第2話「状況の理解も出来ず」
「まだあまり動かない方がいいわよ。魔力の乱れが酷いから、無理に動けばまた気絶するかもしれない。」
…呆然とする私を他所に、彼女はしっぽをゆらゆらと揺らしながら手に持った包みを開け、中身をボウルに入れてすり潰し始めた。
「あなた、名前は?どこから来たの。」
「…えっ、あ、えっと…!」
手は止めずに目線だけこちらに向けながら問いかけてくる。
まだ頭が追いついていないが…答えずに機嫌を損ねてしまうのもまずいだろう。
「ひ…柊紫音、です…東京から来ました…」
混乱する頭を必死に動かし、どうにか質問に答える。
だが…それを聞いた彼女はピタリと手を止め、怪訝そうな目で私を睨んだ。
「……今、なんて…?」
「えっ!?そ、その…」
背筋が凍る感覚がして、冷や汗が頬を伝う。
なにかおかしなことを言ってしまっただろうか…と思考をめぐらせ、とある事が思い浮かんだ。
この幻想的な景色、明らかに偽物ではない尻尾の付いた女性…もしこれが、よくある"転生もの"のような話で…私が別の世界に転生してしまっていたとしたら…?
聞いた事のない、存在しない場所から来たと言い出す不審者になりかねない。
それもこの世界に東京が無かったら、だが…彼女の反応的に考えて存在はしていないだろう。
「あっ、ち、違うんです!あのですね、えっとーな、なんだか記憶が混乱してるのかなーなんて…」
慌てて誤魔化そうとするも、彼女の視線は変わらない。
…それもそうだ、むしろ余計怪しくなった気もする。
これ以上印象を下げるのはまずい、しかしどうすればいいのか…
そう悩んでいる時、彼女が一つため息をついた。
「何となく分かったわ…とりあえずもう一つ聞かせてちょうだい。」
「あなた、もしかして外から来た人間?」
「………へ?」
予想外の質問に間抜けな声が漏れてしまった。
外から…というのはどういう事だろう。
まさか転生が認識されているとか…?
「ここはごく稀に空間の歪みが起きて、外の別世界と一瞬だけ繋がることがあるのよ…その時運悪く何かが迷い込んでくる時もあるみたいでね。まぁ私も見たのは初めてだし、この話も知り合いから聞いただけだけど。」
まさか本当の話だったとはね…などと呟きながら、彼女はまた何かをすりつぶす作業を再開した。
つまり私は転生した訳ではなく、空間の歪み?に巻き込まれて迷い込んで来た…?
もしかして帰る方法もあったりするのだろうか。
…けれど本当にそれだけなのだとしたら、この髪の色と手の模様は何なのだろう。
「…あの、じゃあ…ここに迷い込んだら髪の色が変わったり、印?みたいなのが出てきたりするんですか…?」
「ん?そんな話は聞いてないけど…元々あったんじゃないの?」
「い、いえ!私は本来黒い髪ですし…こんな模様もありませんでした…」
もしかしたら何か知っているかもしれない…そう思い、彼女に手の模様を見せる。
横目にそれを見た彼女はまたしても手を止め、模様を凝視する。
その表情は驚きに満ちたものだった。
「あなた、これ…嘘でしょ…!?」
…そんなに凄いものなのだろうか、これは…
彼女は私の手を取って、片手をその模様にかざした。
すると、手の模様が黄緑色に変化し、淡い光を発した。
数秒後、彼女が手を離すと同時に光は収まり、色もまた黒へと戻る。
今のは一体…
「…間違いない、本物だわ…あなた、これの事何も知らないのね?」
「は、はい…気がついたらあって…」
それを聞いた彼女は、一つため息をついた。