黒髪の追憶
しばらく、一話完結の外伝します。よろしくお願いします。
「たわいないものね…つまんない」
長い艶やかな黒髪を微風になびかせて、少女は呟く。誰にとはなく、辺りに転がる骸に対してだとしては場違いすぎる。
闇の軍勢の中でも巨大な体と優れた身体能力、それに類い稀なる凶暴性で、冒険者達には見たらすぐ逃げるように教えられている怪物、人食い鬼。そのオーガの群れが現れたとの報を聞き、彼女はここに足を運んだ。十数体いたその凶暴劣悪なオーガたちは、鏖殺され無残な骸を大地に横たえている。
オーガの巨体を見て、彼女は思い出した。遠い記憶を。
「巨人…か…」
彼女はそう呟くと、頬についた返り血を親指で拭い舐めた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「お母さん!」
幼い頃の少女をかばい、その母は巨人に殴り飛ばされた。
それに駆け寄ろうとする少女は胸を押さえてうずくまる。
ここ聖都から遙か北の開拓村で遺跡から奇妙なものが見つかった。華美な装飾が施された大きな鍵で、それを手にした者の前に扉が現れて、その者は鍵で扉を開けて、この地と地獄が繋がった。扉の先は神々と戦い敗れた神話の巨人の封印の地で、溢れ出た巨人の魂はそばにいる人々を依り代に現世に蘇った。
彼女の母親は守備隊長で、奮戦虚しく自分の娘を守るためその身を散らした。そしてその時、最強最悪の巨人の魂が少女の小さな体に飛び込んだ。
「我に従え」
何も無い空間、少女の前には巨大な体に無数の手を生やした巨人が屹立している。時の止まった精神の世界の中、巨人は少女の魂を屈服させて己がものにするため、その力を解放し誇示する。
「いや、お母さんをかえして!」
気丈にも少女は巨人をにらむ。
「その身の無力さを知れ!」
巨人は少女を蹴り飛ばす。少女は血を撒き散らしながら吹っ飛ぶ。少女は地に伏し、血だまりができるが、しばらくしてその目を開ける。
「生きている…」
「ああ、生きてるとも。汝の心折れるまで、何度も何度でも踏みにじってやろう」
万雷のような巨人の声のなか少女は立ち上がる。
「何度でも何度でも戦えるのね。強くなる。母さんを助けるために」
少女は巨人に立ち向かう。強くなるために、自分の大切なものを守れるようになるために。
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「我の負けだ。強きものよ、我は汝に従おう」
幾星霜の年月を経て、少女は巨人を屈服させた。
景色が歪み、胸を押さえていた少女は立ち上がる。最強最悪の巨人の力を手に入れて。神代の巨人を全て打ち倒したが、彼女の母親は見つからなかった。
黒髪をなびかせながら、彼女は歩き始めた。追憶につつまれながら。
『力を求めるものよ、力に溺れたとき、我は顕現するだろう』
少女の心に巨人の声が聞こえた。
何事も無いかのように少女は歩き始めた。
それからしばらくモモは原因不明の嘔吐下痢に悩まされる事になる。
そして、姉にオーガの血を舐めた事をこっぴどくとがめられたのだった。