鏡像迷宮 8
ブツ切り状態で相済みません。謂わばワンコソバ投稿ですね。そんな言葉、ないですけれど。
「そいつは悪魔やね、ホンマに。マジで」
と、漆黒のコーヒーを啜るブルドッグ。
なぜだかテレビで見るような関西弁の模倣。
「は? サタン?」
と、これは僕。
犬のごときシカメッツラをひっかけた柳沢が吐く、バイブルそのまんま、みたいな文言にオウム返しをするのでした。
…確か、コイツはアメリカナイズされたものをおしなべて毛嫌いしていたはずなんですが。
西洋音楽という大仰な言葉がぴったり嵌まるジャンルに通暁し耽溺しているうえ、洋楽ロックの話題なんかは好むのに、いまどき時代錯誤に舶来品は何でも食わず嫌いなんですよね。矛盾です。
たとえばユニクロは着るが、GAPの洋服はアレルギーをおこしてゼッタイに着ない、といった感じなんですね。
ひどいと、西洋医療と揶揄しまして、病院にすら行かない。クスリも飲まない。まあ端的に変人です。物事の遠近感がおもいっきりオカシイ…、
当然、プロテスタントもカトリックも敬遠対象でした。げんにキリスト教系の医療専門学校を出た僕に対し、汝、異教に毒されはしなかったろうな、くらいの黒船以前なみな妄言を吐いていた気もします。なのに…、
あのホテルから時はくだります。
さて。イロっぽい遊びにウツツを抜かした僕は、幻覚とも超常現象ともつかないものに急襲されたわけでしたが、かえって低血圧ぎみの心臓を引きずりつつ、お相手の女性とタモトを分かちました。
怪奇現象を目にしたのは僕一人だったらしく、お相手は鼻白んでいましたけどね。
当然かもしれませんよね。ムヤミに得体の知れない怪談を話しだすわ、かと思えば顔を蒼ざめさせて急な退室を迫るわ、まあ狂人と捉えられたでしょうね。いや、まさしく正鵠を得ているのでしょうけれど。
とにかくも、数日後。ここは光に満ちた朝十時のカフェテリアでした。
柳沢の手元にはアイスコーヒー。健康的なものだ。…対して僕の手元には、グラス一杯のモヒート。さわやかな春光にまるで似つかわしくありません。きついミントのかおりと共に氷片をがりがり咀嚼します。落ち着かない。酒精に浮かべたコオリの嶼を噛み砕きたくもなる心情でした。
それにしても、われながら呆れはてること。若かりし日にも関わらず、すでにアルコール依存症スレスレの僕は、こんな時間でも酒を頼めるカフェを知悉しています。
吐露していたんですよね、呼び出した柳沢に。真面目に精神の変調をうたがいましたから。
というのに、サタンだの茶化されたら、はぐらかされた気分になる。僕はぶすっと膨れました。
「というか、ソレかもしれん、マヂメに」
ヤツが短い指でしめすのは、僕のグラス。これまた、当然でしょう。がっちり朝酒を気籠めしているんですからね。痛いところを突く。
「ソレも含めて、ま、サタンちゅうワケよ」
言わんとすることは理解できる気もします。僕は無言を返すしかありませんでした。
柳沢は珍しく心配そうな顔をしています。
…そうして。ふうっと息をつき、短髪をジャリ、と掻き上げました。
「なあ、葉山。今から急所をツクかもしれんが、宜しいか」
酒。人妻への恋。悪所通い。きわめつけの幻影。だいたい予測できます。苦言を呈するんでしょうね。ヤツは。
僕のほうも、ふうっと息をついて。柳沢と鏡写しになったかの風情に、ほったらかしのミディアムを掻き上げました。
…またして、ブツ切り状態ですけれど。続かせていただきます。




