鏡像迷宮 29
「あ。仕事、一分前だね。行こ行こ。あー、可笑しかった。葉山クン、本気でビックリするんだもんねぇ」
キョトン。開いたクチが塞がりません。
満足そうに午後の仕事に向かう夢野さん。溌剌としたものだ。その背を追うので精一杯です。超現実感の応酬。
午後はそれこそ夢さながら。アッサリ、溶けたバターみたいに時が流れました。
夕方になると、肩を落とした僕はタイムカードを押しました。テクテクと道を引き上げ、アパートで一服。相棒はドライ・ジンです。
…ボトルに顔を映せば、死相ギリギリ、アルコールという死神に取り憑かれた者の青い鏡像。
なんだか苦しくなり、あの象徴、愛すべき恵を本棚から召喚しました。無言の対話をかさね、無が流れて、月が昇る。
ことも無げな月。
ことも無い一日。
名女優の名演技。
けれど。何かが引っかかりました。
何故、夢野さんはゾウの真似をしたんでしょうね。
僕の見た幻視と瓜二つに。
背筋につめたいものが走ります。
…僕は不甲斐なく、恵を握りしめました。
汗でぬらりと濡れた人形の、その腿から欠けた左足。
…ソイツは埋めることが出来ない空洞として存在感を増します。僕はなんにも考えられないまんま、その断端を、指のハラでなぞりました。




