何度生まれ変わっても
「姉ちゃん、寒いよ」
「おいで、姉ちゃんが温めてあげる」
雪の降る静かな夜だった。明かりは雪に反射する月明かりだけ。
そんな中で僕と姉ちゃんは腐りかけた家床にぺたりと座り、寄り添っていた。
「父上と母上はいつ帰ってくるの?」
僕の問いに姉ちゃんは再び微笑んだ。先程とは違い、力の無い笑みだった。
「ミコトは私のこと、好き?」
「うん、大好き。だって姉ちゃんだもん」
「そっか」
姉ちゃんはそれだけ言うと、ゆっくりと目を閉じた。姉ちゃんが目覚めることは二度となかった。
***
「なぁ、姉ちゃん」
「ん? どうしたの?」
「今朝、不思議な夢を見たんだ。知らない襤褸小屋の中で、僕と姉ちゃんが衰弱死するっていう」
「それで、泣いちゃったって話?」
「茶化さないでくれよ」
とある午後の昼下がり。立派な事務所の一角。ふかふかのソファーに身を深く沈め、僕は大きく息を吐いた。
「あら、もしかして今回の任務は危ないから家にいろって言いたいの?」
「違うってば」
姉ちゃんはパイプを口に含んで、煙たい息を僕の顔に吹き付けた。
「残念。けど大丈夫。姉ちゃんは死なないから姉ちゃんなのよ」
「それならいいけど。けど、違うんだ。夢に出てきた姉ちゃんは、姉ちゃんだったけど姉ちゃんじゃなかったんだよ」
僕のそんな発言に、姉ちゃんは少しだけ顔を顰めた。
「顔も声も姉ちゃんじゃなかったけど、でも姉ちゃんだったんだ」
「あら、シオンは今の姉ちゃんは不満?」
「まさか」
そんな筈がない。姉ちゃん以外の姉ちゃんなんて、考えられない。
肩を竦めてそう言った途端、時計が二時を知らせてきた。僕と姉ちゃんの表情が自然と引き締まる。
「シオン、これは姉ちゃんからの命令よ。生きて戻るように」
「姉ちゃんの命令なら逆らえないね」
きっと僕は笑っていたと思う。それから一分もしない内に僕たちは家を出た。
帰ってきたのは、僕一人だった。
***
僕が生まれた時には、姉ちゃんは姉ちゃんだった。
『ね、キヨ坊知ってる? 赤ちゃんの魂ってね、雲の上から色々な家をみて、自分でこの家の子供になりたいって決めてから生まれてくるんだって』
僕が親と喧嘩する度に、姉ちゃんはそんなことを言った。そんなことあるかって、僕は毎回はねのけた。それでも姉ちゃんは笑って僕の頭をくしゃくしゃと撫で、
『きっとキヨ坊は私の弟になるためにここの子供になったんだよ』
姉ちゃんのその言葉になんと返したのか、僕は覚えていない。確認しようもない。
だって姉ちゃんの心臓は、今僕の胸の中で動いているのだから。僕が偶々心臓の病気を患っていて、そして偶々、姉ちゃんが事故に遭った。
こんな偶然あるわけないだろと、僕は仏壇の前で姉ちゃんを皮肉った。
***
「次はどの家に行くの?」
「いいよ、どこでも。僕は姉ちゃんが生まれたところに生まれるから」
「あら、姉ちゃんとの姉弟生活はまだ続けるつもり?」
「姉ちゃんさ。まともに二人で長生き出来たことないって分かって言ってる?」
「前回はあんたが心臓痛めて生まれたのが悪いわ」
「ってことは、やっぱりわざと事故ったんだな? 今度からはやめてくれよ。あれ、結構寂しいんだ」
「へぇ、私が寂しくなるのは良いんだ?」
「あー……、やっぱり今のナシで」
「嘘よ。私だって待ってる間寂しいんだから。あ、待って。あの家とか良いんじゃない?」
「あぁ、良いと思うよ」
「じゃ、先に行っとくね。また一年後」
「うん。分かった。また一年後」