鏡像迷宮 5
三点リーダ多用の回です。あと、オイロケ。
それからが、いつもの韜晦タイムでした。
デス・トルドー。
そんな小難しくカッコいい言葉がありますよね。自己破壊願望でしたっけ。フロイトでしたか。クロウトの女性に慰められたあと、そいつに忍び寄られるのが常でした。
「ふふ。まったく。お兄さんは、甘えん坊サンな人だなあ」
くすくす。ふくみわらい。
僕のせなかの刺青をなぞう、白い手。
あわせて、鼻にかかった黄色い声。
「こおんな背中一面、イカツイ刺青が入ってるのに、キミは本っ当に甘えん坊だね。可愛くなっちゃう。スケベ小僧、うりうり、えろガキ奴。このママに甘えてごらん…、ママにしてほしいこと、ぜぇんぶ言ってみて…」
…お姉さんの言の葉は、だいぶシアトリカル。商売っけが透けて見えそうな、ほとんどコントみたいなアオリなんですが、煩悩まみれの僕の魂には効果覿面ですから、まあ、どこか自己嫌悪にもなりましょう。
まっくろいカラメル・ソースさながら。ドロリと甘く、神経麻痺を誘うセリフ。にがにがしい甘露の歌。泥濘のごとく、鼓膜にからみつきます。勿論、それはイヤな感覚ではない。それがイヤだ。
…熟れた果実の、ふんありした迷宮や砂丘、密林をさまよう僕の指の調べは、やっぱりアタリマエの、自律したオトコとは異なるのでしょうか。
…甘えん坊。
…そんなふうに掌中の爛熟の実は、わらう。…なにか魂の暗部を看破されるように思え、而も、それゆえに甘美でした。
さりとて。カネで購買した、一瞬の麻酔的幸福によりかかり、だらしなくヤニ下がる僕…、
…いわば。繭のなかの快楽に弛緩している…、
…けれど。繭のそとにでれば終わる、壺中天…、
ここは竜宮城にすぎない。やがて玉手箱は開かれる。パンドラのそれ同様。だから、デス・トルドー。
というわけで、僕は賢者タイムならぬ韜晦タイムに陥入していました。ぐるぐる、暗澹と陶酔がないまぜであり、斑のマンダラ模様が脳裏をめぐるのでした。
そんな気分をゴマかすために、僕は女性に寝物語をしましたっけ。中身は、柳沢に聞いた、あの怪談です。怪談を寝物語のネタにするのだから、よっぽど変わった客でしょうね。僕は。
さてと。
突然ではありますが、ここからが佳境です。
…見たんですよね、僕は。その、ツヤっぽいお姉さんとの褥において。よりにもよって、さような、あられもない場において。
…何を。
何をでしょうかね。いまだにその答えは出ていません。あるいは幻覚だったんでしょうか。のちに精神科病院へ入院することになる、あれはその発端だったのだ。そうとも帰結できましょうし、まさに魔に邂逅したのだ。そうとも。
ともあれ、心理深層の異界にしろ、そうでないにしろ、なにか異界に足を踏み入れたのは間違いない。
宇宙の暗黒に触れたんです。
というところで、以下次号とさせて頂きますね。腰を折るようで申し訳ありません。
ふるく燻り、腐りサビついた記憶回路へと、エネルギーを投じ、すこしく疲労いたしました故。遠く霞む記憶をほじくりかえすのなんて、なにか霊視めいた作業ですね。もはや、過去のおのれの記憶などは、他者の遺物のようなモノですから。むかし、サイコメトラー、という幻視能力を秘めたヒーローがありましたが、そのサイコメトラーの心境です。
読んでくださり、誠にありがとうございます。




