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鏡像迷宮 3

メロドラマ的な要素を少々。事実はこのままではありませんが、近しいファクターがあったのを思い出します。本題は怪談ではあるのですが。

 ファストフード店で聞いた話は幻想じみていました。だけれど、それだけと言えば、それだけ。


 腹のふくれる要素もなし、金に結びつくワケでもなし、さらにイロケとは懸け離れた事項です。(びた)一文にもなりません。


 花よりダンゴ。神秘より女性に興味がある年齢でしたからね。


「ふあっ」

「アクビをするなよ」

「だってよ、そんなキモいのより、色っぽいハナシはないのかよ」


 なにしろ女の子のことが最大の関心事ですから。ひとつ告白しますと、女の子といってもだいぶ年上ごのみで、一回り以上お姉さんでなくては食指が動かないのでした。…今でいう熟女さんフェチでしょう。当時は熟女という言葉があんまり一般性を持っていませんでしたけれど。


 もう一方で、後年、あのハンバート・ハンバートゆずりの因果なニンゲンとなるのですがね。この頃はどちらかと言うと、そうした志向でした。


 実を申しますと、当時、職場に気になる女性がいたんですよね。勿論、一回り以上うえとなると人妻と相場が決まっています。とうぜん淡い、むくわれない恋ですよね。まあ、若きウェルテルというほどマジメでも深刻でもありません。ノンビリした片想いに過ぎない。


「オメエはそればかりだな、セイシノウめ。つうか、オマエの頭にあるのは、例の人妻ナースだろ。オバサンじゃねぇか、オーバー・フォーティーとか。モノ好きなヤツめ。マザコンだよ、オマエは」

 …図星です。顔が火になりました。

「うるせえな」

 ボソリと口をつくのが精一杯。

「呆れたモンだ。(なんじ)、せいぜい道に外れるなよ」

 今度は柳沢のヤツが欠伸する番でした。


 そうして雑談は他愛ない方向へ。

 コーラを傾けながらするのは、ニルヴァーナ、パールジャムといったグランジ・ロックなんかの話。それから、僕の知らないクラシック畑の音楽談義を披露してくれます。さすがに造詣が深いんですね。柳沢は。

 互いにつらつら、罪もない話をひとくさり。

 …そういえば、僕は精神疾患をもちつつも才能を昇華させたピアニスト、デイヴィッド・ヘルフゴットの名を、ヤツから始めて聞いて知りました。いたく感動した覚えがあります。

 そんな調子で一時間弱。牧歌的な小さな宴は、話し疲れたところでお開きとなりました。気付けば、雨も上がっていました。


「虹だな」

 確かに、柳沢のいうとおり。雨粒が残る、キラキラしたウィンドウの先、虹がかかっていましたね。



 ***



 場末というのは、あの職場のようなところを言うのでしょう…、


 柳沢と会った翌日は、日勤の仕事でした。僕の仕事には日勤と夜勤があって、なおかつシフト制なんですね。だから不規則な暮らしぶりとなりがちです。


 それは良いのですが、その不規則さを理由に、電話一本で休みかねないような人材が揃っていましたっけ。


 前にも書きましたとおり、僕は精神科病院で働いていました。しかし裏ぶれた在野の精神科単科の病院というのは、ともすれば奈落めいた世界であり、平気で半世紀は前みたいなアナクロな価値観がまかり通っていたりします。


 …話していてあんまり気持ちのいいものでは無いから、微に入り細に入ったディテールは割愛しますが、ゆえに、時おり勤務が憂鬱になることがありましたね…、


 この日はと言えば、やっぱり朝方、病棟に電話があったそうで、二名のスタッフがお休みになったということ。アル中の僕が人のことは言えないのですが、おおかた二日酔いでもしていそうな方々でした。


「絶対にポン休だろうけどな」


 同年代の男性スタッフが渋い顔をして僕に零します。僕もちょっと滅入った表情を返しましたっけ。


「まあまあ、二人ともさ、グチらないで。キミたち、若いんだから前向きに頑張ろうよ」

 と、言葉を引き取ったのは。

 あの〈人妻ナース〉さんでした。仮に名を夢野さんとしておきましょうか。


 夢野さんは確かに柳沢のいうとおり四十路でしたけれど、今でいう美魔女でしたね。スリムに体型維持されていましたし、垢抜けていて、長い髪には程よいカラーが入っています。たいへんに若く映る。なにかミドルむけの雑誌で読書モデルでも飾れそうな感じでしたね。

 その夢野さんが微笑んでくれました。


 にっこり。眩しい笑顔。女神に見えます。ツラい仕事も頑張れるというものです。




 …今日はこの辺にしておきます。いかにもなメロドラマ的な要素を挟みましたが、虚実皮膜ですからね。実際に不倫めいたことをしたわけではありませんし、リアルをリアルのままに書いているわけではありません。

 それにしても過去を追想するというのは楽しく贅沢な作業ですね。あるいは、老化ゆえにこのような感覚をおぼえるのかも知れませんが。

 ともあれ。続きます。

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