鏡像迷宮 4
本題を忘れ、自己満メロドラマになりそうですので、方向修正を試みます。
バカバカしい。
思えば、バカバカしいことです。
僕は今、〈夢野さん〉という人物をでっち上げました。
が、しかし。実際には、この夢野さんに該当する人物はもう少しドメスティックな女性であり…、もしかしたら、不美人と言えたかもしれない。ただ、僕に優しかったんですね。
当時、僕はわりと泥濘んだドロ道みたいな心境でいました。グチャグチャしていました。さきにも述べましたが、兄の自死、それから、父の病死について、多少の混乱を抱えていました。ためにでしょう、年上の女性に焦がれるようなところが昔の僕にはありました。母性というか、温かさというか、そういうものに飢えていたんですね。
だけど根が意気地なしだから、勿論、人妻に擦り寄るようなマネは出来ません。もっぱら、クロウトの女性に無聊を慰めてもらっていました。
それも、飲んだくれた上で、そういうお店に行くんですよね。つねひごろ、僕は泥酔していました。
というわけで、仕事を上がると、僕は悪心を起こしていました。夢野さんの顔を見たからでした。天使みたいな夢野さんの笑顔が、僕の身には毒です。
数時間も一緒にいると、肉体の悪魔が喚起されるわけです。汗の香り、手の白さ、そうして、ヘタをしたら業務中にカラダに触れる機会なんかもありますからね。病院の仕事なんてものは。
男女の垣根なんか越えて、ボディタッチ気味の触れ合いも当たり前の共同の作業だったりします。患者様のオムツ交換しかり、入浴介助しかり、エトセトラ。…飲んで、女性に触れよう、そんなモードになるには十二分でした。
「じゃね。葉山クン。まっすぐ家に帰るんだよ。最近、オサケが多いみたいだしね。夢野お母さん、心配だな」
タイムカードを押しに、ナースステーションを去る僕の背中へ、冗談めかす夢野さん。だが、それがまた毒です。ドギマギします。お母さん、とは。その言葉がまさに僕の心の砂漠へと染み透るオアシスなんですからね。
本当に醜悪に、いい年の青年が、甘えたい盛りの子供みたいなメンタリティで生きていました。それにしても、確かに夢野さんが僕の母であってもおかしくない年齢です。そういう女性に恋心めいたものを抱いていたんですから、業が深いですよね。
…ちなみに、葉山、としたのは、この僕のことです。偽名ですが、まったくのユカリもない語呂というわけでもありません。僕の場合、フィクションとはこれくらいの距離が、カタルシスを得たり没頭しやすいようですね…、
「ありがとうございます、今日は飲みませんよ、お母さん」
顔を真っ赤にして、そうウソをつくのが精一杯でした。赤面症なのです。僕は。
そんな僕を見、やっぱり、にっこりと。欺瞞を見抜く菩薩様さながら。夢野さんは微笑むのでした。
ふりかえりざま、美しい髪をたばねたポニーテールが、ムーヴマンを作りました。その綺麗な現象に、ナースステーションの窓から差し込んだ夕陽の輻が反照しているのでした。
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いずれ、アルコール依存症に罹る青年。飲み方は常軌を逸しています。バーとか、飲み屋、居酒屋、キャバクラ、そんなまだるっこい場所で飲んだりはしません。道ゆきながらコンビニで酒を買い、あゆみつつ路上で飲むのです。まさにゾンビです。黄昏どきのノスフェラトゥ。アルコール・モンスター。
モンスターと化した僕が向かうところは一つです。しかし気恥ずかしさもありますから、形而上的な表現にとどめましょう。
…飢えたる獅子は、むらさきの扉を開いた…、
…その扉の先で。
僕は、夢野さんくらいの年齢の人をみつくろいます。みつくろう、なんて品定めしているみたいでイヤですが、しかし、しているのは即物的な行為。取り繕うわけにもいきません。
「あ、刺青のお兄さんかあ、お兄さん、カッコいいのにねえ、こんなトコ来なくてもさ、彼女とか出来るんじゃない? ま、アタシぐらいの女が良いのかなあ、キミは。キミのお母さんぐらいなのにねえ」
現れた、熟れたる果実はその皮を脱ぎながら、多少のオセジを言うのでした。どうやら以前にも指名したことがある人みたいです。きっと、酔って指名したので、僕のほうは彼女を記憶していませんでしたが。
さて。
ごくり、と。
つややかな果肉にノドを鳴らす獅子。
あとは、ネオンライトのかたすみに、白い混沌の海が広がるわけでした。
…トゥー・ビー・コンティニュー。続きます。