プロローグ1 別れた日のこと
初投稿です。
まだまだ至らぬ部分があります故、違和感のある部分等教えていただけると幸いです。
気付いたら、隣に二人がいた。
…なんで、どうして、もう俺の隣にはいないはずだろう、二人共?
「ねぇ、なん、で…」
ここにいるの、とは続けられなかった。
分かってしまった。夢なんだ、これは。
現実に戻ったら、俺の隣にはいない、もう誰も。
夢の中の景色に焦点を合わせたら、笑っている二人が見えた。艶やかな黒髪の少女と、穏やかな微笑を浮かべる少年。…泣きたくなった。夢でしか会えない絶望と、夢でなら会える希望が無い混ぜになって、おかしくなりそうだった。でも、泣きたくない。二人の前では泣きたくない、例え、夢の中の幻想だったとしても。
…明日は寝坊しようかな。院長の芽衣さんは怒るだろうけど。俺は、あの二人がいる孤児院が好きだったんだ。なのに、孤児院の中には、もう二人共いない。…別に二人が死んだわけじゃないのは分かっているけど、俺はそれがとにかく嫌なんだ。
二人は死んだんじゃない、逃げたんだ、孤児院から…いや、芽衣さんから。最近、黒髪の女の子はいい値段になるからって、華耶を他所に売ろうとしてた。それに気付いた恵武が、俺に言ってきた、何時もの柔和な笑顔を消して。
「僕と華耶は今日の夜、孤児院を出るよ。」
あの表情は、一生、忘れない。
もう誰に何を言われようと諦めないという様な真剣な眼差し、突き放すような言葉、一瞬の油断も動揺もなく刻む心臓音。
それでも、行って欲しくなかった、だから言った。
「なんでだよ…無理に決まってるだろ⁈ちょっと考えればわかるじゃねぇかよ!売られないように逃げたって、盗賊に襲われるか、食い扶持がなくて野垂れ死ぬかの違いしかないだろ、普通に考えて!嘘だって言えよ、言ってくれよ、恵武!」
一息に言いたいことを言い切ると、恵武は慌てて隠れようとした。
「なんだよ、怖気付いたのか、あんな真剣な顔して啖呵切ったのに?」
流石に不満に感じたのか、少しムッとして、言い返してきた。
「違うよ、今のが他の子達とか、芽衣さんに聞かれてたら拙いからさ」
確かに莫迦にし過ぎた。
「悪い、見くびり過ぎた。でも、お前も俺を見くびり過ぎ。今、俺等の周りにいないよ、他の奴等」
後半は、笑って言ってやった。そしたら、恵武も笑った。
「そうだね、悪い」
少しの間笑い合って、そのあと恵武が何気もなく聞いてきた。
「一緒に来る気、無い?」
このとき、俺の笑顔は固まっていたと思う。暫く何も答えられなかった。
「その様子じゃ、無理か」
恵武は既に微笑を浮かべていたが、その顔は寂しげだった。
その顔を見て、ようやく声が出た。
「行きたくないし、行かせたくない、俺的には」
「そう、か。君のその耳があると、少しは楽だと思ってたんだけど」
本当に言いたいことがそれじゃないことくらい、伝わってくる。
暫く双方何も言わなかった。
沈黙を破るように俺は口を開いた。
「なんて言ってた、華耶は」
「売られて離れ離れになるくらいなら、逃げるって」
「そっか。華耶自身が決めたのか」
…じゃあ、もう止められない、な。
あの子が決めたんだ。俺は否定したくない、あの子の決意を。
「当たり前だよ。僕が華耶の意に背くことするわけないだろ?」
「大した自信だな。…もう、止めないよ。でも、俺はついていかない。一人減れば必要な食料は減るし、芽衣さんが追いかけようとしても止められる、俺が孤児院に残れば、な」
恵武は目を丸くして、それから笑った。
「ありがとう。頼むよ」
そのとき、遠くで俺達を探す声が聞こえた。
「恵武、呼ばれてるよ、俺等。昼飯だってさ」
「相変わらず、いい耳してるね。今、耳真っ赤だけど」
「しょうがないだろ、上手く制御できないんだよ、二人と違って」
そう言うと、恵武はクスリと笑った。そして、孤児院の方へ走り始める。俺もすぐにそのあとに続く。
走りながら、恵武が言ってきた。
「今日、みんなが、寝静まったら、裏口に、来てくれ」
「なんで、だよ?行かないって、言っただろ、俺は」
二人共、走りながら喋るから、言葉が切れ切れになった。
「最期の、お別れ、だよ。見送りくらい、来て、欲しい」
「分かった、そう言う、ことなら」
孤児院が見えて来ると、四、五歳の子が俺達を見つけて、
「すごい!本当に此処から呼んだだけで戻って来た!」
とはしゃいだ。
それから眠る時間になるまで、恵武と俺は普段通りを装って過ごした。…華耶は少しぼうっとしていたが。
***
夜。俺は二人に言った。
「俺が守ってやるよ、二人の背中」
そしたら、恵武も言った。
「僕は華耶を全力で守る」
少し悩んでから、華耶も。
「…じゃ、じゃあ私は、私達三人が幸せでいられるように、祈り続けるよ!」
…二人がいるってだけで俺は幸せだったんだよ、華耶。
華耶の決意を揺るがせないように、必死に笑った。
「なぁ、何処に行くつもりなんだ?」
「西の方に。だから、院長には…」
「分かってる。黙ってるか、西以外の方角を言っとく」
「頼む」
話に入れていなかった華耶が何か思い付いたように身を乗り出す。
「ねぇ、三人の誓いを立てようよ!」
「え?」
「誓い!さっきそれぞれで言ったやつ!」
「いいね。じゃ、何に誓う?」
「そりゃあ、赤に、だろ?普通に考えて」
「私もそれがいいと思う!」
俺達には、他の子等にはない、不思議な力があったんだ。俺は普通は聞き取れない音でも聞き取る耳、恵武は歌うだけで周りにいる人を治せる喉、華耶は木や石からでも便利な道具を作れる手。そして、力を使おうとすると、それぞれ耳、喉、手が「赤」に染まる。それこそ、「顔が赤い」みたいな赤じゃなく、正真正銘の血の様な赤に染まるんだ。…俺は、使おうとしてなくても赤くなる時があるけど…
「そうだね、僕等三人は、この赤で繋がっている。これは、僕達だけの誓いだ」
恵武はそう言って笑みを深めた。
そうして俺等は赤に誓いを立てた。
最期に、華耶が箱を渡して来た。
「これ、あげる。中にはね、私が作ったものと、その説明書と、この場で言い切れない分の手紙が入っているの」
「ありがとう、大事にするよ、これ」
「うん、それじゃあ…じゃあね!ミツルと恵武と私のこれからに、幸ありますように!」
「さよなら、ミツル。背中は任せた、親友」
「任された、恵武。元気でな、親友共…生きろよ」
ぼそりと言った俺の言葉に、二人ははっきりと返してきた、輝く目を向けて。
「うん!」
「当たり前だよ」
そしてそのまま森の方へ消えていった。俺は踵を返して恵武がいなくなって、一人部屋になってしまった自室へと帰る。
***
…次の日から、世界が色褪せて見えるようになってしまった。あの時、ついていけば良かったんだろうか、強引にでも二人を止めれば良かったんだろうか。恵武、華耶、会いたいよ。二人の声を、呼吸を、心拍を、この耳で感じたい。
芽衣さんは、何か知っているんじゃないかと俺に問い詰めてきた。何も知らないと言うと、一つため息をついて、そして、二人の逃亡を慈善家に買われていったということにしてしまった。
今の現実に楽しみなことなんて何もない。俺が自分でそれを自分から奪ったから。…だから、今は浸っていたい…この幸せな夢に。