第1話「日常とは程遠い世界」
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───何かが聞こえる。
これは、声?誰かの声だ。
どこか懐かしく感じる、優しげな声。
『─────。』
何を言っているのかは分からない。
うっすらと目を開けてみる。
見えたのは、薄い緑。
誰かが私を覗き込んでいる?
ぼやけた視界の中で、黄色い瞳と目が合った気がした。
『───。』
また意識が遠のいていく。この子は誰?何を言ってるの?
…何も分からない。
目を開けているのも辛くなってきた。視界が黒く染まっていく。
私は………
………………
『待ってるよ。───シオン。』
………ぱちり。
意識が覚醒し、目を開く。
真っ先に目に入ったのは、いつもの見慣れた天井…などではなく。
風に揺れ動く木々の葉と、その隙間から覗く青い空。
…一体何が起きたのだろう?
思い出そうとして、鈍い頭痛に襲われる。
「うっ………たた……なに、ここ…?」
痛みに耐えながらどうにか記憶を手繰り寄せる。
私はついさっきまで駅で電車を待っていたはず。
そして…
「………そう、だ…私、後ろから押されて…」
誰かに強く押され、線路に。
宙に投げ出される感覚、電車が迫る音…思い出してしまったと同時に、恐ろしさが込み上げてきた。
どうなったのかなんて考えたくもない。
自分の体を強く抱え込む。
私は生きている?それともここは……
「………?」
ふと違和感を覚えた。
視界に入ってきたのは、柔らかな薄緑の髪…どうやら自分の髪のようだが、私は黒髪だったはず。
そして右手を見てみれば、黒く何かの模様のようなものが描かれていた。
服装は先程までと同じ制服のままなのに、それらだけが異彩を放っている。
「…なにこれ…私、どうなったの…?」
動揺しつつもゆっくりと身体を起こす。
痛みはあるものの動けないほどではないようだ。
周囲を見てみれば、ここはどこかの森の中のようだ。
360度どこを見ても、木や生い茂る雑草…
そして、空中を漂う緑の小さな光だけ。
「………ゲームの中みたい…」
あまりにも危機感の無い感想に自分でも首を傾げる。
けれど、そうとしか言えなかった。
ゲームやアニメでよく見る、幻想的な森…
その中の風景が、そのまま目の前に広がっているのだ。
呆気にとられて呆然と景色を見つめていた、その時。
ガサガサと葉が揺れる音が聞こえた。
「なっ、なに…!?何かいる…?」
急いでその場から立ち上がろうするが、足がもつれて転んでしまう。
体がうまく動かない…!
音はこちら側に近づいてくる。
心臓の鼓動が早くなる。どうしよう、どうすれば───
どうしようもないまま、がさり、と草が揺れ
「あら、気がついていたのね。調子はどう?」
……草陰から出てきたのは、尻尾の生えたツインテールの女性だった。