001 出会い
2020.3.13 文末に3行追加しました。
目がかすむ。
口をあけあえぎながら進む。
肺の奥から血臭が立ち上ってくる。
やつらに囲まれてからもう半日は過ぎたか?
昨日からずっと走りつづけている。
走っているつもりだったが、夜がきて、日がのぼり、もう、よろめきながらただ前に進んでいるだけだ。
やつらと出会ってすぐ、飛びかかってくるのを次々と焼き払っていたら、そのうち距離をあけるようになった。
こちらの火魔法の間合いを覚えたらしい。
いまは、前後左右をとりかこみ、こちらの進む速度に合わせて移動している。
ときどき、気が遠くなり、足の力が抜けて、地面に膝をついてしまう。
そのまま目を閉じれば数秒で熟睡できそうな疲れと眠気。
近づく気配に振り向き、
「メッパルショ!(炎よ燃え盛れ!)」
奴らの1頭を、また火だるまにしてやった。
昨晩から、この手で焼き払ったのはもう10頭ほどにもなるか?
問題は、もう「力尽きたふり、寝込んだふり」どころか、本当に力が尽き、倒れそうになっていることだ。
このまま彼らと向き合いながら、独り森の中を進みつづける体力は、もうない。
でも、諦めて彼らに喰い殺されるなどまっぴら。
とにかく、先へすすもう。
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樹の上で荷物の見張り番をしていたら、ハイイロオオカミの群がわめき騒ぐ吠え声がした。
唸り声、吠え声にまじり、ときおり悲鳴があがる。
だんだん近づいてくる。
オオカミの群がとり囲むその真ん中には、毛皮のマントを羽織ったエルフの子供がいた。
縄を垂らして、呼びかけた。
「おい!こっちだ!」
気がついた子エルフはこちらへむけて走り出した。
オオカミがつられて走りだすと、子エルフは急にたちどまってふりかえり、火魔法を放つ。
2、3頭が火ダルマになり、悲鳴を上げて、倒れ伏した。
残るオオカミたちは一斉に子エルフと距離をとる。
子エルフは向き直るとこちらにむけて駆けてきて、縄にとりついた。
こちらからも縄をひっぱり、引き上げてやる。
樹の根本をオオカミたちが取り囲み、こちらを見上げてうなり声をあげている。
「安心しな、やつらは木登りができない」
※
この子エルフは、おれとあまり変わらない年頃にみえる。
水筒を差し出すと、むさぼるように飲みだした。
固パンをわたすと、がつがつとかじる。
よほど、渇き、飢えていたようだ。
よくみると、手足には無数のかすり傷があり、とくに両の膝と肘は、ひどく皮膚がめくれ、血がながれている。
子エルフが、おれの昼飯を食い尽くすのを見はからって、傷を洗い、薬をぬってやる。
マントの下の衣装も破れたり、千切れたりしてひどい有様で、深い傷がいくつもある。
こちらも手当てをしてやる。
エルフというのは遠目でみると人間とよく似た姿だが、近くでよくよく観察してみると、目鼻立ちや耳の長さ、そのほか体のあちこちの形状がいろいろと違っている。
子エルフは、腹がくち、傷の手当てを受けて安心したのか目がうつろになり、そのうちウトウトと船をこぎはじめた。
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気がつくと、クムン族の大人に背負われて森の中をすすんでいた。
背負われたまま目を覚ますのと気を失うのを何度か繰り返すうちに、下に降ろされた。
クムンたちは、下生えを切り払い、野営地を作った。
このクムン族の集団は、私を樹に引き上げた子供と、大人たちが7、8人。
森の中に何かを調べにきたらしい。
私と出逢ってからは、私が焼き払ったやつらの死骸や、樹や草、地面の焦げ跡をたどり、もと来た方角へと進んでいく。
私が戦いの中で投げ捨てた荷物や道具もいくつか回収された。
大人たちが野営地を離れている間、私とクムンの子は荷物番である。
大人が一人残らず出はらう時は、野営地のそばの大木の枝の上に、荷物置き場が作られる。
野営地や樹上で荷物番をしている間、クムンの子とお互いのことばを教え合った。
クムンのことばを覚えるにつれクムンたちが森の奥に進み入ってきた目的がわかってきた。
わずかなこの人数で、シンパ(森の人)の都「アルティンバリーク」を攻め滅ぼそうというのだ。
あまりにも無謀すぎる。
アルティンバリークは、55ヶ国100万人のシンバたちの都。
クムン族に奪われた東方12ヵ国の失地回復のための前進基地でもあり、55ヵ国の王族・貴族たちが出仕し、配下の戦士1万、魔導師1万、雑兵5万が集結し、日々訓練に励んでいる場所だ。