺症に悩まされ、家族に支えられないと食事すら満足に取れない。
家族に支えられるならまだいい。
私はどうなのだろうか…。
母がいなくなってしまったら私は一人だ。
母にはなんとか元気でいてほしい。そのためならお金は稼いでくるし母の世話もしっかりと見る。
そう誓ったのだが、母はあっさりと逝ってしまった。
手術から半年ほどは頑張っていたのだが、食事の用意でキッチンに行っている間に亡くなったようで、声をかけても、手をさすっても起きてくれなくて。
今日は眠りが深いと考えていたのだが、そうではなかったのだと悟った。
私は放心状態だった。
ついにこの時が来てしまった。
私は一人になった。
私だって恋愛くらいはしていたよ。
しかし、結婚することが重荷だとしか考えていなかった。
仕事以外の時間で誰かのことを気にかけるなんてまっぴらだった。
だが、それは同時に、誰からも気にかけてもらえないということだと気付いた。
母が亡くなることで気付くのは遅いのだろうか。
私はもう手遅れなのだろうか。
職場には事情を話し、母を送る。
葬儀の手配やら何やらの記憶はそんなにないが、正しく送れたようで良かった。
骨壺に納まったまだ温かい母をこの手で運び、墓に収める。
急なことで、今は集合墓地の一角に収めてはいるが、そのうち私も入れる墓を買おう。
帰路に就いた私は、泣くことしかできなかった。
母には悪いが、母がいなくなって寂しいから泣いているわけではない。
母の世話の必要がない分、体は楽なもんだ。
私が泣いているのは、私の未来が真っ暗だから。
怖くて仕方がない。
震えが止まらない。
母ももういない。
残り香はあれど、私がこの手でお墓に収めたのだ。
お化けなど信じてはいない。
私は一人になったのだ。
その現実が恐ろしかった。
電気をつけることもなく、数時間、数日泣きはらし、職場に復帰する。
仕事は良い。
考えることが一つに絞られる。
今まで飲み会も程々にしていたが、母のいない家に帰ることが苦痛で仕方がなかった。
世話をすることが苦痛に感じたことさえあったのに…。
私は初めて飲みつぶれてしまった。
そんな私を介抱してくれたのが旦那だ。
彼は私をタクシーに乗せた。
私は強引に彼をタクシーに引きずり込み、一緒に家に向かった。
初めて勤務時間外でパワハラを言ったのだ。
「これは上司命令よ!私の家に来なさい!」
勿論私は「命令よ」なんて言葉は一度も言ったことは無かった。
異変に気付いた彼は、大人しくついてきてくれた。
彼は「あの時の君は弱かった。小動物より、どんな生き物よりも弱かった。一人にするべきではないと思ったんだ。」とか言っていたかな。
私は家の片付けをしていなかった。
空になった介護用のベット、真新しい仏壇。
気付かない方がおかしい状況だろう。
私は家に着くなり泣き始め、そのうち大声で喚き散らしたようだ。
その時の記憶はないが、妙に納得できた。
その位、私は打ちのめされていた。
震える私を抱きしめ、大声で喚く私を優しくを宥め、疲れて寝るまで側にいてくれた。
その次の日、私と彼は遅刻をした。
久しぶりにぐっすりと眠れたような気がした。
私の心の穴を埋めてくれた彼には感謝したが、そういう関係を望んでいたわけではない。
私は40歳で、彼は29歳なのだ。
彼には未来があるだろうし、こんなおばさんが相手にされる道理はない。
ありきたりだが、実際そう思うものなのだ。
だが、彼は次の日も私の家に来た。
しかも掃除道具を持って。
「お疲れ様です!掃除しに来ました!」
私の介抱に遅刻、そのまま仕事をこなし一度自宅に帰った後、私の家に来たのだ。
疲れているに違いない。
玄関先で断るが、口がうまいのを忘れていた。
彼はタクシーの名刺をひらひらさせながら、こう話す。
「昨日の飲み会でお金使いすぎちゃったんですよ。なんででしょうね?」
私は何も言えなくなり、家に上げることにした。
しかし、掃除してもらうことはできない、そう伝えたのだが、彼はさらに続ける。
「そう、お金!今月分が心もとないので、掃除代くださいね!いくらにしましょうか?」
営業たたき上げの彼に流され、任せることにした。
ものの2時間ほどで様変わりをした部屋は、かなりすっきりしていた。
「僕、掃除業者だったことがあって、あと、引っ越し業も経験してるんですよ!」
母の介護用のベットが畳めることを知らなかった。
電動式だし、購入したときは業者の方に持ってきてもらったから。
部屋の隅から隅までかたずけられ、タンスやら冷蔵庫やら、炊飯器の場所まで変わってしまった。
どこから持ってきたのか知らないが、彼はアロマキャンドルに火を灯す。
「家に帰りたくなかったんなら、帰らなくていいと思います。ですが、こうして模様替えをして、匂いを変えることで、別の空間として使うことが出来ます。少しずつでも、替えていきましょう。」
40歳のおばさんをあんまり泣かすんじゃないよ。
大人げなく大声で泣いてしまった私の頭をなでる彼。
私は人生で初めて乙女な言葉を言った。
「責任とってね。」
「上司命令ですか?」
「私のお願い。」
「わかりました。その前に、掃除代10,000円になります!」
私は思いっきり彼の太ももをひっぱたいてやった。
彼との仕事は2年も続かなかった。
彼は転職することが元々決まっていたらしい。
条件が良かったので賛成したが、彼に会う時間が減ることに参っていた。
そんな私に「サプライズ!」と言いながら満面の笑みで大きな段ボール箱を開封する彼。
「これからは一緒に住もうか。その方がお互いに助かるでしょう。」
私は涙もろくなった自分を再確認しながらも嬉しくて仕方がなかった。
しかし、彼はどうしてここまでしてくれるのだろうか。
彼は言葉では好きだと言ってくれてはいるが、一人になる恐怖心は簡単にはぬぐえない。
彼のことは信じてはいるが、どうしても恐怖が支配する瞬間が訪れる。
彼はそれを察知して優しくしてくれる。
だが、一緒に住むからには円満とはいかない。
あるとき大喧嘩の末に彼が出て行ってしまった。
近くのコンビニに行っていることはわかっていたが、母が亡くなったときの気持ちがぶり返し、膝を抱きかかえて震えることしかできなくなっていた。
あの体験がトラウマになっていることを初めて自覚した。
私の心の穴。
一人になる恐怖心の克服など出来てはいなかったのだ。
母が亡くなっていることに気付かず、母の手をさすっていた事
母が亡くなったのを理解し、放心状態になったときの事。
母がいない家に帰宅し、寂しさではなく、恐怖心でいっぱいになった事。
昨日のことのように思い出す、孤独への恐怖心を。
声を出そうとしても声が出ない、抱えた膝に跡がつくくらい力いっぱいに締め付け、その苦しさで自分がまだ死んでいないことを自覚する、地獄のような時間。
ただただ耐えることしかできず、これが私なのかと、キャリアを積んできた私が出来ることは自傷行為しかないのか。
この痛みがなくなったら私はどうなるのだろうか。
思いつめた私は、彼が帰ってくることを祈ることすらできなかった。
玄関の扉が開かれるも、硬直した私の体は簡単には動かない。
異変に気付いた彼は喧嘩中だというのに、私を優しくさすってくれた。
まるで母の手をさする私のように。
落ち着いた私は素直に謝った。
彼もまた、素直に謝った。
彼はどうだか知らないが、私は彼がいないと生きてはいけない。
そのことを改めて認識した私の自惚れを恥じた。
彼は私の側からいなくなることは無いと、どこかで胡坐をかいてしまっていたのだろう。
「僕らはお互いにまだ知らないことがあるんだな。」
そうして彼の嘘が始まった。
まず、現状から、私の方が収入が上であることを話した。
しかし、彼の話では年齢から最終的には彼の方が収入が多くなる日が来るという。
老後には金銭面で心配をかけないようにするらしい。
何か考えがあってのことなのだろう。
現状の話が重要なので、この時点では詳しくは聞かなかった。
私からは、子供は望めない事を話した。
私は高齢出産を望んではいない。
リスクと幸せを天秤にかけるわけではないが、自信がないのだ。
これにはお互いに同意だった。以前にも何度か軽く話していたからね。
考え方の違いから、生活の違いに関しても私から細かく話した。
洗濯物の畳み方の違い、各部屋の掃除の仕方、キッチンの使い方に至るまで。
彼はしっかりと考えながら聞いてくれた。
そして時折否定を挟みながらも、大体は理解したようだった。
次は彼の番だが、彼は病気についてを話し始めた。
今の上司が腸炎になったそうで、お見舞いの際に「そろそろお前もそういう年齢だ。」と言われたようだ。
人間はある程度年を取ると病気がちになる。
医療が発達する前の人は30歳から50歳くらいでなくなっていたというのだから、人間はそういう仕組みを持っているのかもしれない。
そして、彼の友人も軒並み病院のお世話になっているらしい。
がんに侵され、亡くなった友人もいるらしい。
彼自身もいつか病気になるのではないかという心配はあるそうだ。
そんな話は初めて聞いた。
「僕はいつでも元気だよ!」
そう言っていたのに、弱気な発言をするとは考えもしなかった。
弱音を吐く彼を見て、今まで以上に人間味を感じた。
私は彼のことをもっとよく見るべきだと思った。
そして私の番。
私としては、恋人気分になれない事を話した。
彼は時間を見つけて、アクティブなデートスポットに連れて行ってくれる。
優しいエスコートもしてくれる。
嬉しいのは嬉しいのだが、もうそういう歳でもない。
夫婦として、もう少し落ち着いた行動を望んでいる。
私が出来ることは温泉旅行や観光旅行程度で、体験や遊びに使う体力はない。
やはり歳がネックになっていた。
話し合った末、体調管理と自分を知るために、一緒に検査を受けることでまとまった。
私としても彼が病気になったら困るし、心配だ。
もし彼に何かがあったら、私はどうなることか。
そんな私を察してか、彼は最大の嘘を話した。
「僕は君より長生きすることを誓うよ。」
私の方が年齢は高い。だからと言って彼が私より長生きでいる保証はない。
「出まかせを言っても私は安心できない。これからは健康に気を使って、少しでも長生きできるように努力しないと…。」
「そうだね、でも僕の方が10年も若いんだ、君を一人にしないという目標も必要だと思うんだよ。」
「言いたいことは分かるけど、もし、あなたが先に亡くなったらどうするの?」
「君を騙してでも生きるさ。そのためなら嘘つきにだってなってやるよ。」
何を言っているのか理解できなかった。
彼はさっきとは違い、自信満々に胸を張っていた。
2時間に及ぶ長い話し合いの中で、唯一消化できない話だったと思う。
嘘つきは長生きにつながるのだろうか?
数日後には一緒に病院に行き、検査結果も聞いてきた。
彼は何ともなかった。一安心だ。
私は、胸にあるしこりが気になっていたが、問題はないようだった。
医者からは、年に一度検査を受けたほうが良いと言われた。
私は48歳、彼は37歳の事である。
私たちは夫婦として上出来だろう。
喧嘩もするが、大体は仲直り出来る。
出来ないものは…私が折れるか、彼が折れるか。
その時にならないと分からないが。
しかし、時が過ぎるのは早いもので、私は既に時代が進む速度に置き去りにされていた。
プライベートの携帯電話を手にしたのは50歳になってからだった。
当時は通話が出来ればそれでよかった。
しかし、機能の追加が早い。
彼と相談しながらでなければ、プランも機種も決められない状態だ。
結局、私は彼がいれば問題ないと思い、彼に頼りっきりだった。
彼はパソコンも携帯電話も、いち早く新機種を購入していた。
彼は49歳になってもプログラムがどうとか言っていて、メールでやり取りをする私の横でスマホやパソコンをいじっていた。
まあ、彼のおかげで買い物が楽になり、友達とのやり取りも便利になるし、メリットが多いので好きなだけパソコンなどをいじってもらっていた。
私だって仕事でパソコンを使っていたのだから、使い方が全く理解できないわけではない。
彼から少しずつ教えてもらっていたし、携帯もスマホに変えた。
使い方は難しいが、電話が出来てメールが出来る。
私は満足していた。
この時には彼が言った通りで、収入は彼の方が上になっていた。
時間の融通も利くようになったようで、週4日程度の出勤の割にはいい給料だと思う。
私は60歳になって給料は減る一方だった。今は仕事を辞めてパートに出ている。
私の収入が増えると税金関連に影響が出るのだ。
幸い貯金はあるから、切羽詰まって働く必要があるわけではない。
そんなあるとき体調を崩した私は、検査入院のために一週間ほど病院にいた。
やることもないので雑誌を読んだりしていたが、スマホで動画が見れることを看護師に教えてもらった。
おかげで暇を充実して過ごすことが出来た。
それに、彼にも休息は必要だ。
もう何年になるのか、彼はずっと私のことを見てきた。
一週間くらいはゆっくりしてほしいものだ。
しかし、彼は毎日見舞いに来てくれていた。
勿論私を心配しているのだろう。
私は嬉しかったのだが、仕事の上に私の様子を確認するには体力が必要になるだろうし、申し訳ない気持ちにもなる。
「毎日来てくれるのは嬉しいけど、生活必需品はそろっているし、ここでは一人じゃない。あなたはゆっくり休んでいいんだよ。」
「まぁ、そう言わないでくれよ。君なしではご飯が進まないんだよ。」
「私はおかずか何かなの?」
私と彼が夫婦漫才でもすれば、新人賞ぐらいはいただけるのではないだろうか?
息も合っていると思うし、タイミングもばっちりだ。その証拠に彼も笑っている。
この年齢になっても一緒にいてくれることには当然感謝している。
これからもずっと一緒にいてくれるのだと思えば、この世界も楽しめる。
少しくらいの苦労は任せてほしい。たぶん彼もそう思っているに違いない。
検査が終わり、結果を聞いた。
私の胸の小さな腫瘍は悪性ではないらしい。
念のため薬を出すとのことで、問題ないことを聞いて安心できた。
しかし、彼を見た医師は言う。
「旦那さんも検査受けたほうが良いかもしれませんね。顔色が優れないようですし。」
「いえ、今度会社の検診があるので、その時にでも見てもらいます。」
「そうですか、しっかり栄養と睡眠を取ってください。何かありましたら病院にお越しください。」
私はこの時、そんなに気にしてはいなかった。
勿論食事の内容や睡眠時間の相談はした。
ただ、手遅れだったことには気付くわけがなかった。
彼の会社の検診の後、即入院で検査が始まった。
検査後、会社の担当医から話を聞いた。
「旦那さんはがんに侵されておりました。肺がんになります。」
私にはわからないように気を使っていたのか…。
検診時にせき込み、吐血したそうだ。
がんは既にステージ4に到達しており、リンパ節や肝臓にも影があるらしい。
放心状態の私を前に、意外にもニコニコしている彼が目に入る。
「どうやら間に合ったようだ。うまくいくといいけどね。」
どういうことか聞き返すことも出来ず、ただ私は彼の手を握ることしかできなかった。
私は、彼の『間に合った』という言葉に引っかかりながらも絶望に侵され、日々幸せが壊れていくのを感じていた。
入院中は毎日お見舞いに行き、彼と話をしてみるが、長時間話すことはできない。
薬の副作用によって苦しんでいる彼を見るのが辛い。
側にいても何もできない。
苦しみ、のたうつ彼の手を握り返す力が強すぎて、私の左手にヒビが入った。
手の痛みより、彼の苦しみを考えるだけで辛く、見てられない。
かといって彼から離れることなど出来やしない。
無力な私に、私自身が失望していく。
何のために彼との時間を過ごしているのかわからなくなっていく。
彼が遠くに感じる。
このままでは彼が更に遠くに行ってしまう。
少しの話せる時間が愛おしく、辛い。
母に手を合わせ、救ってもらえないか祈り倒した。
神社の祈願や十字架にも祈ってみたりした。
出来ることは少ないが、やれることはやったつもりだ。
優しく私のほほを触れる、痩せてしまった彼の手はまだ温かい。彼は確かに生きている。
涙を流しながら彼に甘える私はどう映っているのだろうか。
彼は好きだと言ってくれる。私だってそうだ。
だが、そんな素敵な彼の言葉が聞けなくなり、以前より唸りが強くなった。
右に左に体をうねらせ、苦しんでいる彼を眺めることしかできなくなった。
彼の手を握ろうと伸ばした手は、看護師に阻止される。
「骨折するかもしれませんよ。危険です。」
「その位で彼の苦しみを和らげられるならそれでいいです!」
看護師も曇った表情を見せる。
分かっている。そんなことをしても緩和できるわけがない。
私は、彼の辛さを共有できないことが辛いのだろう。
何もせずにはいられないが、何もできない。
結果として、彼は苦しみながら亡くなった。意識は無いに等しく、唸り声を上げるだけだった。
その唸り声が静かになったときに、医師が時間を確認した。
私はまた、一人になった。
彼の最後の言葉は『間に合った』だった。
やはり記憶には残らなかったが、彼の葬儀は滞りなく行われた。
彼の携帯電話の契約は、念のため半年ほど維持するつもりだ。
彼の交友関係に詳しいわけではないから、亡くなったことを知らない方もいることだろう。
やることの殆どは葬儀屋がやってくれた。
墓地に墓を用意した。小さな墓だが、急きょ用意した割には立派なものだ。
私もここに入りたい。彼と一緒にしてほしい。母のお骨も移しておきたい。
彼のあたたかな骨壺を抱え、惜しむ私を静かに見守るお坊さん。
この時ばかりは誰も急かすことはできないだろう。
彼に対しての、最後の甘えだった。
はるかに軽くなった彼と私の魂の一部を先にお墓に納め、自宅に帰る。
今、私は彼の使っていた枕を膝に抱え、一日が終わるのを待っている。
私の寿命が終わるのはいつになるのだろうか。
そんなことを考えながら、テレビもつけずにただひたすら、時が過ぎるのを感じている。
彼のことを思い出すと胸がいっぱいになる。
その後喪失感を感じて死にたくなる。
そういえば、引っかかった言葉もあったな。
『間に合った』
彼の最後の言葉がぐるぐると頭の中で回っている。
何も間に合ってないのだが、何が間に合ったのだろうか。
そう考えていると、私の携帯にメールが届いた。
半ば条件反射のように、離れた携帯を眺める。
私の精神はメールの確認すらしたくないようだった。
着信音はそのうち静かになり、携帯がちかちかと一定間隔で光る。
その光を眺めながら、再び時間が流れていくのを待っていた。
私は生きている。
生きていると腹が減ったりするもので、簡単なものを適当に食べる。
ついでに一定間隔で光る携帯を拾い、メールを確認する。
件名には"今後の説明"と題されていた。
送信者は彼からだ。
亡くなった彼が私にメールを送った?
私の全身に電気ショックのようなものが走る。
早速メールを開いた。
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このメールが届くということは、僕は先に亡くなったんだろう。
体調不良を感じた時に、この計画を思い付いた。
といっても、映画の受け売りだけどね。
僕は君のためにこれから嘘をつく。どうかその嘘を信じてほしい。
それが君と約束したことだ。僕は君よりも長生きすることを誓うと。
僕は地元の支店に単身赴任になる。
いつ帰れるのかは分からないが、待っていてほしい。
それまでは、家のことは任せるよ。
じゃあ、またメールします。
体調に気を付けてね。
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メールを読んだ私は困惑していた。
亡くなった彼からのメールで、一方的に彼が誓った約束。
以前から突っ走る性格ではあったが、ここまで突っ走るとは。
何度も同じ文面を読みなおした。
『またメールします。』ということは、更にメールを送るという事。誰かに頼んだのだろうか?
混乱した私は、彼との今までの会話からヒントは無いかと探すことしたが、時々思い出していた『間に合った』くらいしかなかった。
しかし、彼が使用していたパソコンを開いた時に合点がいった。
私の名前のフォルダが作成されており、その中にメッセージがあった。
『君はメールを受け取った後、ここを見ることになるだろう。そう、僕がプログラムを使用して動かしている。何もせずにパソコンをしまってくれないか?楽しむことも大切だよ。』
そうか、彼はこれを構築していたのか。
私は素直にパソコンを閉じた。
そこから私は変わっていった。
部屋を片付け始めた。
まだ手抜きだが栄養を考えた料理も始めた。
今まで自分だけのためのことはする意味がないと考えていたが、彼のおかげで少しだけ出来るようになっていった。
最初のメールから一週間して、彼からメールが届いた。
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おはよう。
単身赴任で慣れない環境に、忙しくて連絡が少ないこと、申し訳ない。
なんとか時間を作ってメールだけでもと思ってね。
こっちでは久しぶりの一人暮らしに四苦八苦しているよ。
家電はあらかじめそろっている社宅なんだけど、古い建物で隙間風に悩んでいるんだ。
エアコンも古いから、今度変えてもらえないか相談してみるよ。
じゃあ、またメールするね。
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妙にリアルな内容で笑ってしまった。
彼の書く文章に安心する。
また、何度も同じ文章を読む。
そのうち彼に合わせるように考え、彼の部屋の片づけを始めた。
段ボールに彼の生活用品を詰めて、彼の衣類も片づけた。
本棚から、彼が何度か読み直している本を段ボールに移す。
デスクの上に置かれている作業に使用しそうなものをまとめて段ボールに移す。
その段ボールを押し入れの奥にしまって、隙間だらけの本棚と片付いたデスクを見て、何となく単身赴任に行ってしまった雰囲気が感じられた。
落ち着いた後にまたメールを読み返すと、少しだけ現実味を感じられた。
これが私の新しい趣味になっていくことを感じた。
これでいいんだろう。彼の文章が愛おしく感じられ、彼に会いたい気持ちが大きくなる。
そのうち私は泣き崩れていた。
彼は単身赴任中で、会いに行ったら彼の仕事の邪魔になるだろう。
確かドラマではそういうシチュエーションがあった。
私も自分にそう言い聞かせてみた。
この手で納骨を済ませたというのに、彼に合わせることで私の中で新しい生活が構築されていく。
変な感覚だが、悪い気はしない。
彼とままごとをしているような、こそばゆい感覚。
ああ、この感覚がもう少し続きますように。
彼の『嘘つき』が少しわかった気がした。
彼が単身赴任に行って3週間目。
次のメールが届いた。
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おはよう。
ようやく仕事も理解し、支店の人間関係の隙間に入ることができたような気がするよ。
部屋の段ボールは全て開封済みだ。
一人暮らしも様になってきたし、ここらで自炊に挑戦しようかな?
ここにきて初めて作る料理は、君に教えてもらった生姜焼きにするよ。
しかし、君の手料理が恋しい。
帰ってきたら是非作ってほしい。
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あまり料理が得意ではないと言っていた彼。
生姜焼きの匂いにつられて台所にきて、「何作ってるの?」と聞いてきた。
作り方を教えたら、さらりと作ってのける。思ったよりおいしくできていた。
不得意ではなく、経験がなかっただけだったね。
それからは一か月くらい料理にはまって、色々なものに凝ったりしたね。
赤ワインで肉を煮込んでいたのは驚いたけど、気化したアルコールのせいで二人ともテンションが上がってしまった。あの時は子供みたいにはしゃいじゃって、お互い恥ずかしい思いをしたね。
そんなことを思い出しながら、胸がいっぱいになる。
涙腺は年相応に緩くなっているわけで、メールの内容がにじんで仕方がない。
ただ、メールには続きがあった。画像が添付されている。
画像は皿に盛りつけられた生姜焼きと見知らぬキッチン。
百聞は一見に如かず。
画像を見ることで、まだ疑っていた彼との遊びのリアリティが一線を越えた。
本当に私の知らないところで生姜焼きを作っていたという現実が画像に収まっている。
『嘘をつくときは一つだけ真実を混ぜるんだ。』
彼が赴任前に胸を張って話していたことだ。
私の中でぽっかりと小さな穴ができてしまった。
それは寂しさとなって感じられた。本当に彼が単身赴任に行っているかのように。
さっきまでの思い出の涙は、ついでに寂しさも混じらせた。
小一時間泣いた私は、切らしていた生姜を買いに行く。
彼と同じものを食べ、少しでも彼と一緒にいる気持ちになるために。
その後私は、彼の好物を作り続けて一週間を過ごしていた。
一人で食べる食事は味気ないが、彼も向こうで食べているのかと思うと少し心が弾む気がする。
傍から見たら気味が悪いのだろうか、一人で食事しながらニコニコしている私は。
しかし、作法でもあるから仏壇に食事を上げるときは複雑な気持ちだ。
彼は単身赴任中だが、お墓に収まっていることを思い出す。
彼が亡くなったことを、彼の単身赴任のことで忘れようとしている。
彼のことを、彼によって現実逃避していて、逃避先が彼のこと。
頭がおかしくなりそう。既になっているのかも。
しかし、私の中で変化があったのは確かだ。
これからも彼に、彼の単身赴任物語についていこうと思う。
ただ、もし彼が守護霊として私を見ているのなら、恥ずかしさに耐えられないだろう。
私に霊感がないことが救いになっているのかもしれない。
いや、霊感があったら彼を近くに感じられたかもしれないか。
どちらにしろ彼を近くに感じることはないのかもしれない。
無意味な思考は長くなるものだ。
4週間目に届いたメールはやはり画像付きだった。
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おはよう。
秋になったね。
こちらでは紅葉が始まっているよ。
お酒を飲んで、顔を赤くしている君を思い出すよ。
飲みすぎることなく節度を持ってたしなんでいる君を誇らしく思うことがあるんだ。
公園の画像を添付しておくね。
君は、季節の変わり目で風邪をひくことが多かったよね。
また風邪をひいてるんじゃないだろうか。
念のためうがい薬を送っておくよ。
今週中には届くかな。
僕は鼻うがいを覚えたから大丈夫。
心配しないでいいからね。
じゃあ、またメールするね。
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母からの遺伝だろうか、私はこの時期には決まって風邪をひく。
いつもは彼が私の看病をしてくれていた。
今回からは彼が世話をしてくれることはない。
やはり寂しさが出てくる。
しかし、4週目にもなれば雑念なく嬉しいものである。
画像は彼の地元の公園の様子。
さびれて誰も遊んだりしない、資材が置かれているほどの古い公園だが、緑覆い茂る木の葉の一部が赤くなりかけている。
この公園は本当に彼の地元の公園だ。彼とドライブで通りがかったのを覚えている。
ふと、何時この画像を撮影したのだろうかと考えた。
突き止める方法は色々あるのだろう。
しかし、彼のパソコンにあった言葉を思い出してとどまった。『楽しむことも大事だよ。』と。
彼からのメールを何度も読んでいる。
まだ4通しか届いていないが、いつまで届けてくれるのだろうか。
不思議な感覚ではある。
彼がいないことによる負の感情は、彼のメールによって救われていて、今の状況の方が彼と向き合えているような気さえする。
お互いにお互いのことを考えており、大切に思っている。
彼の文章を読むとその気持ちが読み取れる。
少し物足りない充実が、今の私の原動力になっている。
存在しない彼に依存していることを考えるとダメなことなのかもしれないが。
メールが届いてから2日ほど経った後、私宛に小さな荷物が届いた。
彼からの小包だが、中身はうがい用の薬だった。今日届くように設定したようだ。
うがい薬と一緒に小さな手紙が一枚入っていた。
『これからも色々送ると思うから、よろしくね。頼んだよ。』
これだけ。
たっただこれだけの一文だが、私には活力になった。
まだ贈り物が届くという楽しみがある。
それに、頼んだという言葉が今の私には、ピンポイントに突き刺さる。
彼からの頼みなら、やるしかない。
しかし、メールが来るまでは時間が余っている。
彼から来たメールを繰り返し読んでいるわけだが、それ以外をしないわけにもいかない。
パートではあるが、仕事を始めようと思う。
前のパートは、彼が入院した時にやめてしまっていた。
そのせいで落ち込む時間が大量にあったとも言えるかもしれない。
それからは少し忙しく過ごした。
一週間はあっという間で、5週目のメールが届いた。
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おはよう。
昨日は会社の飲み会があってね。
ちょっと遅いが、僕の歓迎会も兼ねてのものだったんだ。
楽しかったんだけどね、メンバーの子が飲みすぎたようで、介抱するのが大変だったよ。
でも、おかげでメンバーと仲良くなれた気がするよ。
仕事も気合を入れていかないとね。
じゃあ、またメールするね。
--------------------
あれ?短い。
彼がだらだらと長い文章を書いたりしないことは知っている。
にしても、もう少しあってもよかったのに。
しかし、気になる。『メンバーの子』とは?
彼は年下の部下のことを『あの子』と称することがある。
男女関係なく『あの子』とは言うが、その部類でいいんだよね?
若い女の子の介抱だとしたら、今更だが妬いてしまいそう。
あまり考えていなかったが、こんなに動揺するなんて、私は彼に対し独占欲を持っていたことを思い知らされた。
その夜、ちょっと飲みすぎた私は、メールを見ながら荒れていた。
「メンバーの子って誰?誰に聞けばいいの?単身赴任なんて…嘘つき!」
こんなことを言ってはいるが、分かっているつもりだ。
彼は亡くなった。だって、仏壇の前で飲んでいるのだから。
彼は私のことをちゃんと見ていてくれた。
少なくとも浮気はしてないと思う。
実を言うと、嫉妬したことがないわけではない。
一緒に買い物に行って、路上で歌っている若い子に投げ銭する彼に「何してるの!」なんて言ってしまったこともある。
私は年上だ。どうして私なんかを選んだのか。私以外とならもっと幸せになれたかもしれない。
子供だってできたかもしれない。こんなことなら、リスクを考えないで子供を作っておくべきだったか?
彼はそれを見透かしたように「君は自信がないんだね。」なんて言っていた。
私の外見だけではなく、胸の内を見ていたのだろう。
私自身が気づかないことを指摘してくれる。
そんな彼が隣にいないだけでこんなにも辛いなんて…。
居ても立っても居られない気持ちになった私は、彼のアドレス宛に返信を書いていた。
--------------------
メンバーの子って誰?
女?
私を一人にしないでよ
--------------------
書くだけ。送信はしない。
私の一人遊びだ。
友達からのメールにも返信として文章を書いては削除する。
結局送信はしない。ただ書くだけ。
携帯片手に膝を抱えてうなだれる。
お酒を飲むのもストップだ。
一人である現実を考えてしまった。
胸が潰れるように苦しい…泣きそうだ。
ひゅーん
ピロン!
携帯から音が鳴る。
ん?この音は送信音と受信音…。
え?送信した!さっきの文、送る気はなかったのに。
だがあわてる必要はない。彼に届くわけではないのだ。
携帯は彼の部屋で充電中だ。
…?
受信音は?携帯の画面を確認すると送信しましたの文字。
そして、メールのマークが点灯している。
メールを開くと、彼から返信が来ていた。
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気になるかい?
メンバーの子は男性だよ。
一人にしてごめんね。
このメールが届くということは、メールに返信したんだね。
実はプログラムから簡単な返信くらいはできるようにしたんだ。
長文やプログラムにない文章は対応できないから、「今仕事中で忙しくて返信できないんだな」くらいに思って欲しい。
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「それは早く言ってよ!」
思わず怒鳴ってしまった。
酔いはさめたが、急に心拍数が上がったせいか気分が悪い。
近くにあったゴミ箱を抱えて、えずきながらも、子供みたいに泣いてしまう。
ただ、少しだけ安心した。メンバーの子は男性か。
しかし、情緒不安定だ。年のせいか、それとも一人になったからか。
ただ、彼からの返信は紛れもなく彼が考えた内容だ。
また彼とのつながりが増えたことに気づき、緊張の糸が解れたかもしれない。
暫くは止まらないだろう。この涙は。
長文はダメなんだっけ。
『ご飯食べてる?』『いつ帰るの?』『早く会いたい。』『一人にしないで。』
一文一通で送信する。一瞬で返信が来る。
『ちゃんと食べてるよ。』『まだまだ帰れないかもしれない。』『僕も早く会いたいけど、仕事に慣れてからだね。』『君は一人じゃないさ。友達や近所の人、行きつけのお店の方も見てあげよう。』
彼らしい返信だ。
私が延々と甘えても嫌な態度にならない。以前からそうだったね。
優しく頭を撫でてくれる。
初めて彼が家に来た時を思い出す。
私はその話になったとき、恥ずかしさから記憶にないと言っていたが、しっかりと記憶に残っている。
母が亡くなった現実を受け入れたくないから、彼を使って何とかしようとしていた。
彼に甘えるというより、寂しいからペットを用意する感覚に似ていたかもしれない。
お酒のせいでもあるが、彼を利用しようとしたことが恥ずかしい。甘え方の問題ではない。
私自身の性格が悪いことは重々承知している。
それを彼に見せてしまったことが恥ずかしい。
だから覚えていないことにしていた。
たぶん気づかれていたんだと思う。
それを知っていて、それでも私を介抱してくれたわけで。
つい甘えてしまう。
そんなことを考えながら寝てしまうから、彼が夢に出てしまう。
何気ない日常の夢。私自身も普段通りに接している。
もっと喜びたいのに、もっと一緒にいたいのに。
夢の中での私は未来を知らないような態度だ。
せめて夢だけでも思い通りにならないものだろうか。
起きた時には色々と跡がついてるんだろうな。ちゃんと顔を洗おうか。
朝、セットしていた目覚ましが現実を強制的に認識させる。
起きた後に色々リセットするためシャワーを浴びた。
こんな心境でも仕事には向かう。
むしろ忙しく過ごすことが目的だ。
だが、今日の朝はちょっと違う。
出かける直前に携帯電話を取り出し、メールを送る。
『仕事に行ってきます。』
勿論、宛先は彼だ。即座に返信が届く。
『行ってらっしゃい。気を付けてね。』
このやり取りが私に力をくれる。
ちょっとだけ寂しさも出てくるが、彼は出張中であると考えれば何とかなる気がする。
寂しいような嬉しいような…。
仕事の休憩時間も彼とやり取りをした。
帰りにも携帯を触ってしまう。
すっかり現代人だと感じながらも、メールが私のライフラインになっていた。
彼がこれを…彼が出張に行っていなければ私の行先は決まっていただろう。
私は、このメールでのやり取りに救われていた。
そうして私は彼とのやり取りを続け、年月を重ねていった。
今は病院のベットの上だ。
65歳になってから体調があまり良くなく、仕事中に倒れてしまった。
救急車によって運ばれた後、検査からがんに侵されていることを知った。
結局私も死ぬのだ。
彼のお陰で、死に対する考え方は変わっていた。
不思議と死ぬことが嬉しくもあった。
彼に会うことが出来る。母に会うことが出来る。
私は紙とペンを手に取り、墓の住所を書く。
『私の死後、上記の場所の墓に納めていただきたいです。』
簡易的な遺言になるだろう。
私に親戚や家族はもういない。
病院が手配してどこかに委託するはず。
その時にこれに気付いてくれればそれでいい。
母と彼が入っているお墓の管理者には伝えてあるし、大丈夫だと思う。
ゆっくりと、ただゆっくりと時間が過ぎるのを待った。
単身赴任中の彼とやり取りをしながら。
ある日、私は夢を見た。
小さな部屋ではあるが、見覚えのあるキッチン。
画像でしか知らなかったが、確実にそのキッチンだ。
その先に部屋が二つほどあり、その一室に荷物を運び入れる。
段ボール箱を開封している彼は優しい笑顔で語りかける。
「これはどこに置こうか?」
私はあえて曖昧に返事をしてこの時間を引き延ばす。
年甲斐もなくワクワクしながら開封する私に、更に声がかかる。
「あんた、困ったことがあったら言いなさいよ。一人じゃないんだから。」
母が引っ越しの手伝いに来ていたのだろう。
頬を伝う私の涙が枕に吸い込まれていくのを感じた。
目を閉じて色々なものを遮断した私は、彼と母に手を引かれ新たな生活を開始する。
是非、来世でも縁がありますように。
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